第80話 ヴァルハイトへの帰還
【ヤノス視点】
昨夜はとても楽しく過ごせた。
夕食も想像を遙かに超えた不思議な組み合わせだったが、どれも本当に美味しかった。
あれは、昨夜の夕食が始まる直前のことだ。
ふと、鼻をクンクンさせたルーハさんが、
「ルミア、美味しい香りがするのじゃ。それも一つや二つではないのじゃ。すぐに持って参れ」
といかがわしい指示を飛ばし、それに続いて
「はっ、すぐさま持って参ります」
と、ルミアがキリリと引き締まった顔で素早くその場を立ち去る。
何やら不穏な会話だったが、僕は「知らぬが仏」を決め込むことにした。
そうして並んだ食卓には、驚くべき光景が広がっていた。
押し寿司や煮物、果物に団子、さらにはお酒まで、久々の和食で心が震えた。
どうすればこのような取り留めのない組み合わせになるのかどうしても気になった。
それと同時に、姿を消しては食べ物を手に戻ってくるルミアの行動が気になる。
僕はあたりに魔素を拡散させ、精霊へ協力を求めながら周辺を探ってみることにした。
意識を飛ばした先は、いくつかの建物からなる自然に囲まれたお社の一角。
沢山のお社の中でもひときわ大きなお社に、人が何かを携えてきては、それを置いてお祈りのようなポーズを取って去って行く様子が手に取るようにわかる。
(どうもこの場所は精霊の密度がちがうな。日本で言う神社、それも相当格が高い神社のように見えるけど……)
すると、参拝に訪れた町の人々の声を、周りの精霊たちがヒソヒソと僕の耳元まで運んできた。
「最近、お供え物が、お供えしたそばからなくなるそうだ。神光様に喜んでもらえて何より。今日はいつもの倍はお供えしたぞ」
「そう、そう、わしもだ、神光様に喜んでもらえて何よりじゃ、わしは三倍はお供えしたぞ」
「「お、そんなにか。わはははは……」」
(もしかして、お供え物泥棒?)
ルーハとルミアを見渡し、僕はあたりを探るのをすぐさま停止し、その事実を記憶から綺麗に消し去ることにした。
――そんな愉快なことを思い返しているうちに、ここを去る時間が迫ってきた。
「無下に引き留めても、あちらで待っておる者がおるのじゃろう。あと数日もすれば完全に大丈夫じゃ。そういえば、その時は迎えに来てくれるよな?」
ルーハが寂しそうに微笑む。
迎えに来る? なんだか嫌な予感がするが、その思考をリーノの言葉が遮った。
「そうじゃな……って。いやいやいや! ルーハの物言いが移ったじゃない。そろそろ戻るよ。ルーハ、ルミアまた」
「また来ます。本当にお世話になりました。ありがとうございます」
「また来ますね。ルーハ、ルミア。本当にありがとう」
リーノ、ヤノス、フィーネの三人は、ルーハとルミアとの別れを惜しんで挨拶を交わす。
「まあ、次に会うのもそう先のことでもあるまい。待っておるぞ」
「リーノさん、フィーネさん、ヤノスさん、いつでもお越しください。お待ちしております」
ルミアに見送られながら、リーノが振り返った。
「じゃあ、私の周りに集まって。三回もワープすれば、ヴァルハイトの外れの森に出るわ。フィーネ、ヤノス、私のどこかに触れていて。……そう、では、《ワープ》」
次の瞬間、目の前の光景がぼやけ白いモヤに包まれた。
急上昇と急降下を短時間で繰り返すエレベーターの中にいるような、独特の浮遊感が襲ってくる。
それが収まり、白いモヤが形をなしていくと、僕たちは人の気配がない切り立った崖の上に移動していた。
リーノはしばらくうつむいて呼吸を整えていたが、やがて背筋を正し、大きく息を吸い込んで再び言葉を紡いだ。
「《ワープ》」
またもや白いモヤに包まれ、それが徐々に形をなすと、今度は山脈の頂上らしき場所に立っていた。
「……ちょっと休むね」
リーノが近くの岩の上に腰を下ろす。
連続であの気持ち悪い感覚を味わったため、僕も少し気分が悪くなり、近くの岩に座って一休みした。
しかし、気分が悪いことなど口にできるわけがない。
フィーネとリーノは、僕をここまで運ぶために、この過酷な感覚を何度も何度も味わってくれたのだと理解できたからだ。
「はい、これ。ルーハからもらっておいたわ。魔素水よ」
フィーネがリーノに、小さな瓶に入った水を差し出した。
「ありがとう、助かるわ」
リーノがそれを飲み干す。
周囲は三百六十度、どこを見渡しても山、山、山。
どこかの広大な山脈の中にある、ひとつの頂のようだ。
「さあ、これで最後の転移よ。集まって」
僕とフィーネがリーノの肩に手を添えると、リーノが最後の魔法を発動した。
「《ワープ》」
またあの嫌な感覚が襲ってきて、それにじっと耐えていると、目の前に見慣れた緑豊かな森の景色が現れた。
「……戻れたね」
「リーノ、お疲れ様。一休みしてから移動する?」
「いや、大丈夫。さっき飲んだ魔素水でかなり回復できたから。ヤノスはどう?」
「僕は何もしてないし、大丈夫だよ」
そう答えた瞬間、フィーネから強い眼差しが向けられた。
「ヤノス。あなたは今朝まで寝込んでいたのよ? もっと自分を大切にしなさい」
フィーネに真顔で怒られてしまった。
ずいぶん心配をかけたのだから、言い返す言葉もない。
「だけど本当に大丈夫だよ。ルーハさんのところでずっと休ませてもらっていたから、体調は万全なんだ」
苦笑しながら森を出て、街の外側の柵のところまでやってくる。
ほんの数日前までよく出入りしていた場所だったが、なんだかとても懐かしく感じられた。
川を渡る橋を通って、門番の兵士のところへ向かう。
知っているザックさんではなかったが、冒険者カードを見せて無事に門を通ることができた。
運良くそこへ門からの馬車が到着したため、冒険者ギルドへと向かう帰りの便に乗り込むことができた。
外壁でも冒険者カードを見せて街の中心部へと入る。
普通は冒険者ギルドの前でしか止まらない馬車だが、声をかければ宿の前で降ろしてもらえる。
見慣れた【安らぎの宿】の前で馬車を降り、懐かしい感覚を噛み締めながら扉を開けて中へと入った。
やっと帰ってきたと、深い安堵が広がる。
ここが、この世界における我が家のようになっていることに、感慨深いものがあった。
「「「ただいま!」」」
三人で大きな声を出して挨拶をすると、のれん越しに僕たちを見た女将のクリアナさんの顔が、一瞬で満面の笑みに変わった。
「お帰り! ――リコル! リコル! 急いで降りておいで!」
僕たちはすぐ近くにいるのに、二階まで聞こえるような大声でクリアナさんが叫び返してくれる。
奥の方から、ドタドタと階段を駆け下りる激しい足音が聞こえた。
次の瞬間、のれんを勢いよく跳ね上げてリコルが顔を出した。
「おにぃ……!? おにぃ! リーノ! フィーネ! お帰りなさい!」
目から大粒の涙を溢れさせながら、リコルが僕へと全力で抱きついてきた。
僕はその小さな頭を優しくなでる。
「帰ってきたよ……。心配かけたね。もう大丈夫だよ」
僕の胸に顔を埋め、何度も何度も嬉しそうに頷くリコルだった。
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