第66話 大変なことしでかしてた
久しぶりに戻ってきた、僕たちの定宿である安らぎの宿。
といっても、実際には公爵館に一晩泊まって帰ってこなかっただけなのだが。
女将さんと親方さんには「まぁ大変だったわねぇ!」と温かく迎えられ、極上の夕食をこれでもかと堪能させてもらった。
そして明けた今日。僕たちはこれから冒険者ギルドへ出向き、公爵家からの公式な指名依頼を受ける手続きを行うことになっている。
……ただ、あの渋い顔をしたギルドマスターに今度は一体何と言われるか、それを想像するだけで僕の心は半分ほど重苦しい影に覆われていた。
朝の激しい混雑の時間帯をあえて避け、少し遅めの時間を狙って冒険者ギルドへと顔を出す。
すると、ギルドの扉をくぐるなり、僕たちを見つけた受付嬢のミリアさんが満面の笑みで出迎えてくれた。
さっきまで重い影が差していた僕の心が、その眩しい笑顔によって一瞬で光に包まれていくのを感じる。
「「「「ミリア(さん)、おはよう(ございます)」」」」
「ヤノスくん、リコルちゃん、リーノさん、フィーネさん、おはよう! 今日は混雑の時間を避けて、気を利かせて遅く来てくれたのね。ありがとう」
にこやかに挨拶を返してくれたミリアさんだったが、次の瞬間、すっと声を潜めて小声で僕たちに言葉を続けた。
「――ギルドマスターが、部屋でお待ちよ」
小声で伝えられたその言葉の響きに一瞬で心が凍り付く。
しかし、それを上回る(やっぱり猫人族のミリアさんの笑顔はギルドの宝だな)という癒やしの念が、僕の脳内を占拠していく。
ハッと我に返り、今の僕の気の緩んだ心の声が念話となって外へ漏れ出ていなかったか、大慌てでリーノたちの様子を伺ったが……どうやらセーフだったようだ。
リコルも隣で、ミリアさんと笑顔で楽しそうに対応している。
ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、ミリアさんの一言が僕を非情な現実へと引き戻した。
「じゃあ……。ギルドマスターのところへ案内するね」
ミリアさんが心持ち大きな声でそう告げたのは、周囲の全冒険者たちに聞こえるように言ったのだろう。
「このメンバーはギルマス直々の用事だ」と示し、僕たちに対する周囲の好奇や嫉妬の目を牽制して守ってくれているのだ。
本当に気が利くお姉さんだ。
重い気持ちを引きずりながら、これまでに何度も足を運んでいるギルドマスターの部屋の扉を叩き、中へと入る。
「おう、よく来てくれたな。待っていたぞ」
デスクの奥から響いた「待っていたぞ」という声のトーンが、いつもよりやや強めの凄みを帯びていたのは、きっと僕の気のせいではない。
「ど、どうも。ギルドマスター、いつもお世話になっています……」
「おゥ! おう! そうだな、いつもいつも嫌というほど世話してやってるぞ!」
『え? そこは普通、「そんなことないぞ、気にするな」とか大人の余裕で否定するところじゃないの……!?』
僕のその心からのツッコミは、今度は完璧に念話となってメンバー全員の頭へとダイレクトに伝わってしまったようだ。
リコルをはじめとする全員が「うんうん」と深く頷いていた。
「まあ、いつものことだがな。――今回は一体、何を”やらかした”?」
「え? 何をやらかした、ですか……?」
「おう、そうともさ。領主様の娘さんを賊から助けた。それで領主の館へ昼食に呼ばれた。そこまでは、まあ、いいだろう。理解したくはないが、百歩譲って納得しよう」
一呼吸置いて、ギルドマスターは手元にある分厚い公式の書類をパシパシと叩きながら、さらに鋭い眼光で話を続けた。
「指名依頼。内容――”公爵夫人ロザリア・ヴァレリア・ヴァルハイトの治療”。並びに、”令嬢リリアーナ・ヴァレリア・ヴァルハイトの家庭教師”。これが今朝、領主館から届いた指名依頼の中身だ。おい、ヤノス。どうしてただのお礼を兼ねた昼食会が、こんな指名依頼に化けるんだ? あん?」
(ええっ!? 僕だけ!? どうして僕だけが責められるの!?)
