第6話 訓練という名の地獄
投稿を始めた頃は読んでもらえるか不安でしたが、ひとつひとつのPVが、作品を読んでくださっている皆様からの応援のように感じられ、本当に執筆の大きな励みになっています。
いつもお付き合いいただき、本当にありがとうございます!
時々まぶしい光がまぶたを照らすのを感じ、うっすらと目を開けてみた。
全身がまるで鉛のように重く、指一本動かすのにも恐ろしいほどのエネルギーが必要だった。これが、初めて魔法を限界まで使った反動なのだろうか。
ぼやける視界の先には、太い木の枝と、青々と茂ったたくさんの葉が見える。葉の隙間からこぼれる優しい木漏れ日が目を打つと同時に、様々な花の香りが心地よく鼻をくすぐった。
はっと我に返り、痛む頭を抑えながら周りを見回す。
するとそこには、先ほどの鷲が二羽、狼が二頭、そして彼らを静かに見守るフィーネとリーノがいた。みんな、何か諦めを含んだような、どこか苦笑い混じりの微笑みを浮かべて僕を見つめていた。
『体内魔素の枯渇ね』と、フィーネの呆れたような念話が響く。
『魔素。使い過ぎ』と、リーノも短く続けた。
すると、僕が目を覚ましたことに気づいたのか、巨大な親の聖獣と聖鳥が歩み寄ってきた。
『『心配ない(わ)』』
二つの重厚な念話が重なる。
『もう心配ないわよ。安心して戻ってね。もうあんな無茶な怪我するよう真似はしないでね』
フィーネがそう諭すと、いままで僕を心配そうに覗き込んでいた子狼と親狼、子鷲と親鷲は、少ししょぼくれた顔をして頭を下げた。
彼らは親たちに首根っこを咥えられるようにして、子狼の二匹はとぼとぼと歩き、子鷲の二羽は元気なさげに羽ばたいて、緑豊かな森の奥へと消えていった。
遠ざかっていく彼らの後ろ姿を見送りながら、「ひとまず、みんな無事でよかった……」と、胸をなでおろした。
『でもあなたすごいわね』
フィーネが、今度は感心したように僕の顔を覗き込んできた。
『ちゃんと治療魔法できたじゃない。教えもしてないのにすごいわよ。あ、そうそう、えっとね。あなたは治療魔法を施すために、体内の魔素をほとんど使い果たしてしまい、気を失ったのよ。でも安心して、魔素を補充しておいたから、もう体は大丈夫なはずよ』
フィーネの優しい解説を聞いて、自分の内側に意識を向けてみる。確かに、さっきまでの空っぽで冷たい感覚はなくなり、温かい何かで再び満ちている感覚があった。
『ねていない。おきる。訓練する』
(はあ! く、くんれん!?)
”くんれん”という言葉が何を指すのか、まだ幼い僕の脳が上手く意味を結んでくれない。 前世の記憶はあるはずなのに、肉体が子どもになったせいか、言葉の認識がワンテンポ遅れる感覚だった。
意味がわからずに戸惑っている僕を見かねたフィーネが、助け舟を出してくれる。
『今日はやめておいたら。明日からでも良いじゃない』
『時間ない! やる』
リーノの断固とした念話を聞いて、僕の頭の中でようやく”訓練”という言葉の意味がはっきりとしたものになる。
(さっき、魔素の枯渇とかいう命がけの気絶から目覚めたばかりの病人(?)に向かって、なんというスパルタだ! フィーネ頑張れ!)
