第55話 副騎士団長と地下施設
「ギャー!」
「う、うぅ……っ!」
ボコッ!
捕まえた盗賊のボスともう一人の残党は、今や麻袋にくるまれ、さらにその上をロープでぐるぐる巻きにされた状態で、ファルに引きずられていた。
はじめのうちは「痛い」だの「覚えていやがれ」だのと威勢のいい苦情を口にしていたが、地面の岩や段差に容赦なく激突していくうちに、今ではすっかりその元気もなくなったようだ。
本当ならファルの背中に乗せてスマートに運んでもらいたかったのだが、
『……嫌。汚い、臭い、重い』
と固く拒否されてしまったのだ。
念のために、移動中に男たちが死んでしまわないようリーノに頼んで,最低限の回復魔法をかけてもらっているのだが、そのリーノも、
「……えぇ……エイ! エイ!」
とぶっきらぼうにつぶやきながら、時々思い出したように、ほんの……本当にほんの少しだけ軽く回復させているだけだった。
追跡しているときは木々を飛び移っていたから楽だったけど、今は盗賊二人を引きずりながら藪の中を進んでいるので、なかなかの重労働だ。
これでも、盗賊たちが普段の移動に使っていたルートのようで、かすかに獣道のようなものができているだけ、少しはマシだと思わなければやってられない。
「おにぃ!」
ようやく街道の手前まで戻ってくると、真っ先にリコルが笑顔で抱きついてきた。
すると、馬車の傍らにいた一人の騎士が、姿勢を正してこちらへ歩み寄ってきた。
「君がヤノス君かな。逃げた盗賊の残党を追ってくれたようで、心から感謝する。私はヴァルハイト領騎士団で副騎士団長を務めている、アービン・グロール・ガバネルです」
毅然とした、それでいて凛々しい佇まい。
まさに”騎士の鏡”といった雰囲気をまとった人物だった。
「はい、僕がパーティー【万絆の恩光】のヤノスです。……一応、あそこでファルに引きずられているのが、逃げていった男と、その拠点で捕まえた盗賊のボスです」
「お、おぅ……」
全身ボロボロの姿で、麻袋からずるりと引きずり出される二人。
それでもどうにか息だけはある二人の男を見て、さしもの副騎士団長さんも思わず驚愕の声を漏らした。
「アービン副騎士団長様、少々人目を忍んでお話ししたいことがあるのですが……」
「は、はは……。アービンとお呼びください。あなたは私たちの命の恩人なのですから、遠慮せず何でも申してください」
副騎士団長という高い地位にありながら、実に謙虚な人だ。
僕は彼にだけ聞こえるような小声で、慎重に言葉を選んだ。
「その……アービンさん。まず、この盗賊たちが拠点に隠していた財宝などを回収して持ってきたのですが、これらはどう処理したらよいでしょう。それと、これはその……盗賊の”隠れ家”の構造についてなのですが……」
僕が周囲の耳を気にして言い淀んでいると、アービンさんはすぐに僕の意図を汲み取ってくれた。
彼は小さく頷くと、僕に付いてくるように目で合図し、馬車や他の人々から少し離れた森の木陰へと移動した。
「その、盗賊の隠れ家について、詳しく聞かせてもらえますか?」
移動した瞬間、それまでの優しい笑顔が一変し、一国の軍人としての厳しい顔になる。
「はい。一見すると普通の崖にしか見えないのですが、その岩肌の一部が特殊な出入り口になっていました。突き出た石が鍵になっていて崖の一部がスライドし、横穴が現れるのです。しかも、その横穴の表面はただ掘り進めた土ではなく、綺麗に固められた特殊な壁のようでした」
「――なるほど、分かりました。少し待ってもらえますか?」
僕の説明だけで、アービンさんは事の重大さを完璧に理解したようだった。
彼は一度街道の方へ向き直ると、大声で部下を呼んだ。
「バルト、来てくれ!」
「アービン副騎士団長様! バルト、参りました!」
手傷を負いながらも、大男のバルトさんが駆け寄ってくる。
