第76話 覚醒のカルテット
【ヤノス視点】
どこか遠くにあった意識が、急速に戻ってくる。
それに、リーノの存在がすぐ近くに感じられた。
『ヤノス……。ヤノス……。聞こえる?』
遠い暗闇の向こうから、僕を呼ぶ声がした。
『ねえ、ヤノス。聞こえてるよね? お願い、返事をして』
『え? リーノ……? リーノなの?』
『届いてた! もう大丈夫そう。そろそろ活動開始しても良いよ』
『活動開始? 何が大丈夫?』
『思い出してみて。嫌だろうけど。思い出すの!』
『リーノ』
『何?』
『なんか……話し方がすごく流暢になってない?』
『そ、それはいいの! 勘違い。そう、気のせいよ!』
『絶対に、絶対にそうじゃないと思うけど……。今は考えないでおいてやる』
『なによ、上から目線で』
『あ、そうだ。邪怪に襲われて、邪怪が僕の中に侵入してきて……』
『そうよ。思い出したみたいね』
『ぼくって、もう魂だけになって、どこかへ行ってしまうのかな……』
『何をすっとぼけたこと言ってるのよ。私は、ヤノスの身体から出るわ。もう、邪気は完全に取り除かれたから』
『そういえば……。身体が軽いような』
『――そう、ちゃんと目覚めるのよ。まずは魔素を解放し、身体中に循環させるの。いいわね? じゃあ、もう行くよ』
『リーノ! リーノ!』
呼んでみたけど、もう返事がない。
リーノが近くにいないことで、こんなに不安に感じたことは初めてだ。
『絶対に言葉が流暢に……というか、言葉遣いが変わってるよな。ま、それはさておき。そう、魔素を解放して身体中へと循環させるんだったな。……身体。僕の、身体?』
自分の身体を感じ取るだけで、大変な精神力と体力が持っていかれる。
少しずつ感覚が戻ってきた。
邪怪に襲われた時、僕は身体ではなく魂を守るために、魂の周りに圧縮した体内魔素を集め、意識を断って防壁にしていたのだ。
『よし、これが右手で、指先っと。次は左手……よしよし』
念話で独り言を呟きながら、身体を感じ取っては魔素を送り込んでいく。
長らく魔素が枯渇していた身体が、急になだれ込むエネルギーに悲鳴を上げる。
しかし、この世界に送り込まれた時のあの激痛に比べればそよ風みたいなものだ。
『そういえば、【叡智と魂の泉】様と話をしたよな。何か、もの凄く大切なことが織り込まれていたような……。いや、まずは自分の身体を取り戻さなくちゃな』
身体全体へ魔素を行き渡らせるにつれ、徐々に感覚が蘇る。
『指先……お、動くぞ。動く!』
ヤノスは一歩ずつ、確実に自分の身体を取り戻していった。
◇ ◇ ◇
【第三者視点】
ヤノスの身体から、八色に輝く魔素がどっと放出された。
その魔素は空中で濃縮されて物質化を起こし、そこに綺麗な衣装をまとった精霊――リーノが出現した。
「「「リーノ、お帰り!」」」
「フィーネ、ルーハ、ルミア。ありがとう。無事に戻れた」
出迎えた三人の顔が、一瞬で驚愕へと変わる。
「何よ、その目は。何が言いたいのよ」
「「「話し方が変!!!」」」
「あなたたちまでそれ!? 会って一番の言葉がそれ!? まったく……」
「ルミア! 体温計を持ってくるのじゃ!」
ルーハが慌てて指示を飛ばす。
「ルーハ様、急いで持って参ります!」
「フィーネはリーノの寝床の用意じゃ!」
「なっ……なによそれ! 戻ってきた私にかける言葉がそれなわけ!?」
リーノが憤慨していると、どこかへ消えていたルミアが、謎の機械を抱えてすぐに戻ってきた。
「ルーハ様、体温計です。なんなら、脳波も取れるように準備いたしましょうか?」
「脳波って何よ!?」
フィーネのツッコミが響く中、リーノはガックリとしなだれ、しょげ返ってしまった。
それを見たフィーネの表情が優しく緩む。
「……リーノ。吹っ切れたようね」
「フィーネ。ありがとう、心配してくれてたもんね。まだ完全じゃないけど、もう大丈夫」
ポカンとした顔で、フィーネとリーノを交互に見やるルーハとルミア。
「今までのリーノがちょっと変だっただけで、これが本当のリーノよ。ルーハも知っているでしょ? ルミアの知っているリーノは、ちょっと取り繕ってたの。もう大丈夫よ」
「え? ルーハ様、以前のリーノ様をご存じだったんですよね……? 私は心からリーノ様を心配していたのですが……」
ルミアの声に、ルーハが泳いだ目でたじろぐ。
「ル、ルミア、そう言うでない! ちょっと……ちょっとばかり、ルミアの慌てぶりにじゃな……そ、そう、流れで乗ってみただけじゃ!」
目を閉じたままのルミアが、ルーハをじっとジト目をむける。
目が見えないとは思えないほどの無言の圧迫感だ。
「神光様。そのようなお戯れは、よろしくございません」
「お、おい! し、しん……そ、その呼び方を、するでないぞ!」
「え? 何を申されましたか、神光様?」
「わーーーっ! 堪忍じゃ、堪忍じゃ! わらわが悪かった! この通り詫びるから、許してくれなのじゃーー!」
顔を真っ赤にし、ルーハはその場で頭を抱えて座り込んでしまった。
「ねえ、なんなのよその”しんこう”って?」
いつものノリでフィーネがルーハに迫る。
ルーハはさらに頭を抱えて「わぁー」といやいやをした。
「面白そう。し・ん・こう・さん? なにをそんなに慌ててるのかな?」
今まで散々からかわれてきたリーノが、ここぞとばかりに満面の笑みで仕返しにかかる。
「ま、待て! それは……お? おお!? 動いておる! 動いておるぞ!」
座り込んだルーハの目の前、ベッドから一端が垂れていたヤノスの手。
その指先が、僅かにピクリと動いた。
「話を逸らそうとしてもダメよ?」
「ち、違うのじゃ! 誠じゃ! ヤノスの指が動いておるのじゃ!」
「「「え!?」」」
全員の視線がベッドへと集中する。
確かに、ヤノスの右手の指がかすかに動いていた。
「ヤノス!」
「ヤノス! 起きて!」
「ヤノス様!」
「ヤノス、聞こえておるか!」
四人の声が重なり合い、希望への四重唱となってヤノスへ降り注いだ。
声が響くたび、右の指から左の指へ、次は右足、左足へと、身体の動く位置が変わっていき――ついに、ヤノスの目がゆっくりと開いた。
四人が一斉に、ベッドのヤノスの顔を覗き込む。
「みんな、ただいま。……え? ここ、どこ? ……え? っていうか、誰?」
邪気から解放され覚醒した直後のヤノスは、目の前に並ぶ見慣れない和風の部屋と、見覚えのない精霊、そして見知らぬ和装の少女に、本気で目を白黒させるのだった。
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【更新スケジュール変更のご案内】
本日より、連載ペースが【火曜・木曜・土曜】の週3回となりました。
そのため、明日(金曜)の更新はお休みとなり、次回の投稿は明後日【10月3日(土)朝7時】となります。
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