第71話 信じて待つ者
【第三者視点】
リコルの必死の念話を頼りに、リーノとフィーネがようやく現地へとたどり着いた。
そこに横たわっているヤノスの状態は、以前の邪気におかされたときとは比べものにならないほどの重傷だった。
かろうじて邪気に飲まれていないのは、ヤノスが自らの魂のコアを守るために全魔素を集中させているという、超人的な生存本能のおかげだった。
「ヤノス! ヤノス! 解る! リーノ! リーノよ! 助けに来たのよ」
今まで平常心を必死に保っていたリーノだったが、堰を切ってあふれ出る感情に襲われ、泣きじゃくりながらヤノスに抱きつこうとする。
一歩間違えば自分も我を忘れそうになるフィーネだったが、必死に動揺を抑える。
今やるべきことを探そうとするものの、動転して頭が回らない。
「リーノだめ。触っちゃダメ。落ち着いて、リーノ!」
一番心を痛めているであろうリコルが、後ろから羽交い締めにしてヤノスに抱きつこうとするリーノを抑え込んだ。
「ヤノスが! ヤノスが!」
叫ぶ気力もなくなってきたリーノが、ただただヤノスの名前をつぶやき続ける。
そこへ、フィーネが歩み寄り、リーノの頬を平手で鋭く殴りつける。
「――正気に戻りなさい、リーノ! あなたが取り乱してどうするのよ。今、一番しっかりしなければならないのは誰なの!」
呆然としていたリーノの瞳に、ようやく理性の光が戻る。
「フィーネ。リコル。ありがとう。そして、ごめんなさい。……リコル、伝えてくれたように、ヤノスには三重のバリアが張られているのね」
しっかりとした声で尋ねてくるリーノに、これもしっかりとした声でリコルが答える。
「はい。おにぃの周りの邪気を浄化したあと、すぐに、おにぃに三重の、浄化の性質をまとわせたバリアを張りました」
「解ったわ。ここにはもう邪気はないから、そのバリアは必要ない。ヤノスの体内魔素まで消滅しかねないわ。一旦バリアを解くから、二人とも下がって。――《バリア解除》」
リーノの手のひらが、ヤノスの身体に沿って滑るように動く。
ヤノスの体表から僅かに漏れ出る邪気にわずかに顔をしかめながらも、その容態を深く診ていく。
「大丈夫……容態は良いとは言えないけれど、ヤノスの魂はしっかりと防壁を作って耐えている。回路もしっかり確保されているわ」
フィーネとリコルから、同時に安堵のため息が漏れる。
「私はこのままヤノスの状態を維持してここで待ってる。リコルは宿で私達を待っていて。――フィーネ、リコルを頼む」
リーノの言葉を聞きながら、フィーネがリコルの肩にそっと手を添えその場から離れるように促す。
「これからどうするの。私も一緒にいる。え、私、一緒にいちゃダメなの」
リコルがすがりつくが、フィーネがその両肩に優しく手を置いた。
「ごめんねリコル。これから私がリーノとヤノスを、遠くまで運ばなければならないの。私の転移の力では、リコルまで一緒に連れて行くことができないの。だから、宿で待っていてくれないかしら。必ず、必ずヤノスを元気にして戻ってくるから」
フィーネの悔しそうに呟きに、みんなのおにぃへの強い想いが伝わり、リコルは静かに頷いた。
「リコル、ごめんなさい。私はヤノスの体内に自分自身を滑り込ませて、彼と一体化して魂を守らなきゃいけない。だから、みんな一緒には移動できないの」
自分の力のなさを責めるように呟くリーノ。
その呟きに、リーノが自分以上に悔しがっているのがわかり、ヤノスを今すぐたすけてあげられないもどかしさがリコルの胸にも満ちていく。
「わかった。リーノ。フィーネ。おにぃを頼むね。私は大丈夫だから、一人で戻れるから」
「ううん、一人ではダメよ。リコルに何かあったらヤノスが悲しむわ。宿の女将さんと旦那さんにお願いすることもあるから、まずは一緒に行きましょう」
フィーネに促され、ヤノスの元を離れていくリコル。
数歩進んではヤノスを見やり、また数歩進んでは振り返っていたが、心を切り替えたように足早にその場を離れていった。
「急がないと、ヤノスに悪いよね。一刻も早く宿に戻らないとね」
リコルの言葉に、涙を浮かべながら宿へと急ぐフィーネ。
「そうよね。ヤノスに悪いわね。急がないとね」
涙を浮かべるフィーネをリコルが逆に励ます形で、二人は宿へと急いだ。
切羽詰まった様子の二人を見て、西門の門番たちは冒険者証を一瞥しただけで迅速に通し、しばらくの間二人の背中を見送った。
安らぎの宿にたどり着くと、ほっと一安心するとともに、ヤノスを心配する心が膨れてくる。
「おかえり……って、あら?」
言葉を続けようとしたクリアナさんの声が止まる。
ただならぬ気配を察し、すぐに奥へと大声を上げた。
「あんた。こっちへ来て! 急いできて!」
足早に歩いてくる足音がしたと思うと、カウンターの後ろの暖簾が開き、ご主人のガスサスさんが顔を出す。
何かを言おうとしたガスサスさんだったが、二人の表情を見て言葉を飲み込む。
「何があったか詳しくは聞かない。……他の二人は無事なのかい?」
クリアナさんが優しく声をかける。
リコルはなにか言葉を出そうとするが、宿にたどり着いた安心感もありどっと涙がこみ上げてくる。
その様子を暖かく見守りながらフィーネが説明する。
「リーノは大丈夫ですが、ヤノスが危ない状態です。ですが、絶対に、絶対に良くなります。ですから、ヤノスが元気になって戻るまで、リコルをここで預かっていただけないでしょうか」
深々と頭を下げるフィーネ。
その言葉に、涙にくしゃくしゃになりながらもフィーネを見やるリコル。
「大丈夫なんだね。わかった。任せておきな。安心して行ってきなさい」
「俺たちに任せるといい。大丈夫だ、早く行ってやりな」
クリアナさん、ガスサスさんの温かい言葉に、自分を優しく抱き包むフィーネの腕の温もりも加わり、リコルは少しだけ落ち着きを取り戻した。
「さぁ! いつもの部屋は寂しいだろう。私達のとこの部屋を使うといい。いつも誰かの声が届く場所だから。何かあったら声をかけてくれれば、すぐに駆けつけるから。さあ、中に入ろう」
暖簾の向こうへとリコルを案内するクリアナさんだが、その後ろをついて行くガスサスさんを振り返って尋ねる。
「あんた。いいよね?」
「ああもちろんだ。あそこしかないだろう」
深く、そして優しく頷くガスサスさん。
暖簾の向こうに消えたあとも三人を最後まで見送っていたフィーネだったが、心を切り替え宿を出ると、全速力でヤノスの元へとかけていった。
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【更新スケジュール変更のお知らせ】
10月1日(木)の更新より、連載ペースを「週3回(火・木・土)」へと変更させていただきます。
10月1日(木)朝7時:いつも通り更新いたします。
その次の更新:翌日ではなく、10月3日(土)朝7時となります。
毎日の更新を楽しみに日課としてくださっていた皆様には少し間隔が空く形となりますが、その分、一話ごとの密度と熱量をしっかり込めてお届けしてまいります。
大精霊たちも加わって賑やかさを増すヤノスたちの冒険を、これからも温かく見守っていただけますと幸いです。
今後とも『精霊冒険抄』をよろしくお願いいたします!