他の三人のメンバーへと視線を移すが、皆”触らぬ神にたたりなし”とばかりに下を向いている。
僕が体全体で理不尽への不服を表明していると、ギルマスは容赦なく追撃してきた。
「お前さんがパーティーリーダーだろうが! こんな恐ろしい流れになった責任は、当然トップのお前さんにあるよな!?」
「は、はいっ……!」
その圧倒的な覇気と物言いに耐えかね、つい反射的に直立不動で返事をしてしまう自分が心底情けない。
「でだ。一体何があった? あの領主のギルバートとの間で何が起きたんだ。貴族との守秘義務で言えないこともあるだろうが、話せる範囲でいい、説明してくれ」
どのような経緯でこの依頼になったかは僕たち自身も分かっている。
何よりギルバート様本人から「ギルマスに詳しく聞かれたら、全て包み隠さず話して構わない」との許可を事前に得ている。
ギルバート様も、かつて剣の師匠だったというギルドマスターにはどうしても頭が上がらないようだ。
「ええと、どこから話せば……そうですね。以前、僕が達成した”ガハラの葉”の緊急採集依頼がありましたよね。あの採集依頼を実際に達成したのが誰なのかを、リリア様に直接聞かれまして」
「おい。お前、いつの間にか領主のお嬢様を”リリア様”などと呼び捨てに近い形で呼んでいるのか……?」
盛大に頭を抱えるギルドマスター。
「あの規格外の家族だしな……」と小声でブツブツと呟き、深いため息を一つついてから言葉を続けた。
「……先を続けてくれ」
ギルドマスターが手を振って先を促す。
「はい。そこで、僕だと答えたら……」
僕は、領主の屋敷の食堂で起きたこと、奥様の重い病状、そしてフィーネの無茶振りによって僕が根本治療のプログラムを提案することになった経緯を、順を追ってつぶさに話していった。
僕が「ギルバート様が……」「ロザリア様が……」と口にするたびに、ギルマスが「はぁー……」「信じられん……」と深く大きいため息を漏らすが、僕はそれを完全に無視することに決定して話し切った。
一通り僕の説明が終わると、ギルドマスターは今日一番の大きなため息を吐き出し、おもむろに太い腕を組んで、極めて重々しい口調で語り始めた。
「……流れは分かったし、状況も理解できた。だがな、お前さんたち……自分が一体どれほど恐ろしいことをしでかしたか、本当に分かっているのか?」
僕だけでなく、隣にいるリコルたちメンバー全員の頭の上に、同時に大きな「?」が浮かび上がった。
全くもって意味不明である。
「あのなぁ。今、奥様がかかっているそのご病気はな――この国どころか、全世界で”不治の病”とされているものなんだ。これがどういう意味か、本当に分かっているのか?」
僕たち四人は、揃って頭を一斉に首を横に振った。
ギルドマスターは本日何度目かも分からないため息をつく。
「以前、採集依頼を達成したときに話したよな。ガハラは”幻の薬草”と言われていると」
何度も頷く僕たち四人。
「その幻の薬草と言われる本当の所以が解るか? ――今、ロザリア奥様がかかられている病気が不治の病だと言ったな。つまりだ。世界広しと言えど、その”幻の薬草”でしか進行を抑えることができないからこそ、薬草そのものが伝説扱いされているんだよ」
「「「「あぁーーーーっ!」」」」
僕たちは同時に、今更ながら事の重大さに気づいて驚愕の声を上げた。
今日最大の深いため息と共にガシガシと頭を抱えたギルドマスターは、ようやく顔を上げると、静かに僕たちを見渡して言葉を続けた。
僕たちは奥様の命を救うために全力で治療に当たっているだけなのに、なぜか今、とてつもない悪事を働いてしまった悪者のような気分になってくる。
だが、その弱気な思いも一旦無視することにする。
「でだ。この国だけでなく、世界中の最高峰の治療師や研究者たちが、何十年、いや数百年の年月をかけて”幻の薬草に頼らない治療法”を必死に探り続けてきたんだ。わかるか……」
一応頷くことは頷いておこうと、首を縦に振る僕たち。
そんな僕たちを見てため息交じりに話を続けるギルドマスター。
「はぁ……その世界の常識をだぞ? お前さんらは、さも当たり前のように”今後の憂いも含めて根本から治療できる”と示しちまったんだよ!」
「どうだ」と言わんばかりのすごみのある顔で見つめてくるギルドマスター。
「「「「え、ええぇーーー!?」」」」
僕たち全員が、自分たちの単なる善意の行動が、どんな衝撃をこの世界にもたらすのかをおぼろげに理解し、全員で顔を見合わせてその驚きと戦慄を共有した。
「ようやく事の重大さが分かってくれたようだな。ところで、お屋敷で別れ際に、何か大事なことを言われなかったか?」
「「「「え?」」」」
またもや顔を見合わせる僕たち。
「あ……そ、そういえば! お嬢さんをお助けしたことと、奥様の治療に当たったことへの謝礼だと言って、ものすごく重い革袋をもらったときに……。ギルバート様から<この画期的な治療法についてだが、中央へ正式に報告してもよいだろうか?>と真剣な顔で聞かれました!」
口に出したことで、改めてその内容の政治的な重さに気付き、メンバー一同、驚きが何倍にもなって跳ね返ってくるのだった。




