第67話 ギルマス つきない頭痛の種
「――で、その謝礼とやらは中身を見たのか? ものすごく重い物だと言っていたが」
腕を組んだギルドマスターからの問いかけに、僕は正直に首を横に振った。
「いいえ。なんだか金額を見るのが怖いような気がして、みんなで話し合ってまだ中身は確認していません。このままギルドの口座に直接預けてしまおうと話しています」
「……それが賢明だな。分かってくれたようで何よりだ。――で、改めてになるが、これが今回の正式な指名依頼の受託書だ」
ギルマスから差し出された書類に視線を落とす。書かれている内容は理解できるのだが、そこに記載されている”前払いの報酬額”を見て、僕たちの心臓は派手に跳ね上がった。
「あのう……? この依頼報酬って……普通、こんなに桁外れに高いものなのですか?」
「はぁ、寝言は寝てるときに言え。俺だって今朝この金額を見たときは目玉が飛び出るかと思ったよ」
「ええっ!? ギルバート様は”一般的な依頼料を知らないから、ギルドマスターに相談して金額を決める”と言われていましたが……」
「あのギルバートの野郎め、完全に俺をダシにしやがったな。一般的な依頼料の相場を知らずに領主なんて務まるわけがねぇだろうが。体良く上手にごまかされたんだよ、お前さんは」
「はぁ……。そうですか……」
「まあ、遠慮せず全額貰っとくんだな。どうせこれが正式な大発見として中央へ報告されりゃあ、領主であるギルバートの点数も跳ね上がるんだ。奴だって十分よい思いをするんだからよ」
後半の言葉は少し声が小さくてよく聞こえなかったが、どうやらこの依頼はギルバート様にとっても大きな利益になるみたいで、少しだけホッとする。
「まあ、お前さんたち。これから中央の権力者どもが黙っちゃいねぇだろうから色々と大変なことになるだろうが……まあ、せいぜい頑張りな」
「「「「……え?」」」」
みんな一斉に、頭の上に大きな疑問符が浮かぶ。
「僕たち、何か困ったことになるんですか?」
「まあ、困ったことといえばそうかもしれねぇが、別に命の危険とかじゃねぇからその点は安心していい。だが……まあ、俺の立場だったら最高に嫌だな。御免被りたいね」
最大の不穏な疑問を残したまま、ギルドマスターはこれ以上のノーコメントを貫いた。
「おっと、そうだ。その重い謝礼の袋、ちゃんと口座に預けるのを忘れるなよ。おい、ミリア!」
ギルマスが部屋の扉に向かって大声を出すと、待機していたミリアさんが「はーい!」と声を弾ませて入ってきた。
彼女の手にある銀のお盆の上には、僕たちが先ほど受付で預けたあの重たい革袋はもうない。
代わりに、手続きが完了した僕たちのギルドカードと、預かり明細が書かれた書類、そして何枚かの新しい用紙が綺麗に乗せられていた。
「金額の査定と口座への預け入れ手続き、完了しましたよ! それとギルドマスター、指示されていた”従魔登録”の用紙も一緒に持ってきました」
「おう、助かる。お前さんたち、口座へ預ける手続きはミリアにやらせたからな。ほれ、これが今回の預け入れ結果の明細だ。確認しな」
ミリアさんから渡された紙の数字を、僕たち四人は一斉に覗き込んだ。
次の瞬間、全員の顔が瞬く間に青く染まった。
桁が多すぎて、一瞬国家予算の数字でも見ているのかと錯覚するほどの金額が、僕たちの共有口座へと叩き込まれていたのだ。
あまりの衝撃に言葉を失っていると、ギルマスがニヤリと笑って追い打ちをかけてきた。
「金額にはしっかり驚いたようだな。……おう、そうだ。従魔の登録手続きも今ここでやっちまおう。確か、お前さんたちが連れているのは”フェンリル”と”グリフォン”だったか? その二匹の姿が見当たらんが、どこに隠しているんだ?」
ランクアップ試験から領都へ帰ってきたとき、外壁の正門こそ難なく通れたものの、流石にそのまま一般の宿屋へ泊めるわけにはいかない。
そのため、僕はフェンとファルに必死に頼み込んで、再び固有空間の中へと戻ってもらっていたのだ。
