第7話 魔力の訓練
たぶん、異世界に来て6日目
起きたらすぐに、今度は魔力を鍛える訓練に取り組まされた。昨日フィーネとリーノが手から何かを出していた、あの不思議な力の正体に触れる時が来たのだ。
『昨日感じた暖かいものを指先から出すの。そ、そうよ』
フィーネの言葉に従うと、僕の指先から、白いモヤのようなものが放出され始めた。
「今度はその魔素を、球状にまとめてみて……」
フィーネが見本を見せてくれるので、指先から出る魔素が綺麗な球体になるようイメージする。だが、なかなか形がまとまらない、表面に棘ができたり、角ができたりと、いびつなものしかできなかった。
(そもそも、魔素ってなんなんだろう? 確かこの世界では、魔素の中には二種類の要素があって、一つがオド、もう一つがマナだったよな……?)
僕が心の中でそう疑問を抱いた瞬間、フィーネが僕の頭の中の記憶(前世の知識)をそっと探って、微笑みながら説明してくれた。
『あなたの世界では、う~ん。そうね。ダークマターとダークエネルギーと捉えてもらうといいかな。ダークマターを【オド】、ダークエネルギーを【マナ】と考えてもらえるとわかりやすいと思うわ。……あら、だんだん形が良くなってきたわね』
ダークマターもダークエネルギーも、現代地球における宇宙の最大の神秘の一つだ。まさかそれを同時に知覚し、操作できるようになっているなんて。
僕は魔素の操作に集中しながら、同時に魔素についての考えを深めていた。そう、今の僕は、魔素を動かす作業と、頭での思考を同時に行うことができている。
『綺麗な球形になったわね。すごいわ。次は円錐形? 棘のような形にしてみて。……ふふ、ヤノスが、【二重思考】ができるようになったのは、多分この世界に送られてくるときに、たくさんの魂のかけらを取り込んでいるからね。私もリーノも、本来の魂の他に多くの魂の欠けらを持っているから、二重思考どころか三重、四重の多重思考ができるのよ』
なるほど、あの転生時のパニックのせいで、僕は図らずもマルチタスク能力を手に入れたらしい。
僕はさらに集中し、球体から棘のようなものを生やしてみるが、意識して先端をとがらせるのがとても難しい。棘の先端を、数学的な意味での”面積ゼロ(極限の点)”にまで近づけるイメージだ。そこにこの訓練の、本当の難しさがあるようだった。
『魔素の中には【オド】と【マナ】が含まれているということだけど、役割の違いとかがあるのかな……?』
念話で尋ねると、優しい笑顔をうかべたフィーネが、脳裏に直接答えを返してくれた。なお、隣のリーノは我関せずといった様子で、黙々と自分の魔力を高める訓練を進めている。
『良いところに気付いたわね。オドは、魔法の【物質的な側面】を、マナは、【エネルギー的な側面】をそれぞれが担っていて、この二つが合わさることで魔法が形になるの。自分の体内魔素や、自然界の魔素を使って、魔法を発現させる能力が魔力よ』
(ものが燃えるためには、燃える物と酸素という物と、燃焼温度まで上がるエネルギーが必要だということか)
フィーネの解説に納得しながらイメージを重ねると、どうにか魔素の先を尖らせることができるようになってきた。
『次は、細く、細く、伸ばすの。そうね、両手をゆったり広げたときの指先から指先の間くらいの長さに伸ばすのよ。今行っている訓練、これは魔力を鍛える訓練ね。これを続けることで、少ない魔素で魔法が使えたり、正確性や威力といったものが鍛えられるわ』
フィーネは、僕に念話を送りながらも、僕へ見本を示すように細く細く引き延ばしていく。それは髪の毛よりも細く、まるで光ファイバーのような繊細な輝きを放ちながら、まっすぐに天井に届きそうなほど伸びていった。大精霊の制御技術は本当に規格外だ。
僕も必死に細くしようと試みるが、鉛筆の芯くらいの太さにするのが関の山で、なかなかそれ以上細くならなかった。
魔力を鍛えれば、発現速度や効率、精度が向上していくらしい。より少ない魔素で、強い魔法を正確に、時間的なロスなく瞬間的に発生させられるようになる――この地味な訓練こそが、チートへの第一歩というわけだ。
そこへ、リーノが静かに目を開けて、大きく深呼吸をする。
『魔力、訓練、ここまで』
一通り、まだ実際に魔法を放つ段階には至っていないが、基礎的な魔力訓練の時間は終わったようだ。
『はーい! 次は、昨日も体験した動物たちの診察ね。今日は昨日ほど多くはないと思うわ』
フィーネのその言葉を聞いた瞬間、僕の脳裏に嫌な予感が走る。
『まさか? ……これ、フラグ……?』
という外れてほしい思いは、裏切られることなくしっかりと現実となった。
今日も忙しく動物たちの間を行ったり来たりしていると、最後尾のさらに外側に、体中を傷まみれにし血を滴らせている、ひどく見覚えのある二匹の動物の陰がふと目に入った。
(……デジャヴかな? いや、まさか、ね? 目の錯覚だよね!)
恐る恐る近づくと、背後の森の暗がりから、重々しくも消え入りそうな念話が二つ、同時に響いてきた。
『バカ息子が今日も申し訳ない……』
『バカ娘が誠に申し訳ございません……』
その一頭と一羽の後ろで、昨日と全く同じように深く深く頭を下げている、巨大な親狼と親鷲の姿があった。
『どうしてこうなるんだよおおお!?』
僕は頭を抱えて絶叫した。何が「今日は昨日ほど多くない」だ。数は少なくても、手のかかる大物がピンポイントで再来しているじゃないか!
僕は涙目で頭を抱えつつも、朝の魔力訓練で少し技量が上がった治療魔法を、必死の思いで二匹に施すのだった。
こうして、僕の異世界6日目の”午前の部”は、大忙しの診察の渦中でドタバタと過ぎ去っていった――。




