第62話 五百年の誓いと根本治療
「当時、リーノ様は”魔法だけでは、守りたい人を守れないことがあるかもしれない”という強い危機感を抱いておられたと聞いています。そして、この町最高峰の冒険者パーティーのリーダーであり、現在のギルドマスターの祖父にあたるヴァルカルさんに弟子入りされ、必死に剣を学ばれて、この町の復興に尽力されたと……」
床に伏したまま、ギルバート様は五百年の時を超えて、初代領主の感謝の記憶を紡ぎ続ける。
「リーノ様はまず、現在の一番内側にあたる強固な内壁を魔法で作り上げられた。これによって、町の建設は爆発的な速度で進み始めた。さらには、この地に絶え間なく邪怪を溢れ出させていた”邪気の穴”を発見し、そこに強力な封印を施してくださったのだ! そのおかげで、この地は一気に安全な理想郷へと生まれ変わった……!」
その驚天動地の功績を受け、ただの補佐役に過ぎなかった青年ヴァレスタは初代領主となり、子爵の爵位と”ヴァルハイト”の姓を授かることとなったのだという。
「……今でも、ヴァルハイト家に生まれた男子には必ず、初代領主の功績を称え、”ヴァレスタ”というミドルネームが義務付けられているのです。そして、生まれた女子には、初代領主の妻となられた女性の名前から、”ヴァレリア”を受け継いでいます。また、その名を受け継ぐことには、リーノ様への不変の感謝の気持ちが込められているのです」
公爵の必死の訴えを聞き、僕は深く納得すると同時に、ギルマスの祖父が、リーノの剣の師匠なのだということにさらなる驚きを覚えた。
そんな部屋全体の重々しく劇的な空気を、当の精霊女王は、いつもと変わらない無感動な様子でパチンと指先を鳴らして霧散させた。
「……五百年前のことは、もういい。わたしは、今の病人を診る」
リーノはそう短く告げると、信じられないものを見るような目をしている公爵たちの前を静かに通り過ぎ、ベッドの傍らへと歩み寄った。
「お体を診ます。……手に、触れてもいい?」
ロザリア様が驚きに震えながらも、布団の中からそっと白い手を出される。
リーノはその手を自分の両手で優しく挟み込み、静かに目を閉じた。
数秒の後、目を開けて振り返ったリーノが、僕に向かって小さく頷きながら全員に聞こえるように告げる。
「間違いない。……体内魔素の暴走」
「――よし、原因は確定したね。ではロザリア様、お体の状態のご説明と、今後の具体的な治療法について、僕からお話をさせていただきます」
「……あ、ありがとうございます。お願いしますわ」
ギルバート様もリリア様も、これから僕の口から発せられる言葉を一言も聞き漏らさないようにと、文字通り息を呑んでじっとこちらを見つめている。
「人間の医療ではこれを”魔力の暴走”と表現していますが、僕たちの認識では”体内魔素の暴走”と言います。そして、その溜まった体内魔素を自在に操り、コントロールして魔法として発現させる力こそを、精霊は”魔力”と呼んでいます。ここまでの話で、何かご質問はありますか?」
ベッドの上のロザリア様は、真剣な面持ちで小さく首を横に振られた。
「奥様の場合、この体内魔素が限界近くまで体内へ溜まっているのです。そして、それを外へ発散する術を持たないため、あらゆる臓器に負荷をかけている状態なのです。確かに、”ガハラの葉”を服用すれば一時的に症状は和らぎます。この薬草が魔素と非常に馴染みやすい性質を持っているからこそ、重宝されてきたのでしょう」
一呼吸置き、三人の理解が追いついているのを確認してから、僕は一気に本質へと踏み込んだ。
「採集された”ガハラの葉”は、まず乾燥させ、魔術師たちがそこから魔素を抽出して粉末にします。それを服用することで、ロザリア様の体内で暴走している魔素がその粉末に吸収されるのです。しかし、このお薬は病を根本から治すものではなく、一時的に症状を和らげるだけの”対症療法”に過ぎません」
「……対症、療法……。では、根本的な治療はできないのですか?」
ギルバート様が悲痛な声を上げる。
僕は力強く微笑んで首を振った。
「そこで、僕たちからの提案なのです。ロザリア様に受けていただく治療法、それは――”魔力を鍛え、磨くこと”です。体内に溜まりに溜まっている体内魔素を、ご自身の魔力によってコントロールし、外へと安全に排出できるようにするのです。ひいては、それを魔法として自在に扱えるようになっていただく。それこそが、僕たちの提案する治療法なのです。……ご納得いただけたでしょうか?」
三人が希望の光に目を輝かせ、深く頷くのを見て、僕はさらなる提案を重ねた。
「それと、ロザリア様もリリア様も、言葉にされないまでもずっと胸の奥で深くご心配されていることがあるはずです。――おばあ様、そしてロザリア様と代々続いているこの症状が、いずれリリア様にも起こるのではないか、という恐怖です」
「そ、そこまで……お分かりになるのですか……っ!」
図星を突かれたロザリア様が、絶句したように美しい目から大粒の涙を溢れさせた。
リリア様も、自分の未来への隠しきれない不安を思い出したのか、僕を強く見つめている。
「ええ、分かります。ですから、魔力を鍛える訓練を、ぜひリリア様にもご一緒に、お受けいただきたいのです。そうすれば、遺伝によるものではというご不安も払拭できると思うのです。リーノの見立てでは、リリア様のお体にはまだ体内魔素に余裕があるものの、動きが少し停滞し始めているようです。どうでしょう、お二人ともご一緒に僕たちの治療を受けてみられませんか?」
「わ、私まで……! ありがとうございます、ヤノス様!」
「娘の将来の心配まで先回りして解消してくださるなんて……本当に、本当にありがとうございます……!」
「ありがとう……ありがとう、ヤノス君……! なんとお礼を言ってよいか……!」
感極まったギルバート様が僕の両手をがっしりと掴み、涙ながらに何度も何度も頭を下げられた。
最高位の公爵にここまで頭を下げられ、僕はタジタジになりながら、先ほどの彼の言葉を笑顔で返した。
「ギルバート様、先ほど食堂でおっしゃったではないですか。手助けが必要だったら、どんなことでも遠慮なく声をかけてほしい、と。僕たちも全く同じ気持ちですので、どうかこれ以上のお気遣いはなさらないでください」
「そ、そうだったな! 先ほどそれを言ったのは、他ならぬ私自身だったな!」
ギルバート様が赤くなった鼻をこすりながら豪快に笑うと、ロザリア様もリリア様も、そしてリコルたちも一斉に声を上げて笑い出した。
先ほどまでの病室の重苦しい空気は跡形もなく消え去り、そこにいる全ての人の温かい笑い声が、優しく一つに重なり合うのだった。