「あの……僕の魔法で作った特殊な空間内で、今は静かに過ごしてもらっています。まだ正式な従魔登録を済ませていないので、街中を連れ歩くと良くないかと思いまして」
「はあ!? 魔法で作った空間だと? おいヤノス、普通魔法で作った”収納空間”に生物、生きているものは入れられないのが世界の常識だろうが」
恐る恐る応える僕に、ギルマスの目が完全に据わる。
「ええと……リーノとフィーネに教えてもらった高度な魔法でして。この現実世界と全く同じ環境の空間を作り出せるのですが……!?」
「なんでそこで、お前が疑問形なんだよ! ――じゃあ、今この部屋の中でも出せるんだな? だったらお前さんのでたらめの証拠を、俺がこの目で直に見たい。ほれ、ここに出せ!」
ここまで来たら、もう僕のせいではない。
これから何が起きようと、全部「出せ」と命令したギルドマスターの責任にできるはずだ。
僕は覚悟を決め、《エデンテーラ》を発動させると同時に、こっそりと二匹に『小さくなって可愛く出てきてね』と念話で頼み込んだ。
室内に光の裂け目が現れ――。
「クウ~ン」
「クワンッ」
二匹は、ちゃんと僕の意図を完璧に察してくれていた。
生まれたての小犬や小鳥のような、限界までサイズを縮めた超絶可愛い姿でパッと姿を現したのだ。
「なんだ、めちゃくちゃ可愛いじゃないか」
あまりの愛くるしさに、一瞬で目元と頬を緩めたギルドマスターだったが、それも本当に一瞬のことだった。
(作戦成功、してやったり)と僕は心の中でガッツポーズをする。
「……そういえば、街の警備隊からの報告に”お前たちが巨大な二匹の魔物の背に乗って帰ってきた”と書いてあったんだが、あれは一体どういうことだ?」
小手先のごまかしは通用しなかった。
冷や汗を流しながら助け船を求めて隣を見る。
リーノは爪の先をじっと見つめて何か考え事をしているフリをし、フィーネは天井の木目を真剣に数えるそぶりをし、リコルにいたっては完全に壁の絵画に夢中なフリをしている。
見事なまでの”触らぬ神にたたりなし”の徹底ぶりだ。
もう僕は知らない。
これからこの部屋がどうなろうと、僕の責任では絶対にない。そう心の底から覚悟を決めて、フェンとファルに念話を送った。
『フェン、ファル、もう普通の大きさに戻っていいよ』
僕がそう告げた瞬間、二匹は「待ってました!」とばかりに喜んで本来のサイズへと一気に膨れ上がった。
さっきまで広く感じていたギルドマスターの部屋が、文字通り一瞬にして狭苦しい檻のようになり、巨体に圧迫されたデスクがミシミシと悲鳴を上げる。
「な、ななな、何だこれはぁぁ――!? わ、分かった! よく分かったから、今すぐさっきの大きさに戻せぇぇ!」
ギルマスが椅子ごとひっくり返りそうな勢いで絶叫する。
『ごめんね、二匹とも。せっかく本来の大きさに戻ってもらったのに申し訳ないんだけど、さっきの小さい姿にまた戻ってもらえるかな?』
なんだか少し寂しそうな顔をしながらも、僕の要請に従って、すうっと元の手のひらサイズへと小さくなる二匹。
「おい、ミリア……。さっさとその登録用紙をヤノスに書かせろ……。ああ、二枚だ、二枚で間違いない……」
ギルマスがデスクに突っ伏して手を上げ、魂が抜けたような声を出す。
その瞬間、これまでお盆を持ったまま完全にフリーズしていたミリアさんが、我に返ったようにフェンとファルに向かって飛び出してきた。
「わあぁぁぁーーーっ! 可愛い、信じられないくらいふわふわで可愛いーーーっ!! ヤノスくんたちの新しい従魔ちゃんですか!? いやぁ、可愛すぎるよ~!」
ミリアさんは満面の猫人族の笑顔を爆発させ、小さくなったフェンとファルをこれでもかと優しく撫で回している。
「あ、ギルマス、これ登録用紙です」
ミリアさんは、事もなげに用紙をギルマスのデスクへ叩きつけるように差し出す。
もう自分の仕事は終わったとばかりに、ミリアさんは今度は二匹をご自身の胸元へとぎゅっと抱きしめ、完全にメロメロになっていた。
さっきまでの不穏な重苦しさはどこへやら、僕たちはミリアさんの幸せそうな笑顔に引っ張られるようにして、ようやくいつもの笑顔を取り戻すのだった。




