第64話 公爵の指名依頼
翌朝、僕はどこかすっきりしない心地で目覚めを迎えた。
昨日、ギルバート様やリーノから聞いた、五百年前の出来事がずっと頭の中を駆け巡っていたからだ。
リーノがこの領都ヴァルハイトの建設において、初代領主を助ける多大な貢献をしていたこと。
その事実自体は理解できるのだが、話の端々に、どこか歯切れの悪い部分があったように感じられてならない。
何より、普段のリーノを見ていると、かつて人間社会とそこまで密接に、熱意を持って関わっていたという事実に、どうしても奇妙な違和感を覚えてしまうのだ。
とはいえ、今はそんなリーノの過去をはっきりさせることなどできない。
僕はその疑問をひとまず思考の片隅へと追いやることにした。
それよりも、昨日の夕食の席でギルバート様から提案された内容――僕たちへの”指名依頼”の重責の方が、今は何倍も現実的な重みとなってのしかかっていた。
◇ ◇ ◇
「一つ、私からの提案があるのだがよいだろうか」
豪華な夕食を囲みながら、ギルバート様が真剣な面持ちで切り出された。
「妻ロザリアの治療だけでなく、娘のリリアの将来のことも考えて、二人への指導に当たってくれるということであったが……。これを、冒険者ギルドの正式な”指名依頼”として受けてはくれないだろうか」
「僕たちは、できることをただ行っているだけなのですが?」
「いや、そうはいかないのだ。明日、私から冒険者ギルドへ公式の依頼書を出す。明日でも、明後日でも、ギルドへ顔を出したときにそれを受託してくれれば、この依頼は正式なものとなる。そうなれば、正当な報酬を堂々と渡すことができる。どうか、受けてはもらえないだろうか」
「そんな、そこまでしていただかなくても……。僕たちはなすべきことをしているにすぎないのですが……」
僕が恐縮して断ろうとすると、その言葉を遮るように、隣から短い声が飛んだ。
「……ヤノス。この行為は、受けるべき」
リーノの真剣な眼差しが僕を射抜く。
『ヤノス、これはギルバート様の、公爵としての立場もあってのご提案なの。その心からの配慮と面目を、無にしてはならないわ』
リーノの意図を汲み取ったフィーネが、すぐさま念話で言葉を繋いで補足してくれた。
なるほど、貴族からの純粋な報恩は、こちらもプロとして正当に受け取るのが礼儀というわけか。
「――分かりました。お心遣いに感謝し、快く引き受けさせていただきます」
「感謝する。依頼額がどのくらいの規模になるのか、私個人では見当も付かないのでね。明日、ギルドマスターと直接相談して相応の額を決めさせてもらうが、それで構わないだろうか?」
「もちろんです。重ね重ね、多大なるご厚意をありがとうございます」
◇ ◇ ◇
そんな前夜のやり取りを思い返しながら臨んだ朝食だった。
「軽い食事を用意させる」というギルバート様の言葉がただの社交辞令だったと痛感するほど、目の前に並んだ朝食は最高級の豪華なものだった。
ギルバート様は朝から立て込んだ領地のお仕事があるとのこと。
朝食の後はリリアーナ様に先導される形で、僕たち四人でロザリア様の病室へと向かった。
僕たちはまず、前室となっているエレーナさんの控え室に入る。
あらかじめ床の魔法陣に仕込んでおいた魔法で入念に体表面の魔素をクレンジングしてから、ロザリア様の部屋へと足を踏み入れた。
室内では、ベッドの上に身を起こしたロザリア様を、エレーナさんや若いメイドたちがかいがいしくお世話しているところだった。
「ロザリア様、おはようございます。順調にいけば、今日の午前中は僕たち四人でロザリア様の治療を行います。そして午後からは、ロザリア様の施術を僕とリコルが担当し、並行して、リリアーナ様への”体内魔素の操作”の訓練をリーノとフィーネで行ってはと考えています。同じこのお部屋で同時に進めたほうが、ご安心かと思いますが、よろしいでしょうか?」
「「……お願いしますわ!」」
ロザリア様とリリアーナ様から、綺麗に揃った声が返ってきた。
応じるロザリア様の声には、昨日よりも明らかにしっかりとした張りが戻ってきているように感じられ、僕たちはホッと胸を撫で下ろした。
「ではロザリア様、まずは昨日の体内魔素の循環をもう一度行います。流れが安定したことが確認できましたら、いよいよ体全体での大きな循環に取り組みたいと思います。よろしくお願いします」
「丁寧に、ありがとうね。ヤノス君、あなたたちはまだ子供だし、私はこうして治療を受ける身だもの。そんなに堅苦しい言葉遣いに気を配らなくても、もっと楽にしてくれて結構よ?」
ロザリア様が慈愛に満ちた笑顔で応えてくれる。
そのお言葉に甘えさせてもらうことにして、僕は一度深く頷き、続いてリリアーナ様の方を向いた。




