第68話 西門の森と謎の遺構
第68話 西門の外の異変
今回の指名依頼には、二日間の依頼日のあと一日の休息日が設けられていた。
しかし、一般依頼を受ける気にもなれず、僕たちは毎日のようにお屋敷を訪ねていた。
ギルド裏の川沿いを進み、巨大な”第一内壁”を抜けるたび、ここが五百年前に初代領主様とリーノが切り拓いた街の始まりなのだと思うと感慨深くなる。
冒険者は体力が命だからと、馬車での送迎は断って歩いて通っている。
五日目からはロザリア様もベッドを離れられるようになり、お昼は一緒に食事を摂っている。
ギルバート様の「民のことを思うと贅沢はできない」という方針の食事と言うことだが、慎ましやかでありながらも洗練された昼食を楽しんでいた。
今日訪れたのは僕とリコルの二人だけだ。
リーノとフィーネは事前の許しを得て休みを取っている。
本来の契約が二日と一休なので当然なのだが、そこは礼儀だ。
しかし、いつものようにお屋敷の正門にたどり着くと、今日はいささか様子が違っていた。
「「ガルトさん、おはようございます」」
「おう、おはよう。……え、今日は来ないという話だったが。おい、確かそうだったよな?」
門番のガルトさんが同僚に尋ねる。
奥から同じく門番のハミルさんが顔を出した。
「おう、みんなおはよう。ああ、俺もそう聞いているぞ。ついさっき使用人がお前たちの宿へ駆けていったから、行き違いになったんじゃないか」
「そうなんだ。<今日はどうしても抜けられない急用があって、お休みをお願いしに行く>と言っていたぞ。せっかく出向いてもらったのに済まんな」
リコルと顔を見合わせ、僕は答えた。
「それなら冒険者ギルドの依頼でも受けて過ごしますからご安心ください。今日は川の畔を少し歩こうと早めに宿を出たんです。使用人の方には迷惑がかからないようにお伝えください」
「おう、解った。たまには休みを入れな。ここんとこ毎日来てたんだから」
「ありがとうございます」
屋敷の門を後にした僕たちは、冒険者ギルドのそばまで戻ってきた。
「ねえ、リコル。今日どうする? 依頼に縛られるのも嫌な気がするし」
「同感。おにぃに任せるよ」
「なんだか最近、西門の向こうに不穏な気配があるって聞いてたから、様子を見に行ってみないか?」
「私も気になっていた。そうしよう」
西の外壁を守る兵士さんにギルド証を提出し、門を出る。
西門の先、農地を囲む塀の先はわずかながら邪気が漂う危険地帯だ。
冒険者証を持つ者か、その護衛対象しか出られない。
邪気に索敵の魔素を囚われると、逆にたどられて襲われる危険性がある。
そのため、ごく微量の魔素を薄く放つとともに、森の精霊の声に耳を傾けてあたりを探る。
「なんだか精霊さんの声が弱いね」
「精霊も近くの邪気に脅威を感じているんだろうね」
不安そうなリコルに応える。
リコルの恐れる気持ちが僕にも伝わってくるようだ。
一見いつもの農地に見えるが、肌に伝わる気配が全く違う。
柵を守る門番の兵士さんにも注意するように声をかけられ、足を進める。
農地の柵から離れると、幅十メートルほどの川が流れていることに初めて気付いた。
今までは馬車の中だったりで気付かなかったようだ。
「なんだか、同じ川なのにここの水は澄んだように感じないね」
「そうだね」
答えてから、リコルが他の柵の門のところにもあった川に気付いていたことに、感心しながら相槌を打つ。
柵から離れると、徐々に周りの木々が増え、下草も鬱蒼としてきた。
「あ! ウサギさんだ。そっち行っちゃダメだよ」
目の前を野ウサギが横切っていく。
ウサギの向かった先は、邪気が漂う危険な方角だった。
「おい、リコル。そっちは流石にダメだよ」
「おにぃ、あのウサギさんが危ないよ! 助けに行こう。それに、その方角を探らないと最近の不穏な動きも解らないよ」
「そうだな。よし、行ってみよう」
木々の間に姿が見え隠れするウサギを追い、北へ北へと足を延ばしていく。
どれくらい歩いただろうか。
だんだんと雰囲気が変わり、突然今まで生い茂っていた木々がなくなる。
それに薄いとはいえ邪気が漂っていることが肌身を通して感じられるようになった。
「おにぃ、なんだか変ね。邪気が……。それに周りの様子が急に変わってきたね」
「邪気が身近に感じられるようになったね。でも、これって何だろう」
足元の土を靴で払うと、薄い土の下から固い石造りの遺構が現れた。
見渡すと、あちこちが不自然に盛り上がっていたり、平らにならされたりしている。
今立っているのもその平らな場所だ。
記憶をたどると、ランクアップ試験の時のオークの集落や、野営地に選んだ場所とどことなく似ている。
「ねえ、おにぃ。これってランクアップ試験の時に見た場所に似てない?」
「うん、僕も今それを考えてたところだ」
リコルに下で待っているように言い、少し小高くなったところに上って周りを見渡す。
安全を確認し、感覚を共有するためにリコルにも隣へ上がってきてもらう。
「おにぃ。これって自然じゃないよね」
「うん、どことなく人工的な香りがする。リコルも同じ感じを抱いたようで安心したよ」
平らな空間がまっすぐ伸びており、その両脇に少し小高くなった場所や丘のような地形が綺麗に並んでいる。
胸をよぎる不穏な予感を抑え、小高くなったところを下りて、道のように思われる遺構を前へと進んでいく。
「あ、リスさんがいた! え、えぇっ」
リスを見つけたリコルが小走りにかけるが、見失ったようだ。
「いなくなっちゃった。……って、おにぃ! おにぃ、こっちに来て、早くこっちに来てよ!」
急かされるままリコルのそばに行くと――そこには、大人が身を屈めてやっと一人入れるほどの不気味な『穴』がぽっかりと口を開けていた。
ウサギやリスは、この中に吸い込まれていったのだろうか。
その穴の奥からは、これまでに感じたことのないほど強烈な負の感情を纏った”邪気”が、まるで目に見えるのではないかと錯覚しそうなほどの濃度で、大気へと絶え間なく吹き出していたのだった。




