第56話 公爵令嬢リリアーナ
僕とアービンさんが街道の襲撃現場へと戻ると、そこはすでに厳重な警戒態勢が敷かれていた。
馬車の出入り口を騎士たちががっちりと守り、さらにその周りを【聖光の慈雨】のメンバーをはじめとする冒険者たちが円陣を組むようにして固めている。
僕がフェンの背からひらりと降りると、要請を受けて急行してきた多くの詰め所の警備兵たちが息を切らせてこちらへ向かってくるのが見えた。
彼らの後ろからは、捕らえた罪人を護送するための、鉄格子で囲まれた”檻馬車”も数台こちらに向かって進んできている。
ひとまず警護の緊急任務から解かれた僕たちは、【聖光の慈雨】のメンバーたちと並んで丸太に腰掛け、ようやく一息ついた。
周囲では、僕たちが引きずってきたボスを含め、生き残って取り押さえられた盗賊たちが次々と檻の中へ手際よく押し込まれている。
なお、今回の戦闘で命を落とした盗賊たちについては、公爵令嬢の目に触れないよう少し離れた森の奥へ運ばれた。
フィーネの土魔法によって掘られた深い穴へ放り込まれ、リーノの精密な火魔法によって物静かに荼毘に付されていたのだ。
彼らが使っていた武器や泥棒の道具は一箇所に綺麗に集められていた。
また、盗賊たちのものと見られる数頭の馬も、大人しく騎士たちに手綱を引かれている。
「アービン。アービンはいますか?」
そのとき、馬車の中から少し高めの、若い少女の透き通った声が聞こえてきた。
横目で馬車を見やると、豪奢な扉が開けられ、一人の女の子が不安そうに辺りを見回していた。
「お嬢様、アービンはここに。ただいま戻りました」
馬車の御者を務めていた実戦慣れした兵士が、一寸の隙もない動きでさっと踏み台を持ってきて扉の前に置く。
最初に馬車から降りてきたのは、仕立ての良い衣服を着た年配の筆頭侍女だった。
彼女がお嬢様の足元を気遣うように手を貸すと、続いて一人の少女が踏み台の上にそっと足を下ろした。
馬車の奥には、まだ恐怖が抜けないのか、顔を真っ白にして身を縮めている若いメイドの姿ものぞく。
踏み台を使って地面に降り立ったそのお嬢様は、見たところ僕よりも二つほど年下の、可憐な少女だった。
「アービン。私たちがこうして賊の手から助かったのは、凄腕の冒険者の方々のおかげだと聞いています。私からも直接、感謝の気持ちを伝えさせてください。案内を頼みます」
お嬢様の凛とした声が周囲に響く。
それを聞いた僕の仲間たちと【聖光の慈雨】のメンバーは、すぐにその場に立ち上がり、衣服の汚れを払って身だしなみを整えた。
アービンさんに先導され、背後に静かに侍女を従えたお嬢様が、僕たちの目の前へと歩み寄ってくる。
「私は、ヴァルハイト領主ギルバート・ヴァレスタ・ヴァルハイト公爵の娘、リリアーナ・ヴァレリア・ヴァルハイトと申します。私をはじめ、我が家の騎士たちの命を救っていただき、心からの御礼を申し上げます」
リリアーナ様はそう名乗ると、仕立ての良いドレスの裾を両手で軽くつまみ、スッと美しく頭を下げた。
それは、彼女が公爵令嬢としてこの場で示せる、最大級の感謝と敬意であると一目で伝わってきた。
領主の娘としてどこまでも毅然とした態度を崩さなかったが、ドレスを摘まんでいるその白い指先は、わずかに、けれど明らかに震えていた。
盗賊に襲われたあの恐怖に、彼女は今も必死に耐えているのだ。
安全が確保された今なお心に残る怯えを必死に押し殺して、周囲に仕える侍女たちの前で弱音を吐かぬよう、必死に気高く振る舞って感謝を伝えている。
その健気で高貴な姿に、僕たちの頭も自然と深く下がった。
「私は、Aランク冒険者パーティー【聖光の慈雨】のリーダーをしております、ギルと申します。――こちらにいるのがガイス、その隣がアンナ、そしてセルフィーでございます。お嬢様、身に余るお褒めの言葉、誠にありがとうございます」
ギルさんはそこまで言うと、ガイスさんたちに一瞬だけ視線を向けた。
そして、さらに深く頭を下げると、お嬢様へ向けてそのままの体勢で言葉を続けた。
「……ですがお嬢様。大変差し出がましい一言ながら、御礼を賜るのは我々ではございません。私どもがここに駆けつけたときには、すでに彼ら――【万絆の恩光】のメンバーが、騎士様方と共に盗賊の討伐を終えておりました。彼らこそが、お嬢様の真の命の恩人にございます」
一瞬僕たちへと視線を向けたギルさんは、深く頭を下げたまま静かに一歩後ろへと下がった。
