第59話 ガハラの葉
楽しい食事も終わりに近づいたとき、ギルバート様から奥様の容態が説明され、それを聞いていたリリアーナ様が、意を決したようにガタリと椅子を鳴らして立ち上がられた。
「……お父様、申し訳ありません」
「リリア、それは……。今朝、話し合ったばかりだろう……」
リリアーナ様に声をかけるギルバート様の顔にも、深い苦悩の表情が溢れている。
「ごめんなさい、お父様。でも、リリアは……」
うなだれるギルバート様に切ない目を向けた後、リリアーナ様は意を決したように僕たちの方へ向き直り、お言葉を続けられた。
「皆様に、どうしてもひとつお聞きしたいことがあるのです。皆様は、世間で”幻の薬草”と呼ばれている、”ガハラ”という植物をご存じでしょうか?」
リリアーナ様は沈痛な面持ちで僕たちの顔を順番に眺めると、祈るような声を絞り出した。
「以前、我が家が冒険者ギルドを通して緊急の採集依頼を出した際、それを奇跡的に届けてくださった高ランクの冒険者の方がいると聞きました。……そのお方に、何かお心当たりはないでしょうか?」
その問いに、【聖光の慈雨】のメンバーは不思議そうな顔でお互いを見合わせている。ガイスさんに至っては「ガハラ? 聞いたこともねぇな」と首を傾げていた。
一方、我が【ネクサスレイズ】のメンバーはというと――なぜかリコルも、フィーネも、リーノまでも一斉に僕のことをじっと見つめ始めた。
【聖光の慈雨】の面々から、僕たちの側へと視線を流してきたリリアーナ様の瞳が、驚愕に大きく見開かれる。
「え……?」
ギルバート様の顔にもわずかな希望が浮かぶが、すぐに「まさか、そんな偶然があるはずない」とその希望を否定するように表情を曇らせた。
周囲の強烈な視線に耐えかね、僕は頬をひきつらせながら白状した。
「あのぅ……。それ、僕たち【万絆の恩光】が……採集してきました」
「な、何だって……!? あの”幻の薬草”を採集してくれたのが、ヤノス君たちだったのか!?」
驚愕に包まれたギルバート様が、絶句の後に思わずといった様子で声を張り上げられた。
「え、ヤノス君たちが取ってきたの!?」
「ええぇ!? うっそでしょう!?」
【聖光の慈雨】のセルフィーさんやアンナさんから驚嘆の声が飛んでくる。
これ以上のチート発覚を防ぐため、僕はひとまず静かに目を逸らして無視することに決めた。
みんなでこの視線を分散させよう、そう念話を送ろうとした、まさにその時だった。
「あれは、ヤノスが率先して採集してたわよね」
「……正確には、ヤ ノ ス が取った」
フィーネとリーノの非情なる裏切りである。
「ちょっとリーノ!? みんなで大樹を登って取ったよね!?」
「ち が う。……ヤ ノ ス ひとり」
リーノからの容赦ない集中砲火。
言われてみれば、久々に大樹の村に帰った僕たちの帰還を喜んだ多くの動物や精霊たちが集まってきた。
その対応を他のみんなに丸投げして、僕が一人で……いや、リコルと一緒だったはずだ。
僕は最後の救いを求めて、隣に座るリコルへと必死の視線を送った。
――しかし、リコルは自分にまで飛び火するのを恐れたのか、完璧にあらぬ方向を向いて、口笛でも吹きそうな勢いで知らん顔を通していた。
妹よ、お前もか……!
「あの……? ヤノス様が、ガハラの葉を直接採集してこられたので間違いないのですか?」
申し訳なさそうに、けれどすがるように尋ねてくるリリアーナ様の綺麗な瞳を、僕はまともに見ることができなかった。
「はい……。僕が、直接大樹から取ってきました」
「お父様! お父様!! 早速、冒険者ギルドにヤノス様たちへの”指名依頼”として、ガハラの葉の追加採集を頼んでもよろしいでしょうか!?」
リリアーナ様が身を乗り出して叫ぶ。
その熱量に圧倒されていると、リコルからそっと念話が届いた。
『ヤノス、まずは奥様の詳しい容態を聞いて。わたしが直接聞くより、医療や魔法に詳しい人が聞いた方が良いと思う。リーノとか、フィーネとか』
『うん、リコルの言う通りだね。それが良いと思うよ』
さっきの裏切りは綺麗に水に流し、ありがたい妹の援護射撃に乗ることにした。
僕は小さく頷くと、居住まいを正してギルバート様たちに向き直った。
「薬草の効果については、ここにいるフィーネが精通しております。お困りごとであれば、まずはフィーネにお任せいただければ」
僕はしてやったりと、意地の悪い目を隣のフィーネへと向けた。
これで見事に仕返し成功である。
「あの、お言葉を挟むようで大変恐縮ですが。ひとつ詳細な質問をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
フィーネが渋々と僕の後を継いで言葉を繋ぐが、それが終わるのを待っていたかのように、今度は【聖光の慈雨】のギルさんが静かに立ち上がった。
「公爵様、大変大切なお話の中にお言葉を挟ませていただき、誠に申し訳ございません」
ギルさんが何を話し出すのかを瞬時に察したようで、ガイスさんたち他のメンバーも一斉に席を立ち、衣服を正した。
その様子を受けて、ギルさんは大人の配慮に満ちた笑みを浮かべて言葉を続ける。
「ここからは、公爵家としての非常に込み入ったご事情があるかと存じます。我ら【聖光の慈雨】は、これにてお暇させていただきたく思いますが……よろしいでしょうか」
「……おう、そうであるな。不躾な形での中途半端な終わり方になってしまって申し訳ない。だが、君たちへの感謝の気持ちには何一つ嘘はない。手助けできることがあればいつでも言ってくれ。お忙しい中、我が家へ出向いていただき本当にありがとう。――セバス、例の物を……」
「はっ、ただいま」
その場を静かに去ったセバスさんが、すぐさまお盆手にして戻ってきて、ギルさんの前へと恭しく差し出した。
「これはささやかではあるが、我が家族からの心ばかりの気持ちである。ありがたく受け取ってもらえると、こちらも嬉しい」
お盆の上には、金貨が詰まっているのだろう、パンパンに膨らんだ革袋が乗せられていた。ギルさんは深く一礼し、それを受け取る。
「こちらこそ、恐縮でございます。大層なことはしておりませんのに……。しかしながら、せっかくの公爵閣下からのお心、ありがたく受け取らせていただきます」
「おう、よく受け取ってくれた。セバス、お見送りを頼む」
ギルバート様の言葉を受け、セバスさんが【聖光の慈雨】のメンバーが退室しやすいよう、実に見事な所作でエスコートを開始した。
彼らの足音が食堂の向こうへと完全に遠ざかったのを見計らい、重厚な扉が静かに閉まったのだった。