フィーネへのエールを送る。
『仕方が無いわね。ヤノスごめんなさいね。時間が惜しいのも事実なの。訓練付き合ってね。リーノ! 今日は手加減してあげるのよ』
『うん』
かすかな望みが一瞬のうちに砕かれた。
「訓練って、何の……」
恐る恐る質問をしているそばから、鋭い金属音が響き、一本の剣が僕の足元へと容赦なく投げ捨てられた。
訓練と聞こえたが、足下に投げられた剣は木製ではなく金属製、正真正銘の本物の金属製だ。木漏れ日を受けキラキラと光っているが、それだけに凶悪な刃の輝きが恐ろしい。
「あの~。訓練だよね。普通、せめて最初は木の剣とかじゃないの……?」
引きつった笑みを浮かべながら尋ねると、リーノから淡々とした念話が返ってきた。
『木の剣使う いない それ切れない』
正直、何を言っているのか、僕の常識では理解が追いつかない。
困惑している僕を見かねて、フィーネが通訳してくれる。
『あのね。<木の剣を使って攻撃してくる者はいない。だから、最初から金属の剣を使って訓練する。刃引きされているから、その剣で切られることはない>……ってリーノは言っているの』
申し訳なさそうにフィーネが説明した。
「ええ! でも、刃がなくてもその剣が体に当たれば、普通に骨が砕けるでしょう!? そ、そんなので練習なんて怖くてできないよ!」
『『大丈夫。(骨が折れたぐらい、治療すれば)治る』』
「いや、治る治らないの問題じゃないから! 痛いから!!」
という僕の必死の苦情は、無情にも一言のもとに却下された。
『剣 振る ビュン』
次の瞬間、爆音とともにリーノの剣が目の前で振り下ろされた。
本当に一瞬、銀色の光の筋が見えただけで、剣の軌道すら目でおえない。凄まじい風圧が僕の頬を叩き、髪を激しくなびかせた。
『腰を入れて! 体の軸を意識して! 剣を振り下ろす! ――ビュン!』
またもやすごい風切り音とともに、今度は一瞬のうちにフィーネの剣が振り下ろされていた。こちらも常人離れした速度だ。
(……やるしかない、のか。死ぬ気でやらないと本当に骨を折られる!)
僕は覚悟を決め、ずっしりと重い鉄の剣を両手で必死に掴み、持ち上げた。
そして、二人の真似をして思い切り振り下ろしてみる。
だが、彼らのように小気味よい音なんて何も出ない。
それどころか、派手に体勢を崩した瞬間、僕のお尻に凄まじい激痛が走った。
『腰 いれる 尻 にげない もう一度』
ビーユ 必死に剣を振る。
バシン! と小気味よい音が響き、腕が叩かれる。
『脇 閉める』
バシン!
『胸 はる』
「いっ、痛いっ!」
バシ!
『顎 ひく』
「あ、あご痛い!」
バシ!
『背筋 のばす』
「ぐわっ」
バシ! バシン! バシバシ!
剣を振るたびに、体のどこかに激痛が走る。
『ヒール』
フィーネの優しい声が聞こえ、僕の体を温かい光が包み込む。バシバシと叩かれて悲鳴をあげていた全身の痛みが、嘘のように引いていった。
地面に倒れ込んだ僕を、リーノがじっと見下ろしている。すると、彼女は僕の小さな手を取って、立ち上がるのを無言で助けてくれた。
『食べる』
差し出されたリーノの手のひらには、小さな丸いドングリが乗っていた。それを僕の手へと手渡される。
(俺はリスさんじゃない!)
と、喉まで出かかった抗議をどうにか思いとどまり、促されるまま歯でパキッと割って中身を食べる。
ナッツのような香ばしさと共に、まるで乾いた砂に水が染み込むように、空っぽだった体の奥底から、みるみるうちに力と魔力が湧き上がってきたのだ。
(あれ? ニーノって、優しいとこあるじゃん)
ほんの一瞬、僕の心にそんな温かい感動が芽生えた、その時だった。
『剣 振る』
(……はい?)
『鬼! 本当に鬼だ!!』
一瞬の感動は無残にもかき消された。心の中で罵声を浴びせ、涙目で小さな抵抗を試みてみるが、ニーノの無慈悲な瞳にあっけなく退けられる。
バシーン! 頭に激痛が走る。
『剣 とる』
バシ!
『遅い 早く 振る』
バシ!
『腰』
容赦なく肌を打つのは、剣の腹とはいえ本物の金属だ。叩かれるたびに、骨まで響くような衝撃が走る。
『今日は手加減するんじゃなかったのか!』
絶対に二人には聞き遂げられることのない悲鳴だと知りつつも、僕は全力で念話を飛ばし続けるのだった。




