第75話 転生の真実
ひさびさの【ヤノス視点】
何かが自分の身体を包み込もうとしていた。
そう、それは誰かが放つ怒りだった。
言葉にも出せないほどの、強烈な怒り? いや邪素が放つ怨嗟の憤怒!?
その負の恐怖にはっと目を開けると、そこは見覚えのある場所だった。
すべてが白で覆い尽くされた世界。
床も天井も壁もなく、それ以前に上も下も存在しない、無限の空間。
『たしか……何かの訓練をしていたときに、ここへ!?』
『気がついたかの。どうやらこの場所を思い出したようじゃのう』
どこからともなく、形のない声が響く。
僕は記憶の底からその名を導き出した。
『【叡智と魂の泉】……。そう、【叡智と魂の泉】様ですね』
『覚えておいてくれたようじゃの』
『覚えています。あの時、何かをしてくださいましたよね。おかげさまで、僕は《索敵》ができるようになりました』
『そうか、そうか。それだけではなく、お主は《並列思考》もできるようになっておるはずじゃぞ』
『並列思考、ですか?』
『そうじゃ。今までに思考がとても冴えていると感じたり、二つのことが同時に、今まで以上に的確に処理できたりしたことはなかったかの?』
『そういえば……。気のせいかもしれないのですが、今までは考えつかなかったような術式や光景が、同時に頭の中に思い描けたりします』
『それも恩恵の一つじゃの。わしが以前、いくつかの銀河に存在する知的生命体の魂の集まりだと説明しなんだかのう』
ヤノスは形のない虚空に向けて首をかしげた。
『無限とも言えるその魂の中から、お主の前世の世界――地球から来た、役に立ちそうな記憶を持った魂のほんの僅かなかけらを寄り集めて、お主の魂に定着させたのじゃよ』
『それで……僕に全く覚えのない知識が、時折頭に浮かぶのですね』
『ほお、そうじゃ、そうじゃ。……おっと、忘れておった。今回はな、お主に一つ謝っておかねばならぬと思って、こうして意識を呼んだのじゃ』
『え? 何のことです? あなたに謝られることなんて、何も……』
『お主を今の世界へ送り出した時のことじゃよ。とてつもない苦しみに苛まれたであろう? あの凄まじい痛みを乗り越えるとは、送っておいて何じゃが、わしも驚愕したぞい』
『あの時の苦痛のことですか。……確かにあの時は、身体中が引きちぎられるような思いでしたが、もう忘れてしまいました』
『誠に申し訳ない。偶然が偶然を呼んでな、調整の時間がなかったんじゃ。今の世界には、もう一つの世界線……うーむ、そうじゃ。お主の記憶にある言葉なら”パラレルワールド”と言ったかのう。それがあってな。その崩壊エネルギーを利用したのじゃ』
『パラレルワールドの崩壊エネルギー……ですか?』
『そうじゃ、未来へ多大な影響が出るような介入をすると、新たなパラレルワールドが生まれる。それが存在し続けるには膨大なエネルギーが必要でな。ひとつのパラレルワールドが寿命を迎えて消滅する、その”崩壊の瞬間を待って”お主を送り出さなければならなかったのじゃよ』
形のない声は、そこで一度言葉を区切った。
『――ここまでは理解できるかのう?』
『言われていることは、表面的には理解できた気がします。ですが……何かとても重要なことが入っているような気がしまして』
『はっはっは、そのことは追々でよい、よい』
『はい。【叡智と魂の泉】様』
『本来は、時間をかけて調整してから送り出す予定だったのじゃ。だが……ほら、あの子じゃ。うーむ、そう、リコルじゃったな。あの子が、お主が死ぬ場面を病院の窓から目撃してしまい、そのショックで命の灯火が途切れてしまったのじゃ』
『やっぱり……。リコルは僕の死を目撃したようなことを話していました』
『そして驚いたことに、リコルの魂は、お主と全く同じ”無色”の魂だったのじゃよ』
『無色の魂? 無色の体内魔素のことですか? それがそんなに珍しいのですか?』
『広大な銀河の中に知的生命体が生存する惑星を一つ見つけることよりも難しいと言えるじゃろうな。そこでわしは、お主に用意しておった身体の一部を拝借し、二人分の身体を作り変えたのじゃ。そうして、崩壊エネルギーのタイミングに合わせてお主を送り込んだのよ』
『そんなことがあったのですね。……リコルがあの凄まじい苦しみを味わったかもしれないと思えば、僕で本当に良かったと思います』
『そう言ってもらえて、本当に助かるわい。お主たちのことは時々見ておるから、今の調子で今の世界を楽しんでくれ』
『あの、【叡智と魂の泉】様。一つ質問しても良いでしょうか?』
『今のわしで答えられるものであれば、何でも答えよう』
『さっき、未来へ多大な影響がでるような介入をすると、新たなパラレルワールドが生まれる、と仰いましたよね?』
『確かに申したのう』
『だとしたら、僕が送り込まれることが、歴史を大きく変革させる力があるほどの”巨大な介入”になるということですよね。……僕には、そんな歴史を動かすほどの大きな力があるとは思えません』
人の形もなく、ましてや表情などあるはずのない空間から、一瞬、明確な”焦りの感情”が伝わってきた気がした。
『なぜ、それほどの崩壊エネルギーを使ってまで、僕をこの世界へ送り出さなければならなかったのですか?』
『そ、そうじゃのう……! わ、わしの戯れ! そう、ただの戯れと思ってもらって結構じゃ! ――おっと、そろそろ時間のようじゃな! 今の世界、楽しんでおくれ。さらばじゃ!』
何やら、一番肝心な質問を完全に煙に巻かれた気がしたが、もう遅い。
それと同時に、自分は何か途方もなく重大なことを見逃している――そんな予感がしてならないヤノスだった。
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【更新スケジュール変更のお知らせ】
明日、10月1日(木)の更新より、連載ペースを「週3回(火・木・土)」へと変更させていただきます。
明日 10月1日(木)朝7時:いつも通り第76話を更新いたします。
その次の更新:翌日ではなく、10月3日(土)朝7時となります。
毎日の更新を楽しみに日課としてくださっていた皆様には少し間隔が空く形となりますが、その分、一話ごとの密度と熱量をしっかり込めてお届けしてまいります。
大精霊たちも加わって賑やかさを増すヤノスたちの冒険を、これからも温かく見守っていただけますと幸いです。
今後とも『精霊冒険抄』をよろしくお願いいたします!




