第73話 繊細に刻まれた浄化
【フィーネ視点】
耳に優しく響く鳥のさえずりで、私は眠りから呼び覚まされた。
目を開けると、見たことのない風変わりな天井が目に飛び込んでくる。
「……リーノ、起きてる? リコル? ――ヤノスは?」
何の返事もないことに違和感を覚え、一瞬で覚醒して跳ね起きる。
見回せば、やはり見たことのない作りの部屋に一人。
慌てて立ち上がった。
「リーノ、どこにいるの!? リコル! ヤノス!」
その時、紙でできた壁の一部が静かに滑り、そこからルミアが入ってきた。
「お目覚めですか、フィーネ様。昨晩はゆっくりお休みいただけたでしょうか」
目を閉じたまま膝を折って座るルミアをじっと見つめ、私は急速に記憶を手繰り寄せた。
「あ……ルミアさん。おはよう。おかげさまで、よく眠れたわ」
「それは良かったです。朝の食事を用意しておりますので、私についてきてください」
ルミアは立ち上がり、滑らかに歩き始める。
「この扉のことを、私たちは”襖 (ふすま)”と呼んでいます」
そう言ってルミアがフィーネの横を通り過ぎると、その襖を閉め、次の薄い紙の扉のところへ移動する。
「この扉は”障子”と呼んでおります」
ルミアは障子を開け、私を板張りの通路へと導いた。
ここがヤノスたちのいる隔離室の前室へと通じる通路だ。
そこを通り過ぎ、再び障子を開けて中へと案内される。
四角い座卓の上には、すでに食事が用意されており、ルーハが一人でちょこんと座っていた。
「お目覚めのようじゃな。ぐっすり眠れたかのう?」
ルーハが少しにやけた表情で声をかけてくる。
「ええ、ぐっすりよ」
絶対に、目覚めた時の自分の慌てふためきに気付いている顔だ。
朝からこのやり取りは調子が狂う。
「座って食べるがよい。一緒に朝食をとろうぞ」
威厳を出そうと必死に不慣れな口調を使うルーハに苦笑しつつも、席に着く。
出された料理はどれもあっさりとした優しい味で、非常に美味しかった。
「どうじゃ、ルミアが作った料理じゃ。美味かったであろう?」
「え、ルミアさんが作ったの? とても美味しくいただいたわ」
「こちらこそ、お気に召していただき、とても嬉しいです」
ルミアが嬉しそうに微笑む。
「ところで、ヤノスとリーノのことじゃが。今日を入れてあと二日もあれば、四六時中二人を攻め立てている外側の邪気は浄化できるじゃろう。……問題はその後じゃ。身体の細胞に染み込んでしまった邪気の除去――これが最大の難関じゃな。少しずつ気長に削るしか道はない。それに三日、いや四日はかかるかのう。フィーネ、良いな? ルミアも頼むぞ」
「わかったわ。私は何でもするから、何でも言いつけて」
「ルーハ様、お任せください」
「……ところでルーハ。その喋り方はいつからなの?」
「な、何を急に! そんなこと、どうでも良いじゃろうが」
「気になるのよ。そのくらい教えてくれてもいいじゃない」
「う、うぅ……。六百……七百年? ――いや、千年前か? もう忘れたわい!」
「ええっ!? 千年もその話し方をしていて、まだ馴染んでないの?」
「わらわは人と話すことなど、滅多にないのじゃ!」
ルーハは顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。
私は思わず苦笑する。
「今はルミアがいてくれるから良いけどな……」
ルーハは小声でそうボソッと呟いたあと、怒ったように話を打ち切った。
「たまに人と話す時に、この威厳ある話し方が大切なのじゃ! もう良かろう、この話は!」
「ふふ、そうしてあげるわ」
笑顔の私と、へそを曲げた渋顔のルーハ。
そんな二人のやり取りを聞いて、ルミアが楽しそうに微笑んでいた。
◇ ◇ ◇
二日後の夕方。
「さあ、これからヤノスの身体に染みこんでいる邪気を退治じゃ」
ルーハの見立て通り、ヤノスとリーノを苦しめていた外側の邪気は完全に取り除かれた。
ヤノスのバリアを解除しても、もう外へ邪気が溢れ出すことはない。
「これからが本当の力の入れ所じゃ。フィーネも光魔法が使えるのじゃったな?」
「ええ。私の魔力自体の相性は良くないから威力は弱いけれど、私たちはファミリーネーム”ネクサス”を共有しているの。加護とは違う、格段に高い相互作用を生む”絆”で結ばれているから、リーノの力が宿り、光魔法が使えるの」
「弱い方が好都合なのじゃ。細胞を傷つけんで済むからの。ルミアも頼むぞ」
「はい、ルーハ様」
「では計画通り、わらわが右手から、フィーネが左手から、ルミアは足の方から。決して無理をせず、ヤノスの身体に染みついた邪気を感じ取り、少しずつ浄化していくぞ」
治療が始まった。
「もっと優しくじゃ! 少しずつ、少しずつ。ごくごく弱い浄化の魔力でな」
「ほれフィーネ、そこじゃ! まだ完全に邪気が消えておらんぞ」
「ルミアは良いぞ。その調子じゃ。うん、教えた通りじゃ」
「ふん、私もちゃんとやっているわよ」
ルーハの細かな小言をいなしながらも、私たちは黙々と、ヤノスの身体に深く染みついた邪気を、ミリ単位で繊細に浄化し続けていくのだった。