「あなたがたが、【万絆の恩光】の方々ですか。重ねて、私だけではなく騎士たちをも代表し、心から御礼を申し上げます」
ギルさんのベテラン冒険者としての風格に心を奪われていた僕だったが、一気に主役に押し出された形となった。
お嬢様からの熱い視線だけでなく周りからも注目を集め、何をして良いのか分からず一瞬で頭が真っ白になる。
「あ、えっと……」
情けなく口ごもる僕の背中を、見かねたリーノがトンと軽く前へ押しやり、『……自己紹介』と念話で冷静に伝えてくる。
その感触でハッと我に返り、前世での大人としての記憶を大慌てで引き出す。
「じ、自己紹介が遅れ、大変申し訳ございません。私は冒険者パーティー【万絆の恩光】のリーダーをしております、ヤノスと申します。隣におりますのが妹のリコル、その隣がリーノ、そしてフィーネでございます」
僕が必死に仲間たちを紹介すると、全員で合わせるように深く頭を下げてくれた。
「私どもはただ、偶然その場に居合わせ、冒険者としてなすべきことをなしただけに過ぎません。お嬢様のこの上ない御礼の言葉、身に余る光栄に存じます」
どうにか前世の記憶を総動員して、無難に言葉を繋ぐことができた。
冷や汗ものだったが、どうにか切り抜けられた。
そんな僕の内心の慌てぶりなど露知らず、淀みなく挨拶を交わす姿を、アービンさんは感心しきった様子で、頼もしそうに見つめていた。
そして、スッとリリアーナ様の傍らへと歩み寄り、周囲の一般の兵士や冒険者たちに聞こえないように静かに耳打ちをした。
「お嬢様。……実は先ほど、ヤノス殿の案内で盗賊の隠れ家を極秘に調査してまいりました」
アービンさんの真剣な態度に、ただならぬ気配を感じ取ったお嬢様が、周りの者へと指示を出す。
「アービン。何か報告がありますか? 他の者は、持ち場へ戻ってください」
アービンさんを除く騎士や駆けつけた警備兵は、町へと戻るための準備を再開する。
僕は、リーノやフィーネ、リコルから、僕が盗賊の拠点へ行っていた間のことを尋ねる。
「盗賊の拠点には、我が国の最高峰の技術をもってしても建造不可能なほどの、恐るべき構造の地下施設が隠されておりました。出入り口は滅多なことでは悟られない隠蔽が施されておりますが、事態は一刻を争うやもしれません」
お嬢様以外の誰ひとりとして聞き取りようのないほどの小声で話されているけど、僕の耳はごまかせない。
リリアーナ様がお嬢様としての冷静さを保ちつつも、驚きに小さく息を呑むのと、それに答え、アービンさんが軽く頷くのが目の端に映る。
次の瞬間アービンさんが、全員に聞こえる張りのある堂々とした声で告げた。
「本日の件は、私が責任を持って直接領主様へとご報告いたします。お嬢様、周囲の安全は完全に確保いたしております。まずは馬車へお戻りいただき、これより領都へと向かいましょう。……【聖光の慈雨】の皆様、そして【万絆の恩光】の皆様も、街までの道中、我らの護衛として公式に同行していただけますか?」
「喜んで、お嬢様の警護を務めさせていただきます」
周囲の警戒に当たっていたギルさんが、振り返って佇まいを正し、そう言って綺麗に一礼する。
続いて僕も、リーノたちの輪から離れ一歩前へ出る。
先ほど目にした、リリアーナ様のわずかに震えていた白い指先が、どうしても頭から離れない。
まだ恐怖が完全に去っていない彼女を、何があっても無事に領都まで送り届けてあげたいという思いが一気に強くなった。
「【ネクサスレイズ】、全力を尽くしてお嬢様を領都までお送りいたします。……安心してお任せください」
僕たちの言葉に、リリアーナ様はホッとしたようにほんの少しだけ表情を緩め、侍女に促されて再び馬車の中へと戻っていった。
すぐさま出発の隊列が組まれ、臨時の防衛布陣が敷かれる。
隊列の中心にお嬢様の乗る豪奢な馬車が配され、そのすぐ横には、フェンに跨がった僕が護衛としてピタリと従う形となった。
リコルはファルの背にちょこんと乗っている。
リーノやフィーネ、そして【聖光の慈雨】のメンバーは、鹵獲した盗賊のものと思われる馬の背にまたがって馬車の前後を厳重に固めている。
「ヤノス様。……あなたが乗られているのは、一体何という生き物ですの?」
馬車がゆっくりと走り出してしばらくした頃。
ようやく張り詰めていた恐怖から立ち直ることができたのか、リリアーナ様が馬車の窓を小さく開けて、僕に声をかけてきた。
フェンの美しい毛並みをじっと見つめる彼女の瞳は、先ほどまでの怯えなど嘘のように、年相応の無邪気な好奇心に満ちあふれているのだった。