アービンさんは苦笑いを上手く噛み殺しながら、的確な指示を出し始めた。
「私はこのヤノス君と共に、今から盗賊の隠れ家へ追加の調査に行ってくる。バルト、お前はザックが応援の警備兵を連れて戻るまで、ここを死守し、お嬢様をしっかりと警護しろ。ザックたちが戻ったら捕まえた盗賊を引き渡し、私が戻るまで増援の兵と共にここの警備を頼むぞ」
「あの、僕のパーティーの仲間もこの場に残って警護に当たります。それに、試験官の【聖光の慈雨】のみなさんにも共に警護してもらえるよう、僕から頼んできます。彼らがいてくれれば、僕とアービンさんだけで出発しても問題ないと思います」
「それは実に助かります。バルト、冒険者の方々も警護に協力してくださるそうだ。連携を密にするように」
「はっ! かしこまりました!」
僕はリーノたちへ念話で状況を伝え、ギルさんを通して【聖光の慈雨】のみなさんにも臨時的に警護に当たってもらえるように頼んだ。
準備を整えた後、僕はアービンさんと共に再び盗賊の隠れ家へと向かった。
僕はフェンにまたがって森の先頭を進み、馬にまたがったアービンさんが僕の後を追う。
程なくして例の崖へとたどり着いた。
アービンさんに隠しスイッチの起動法を示しながら、出入り口を開く。
扉の開閉機構に驚くアービンさんと共に、僕は地下施設へと再び入っていった。
もう中に盗賊の残党がいないことは分かっているが、調査のために広範囲を照らす《ライト》の魔法を放って通路を明るく灯した。
「ヤノス君は、高度な魔法も使えるのだね」
「は、はい。たいしたことはないのですが……」
「”たいしたことない”ですか。ここまで来るのに君が乗ってきた動物……いや、魔物もただ者ではないですよね?」
「あ、はい……。”フェンリル”だと本人 (?)は言っています」
「フェンリルを従えた冒険者ですか……。それに、先ほど麻袋を引きずっていたもう一体は、どう見ても”グリフォン”でしたね?」
「は、はははは……」
僕はもう、乾いた笑いでごまかすしかなかった。
普通にのんびりと暮らしたいのに、僕の周りのものたちのせいでどんどん崩壊していく。
アービンさんはそれ以上追及せず、大人の気遣いを見せるように話題を切り替えてくれた。
「そういえば、先ほど街道で伝え忘れましたがね。この国の法律では、盗賊の拠点を突き止め、そこで得た財宝などの所有権は、すべて最初に見つけ出した者の物となるのですよ」
丹念に地下施設を調べながらも、アービンさんが僕へと声をかけてくれる。
「え、そうなんですか?」
「ええ。ただ、その中に盗賊に襲われた過去の被害者の遺品などがあって、故人のご家族が返還を望んだ場合は、適切な価格で買い取ってもらうことになります。……どうでしょう、どこか特定の場所に盗賊の持ち物だった物を展示して、被害者の方々に見てもらっては……」
「ご家族が買い取られる場合は、できるだけ安くお願いします」
その提案に僕は即座に賛成するとともに、残された家族への配慮を頼む。
「お気遣いありがとうございます。では、そのあたりは私ども騎士団が責任を持って執り行いましょう。領都に戻った後、私たち騎士団を訪ねていただけましたら、誰であれ対応できるように手配しておきますのでお任せください」
「アービンさん……何から何まで、本当にありがとうございます!」
こちらの負担を全て肩代わりしてくれるような至れり尽くせりの提案に、心から感謝する。
アービンさんは、地下施設の壁を手で丹念に探りながら、感心したように言葉を紡ぐ。
「なぁに、お安い御用ですよ。それにしても……この地下施設は実によくできた物ですね。この国の最高峰の技術をもってしても、ここまでの物を作ることは到底不可能です。……私にだけ直接お知らせいただき、本当に感謝します」
「ただ、この異様な作りは、こっそりとお伝えした方がいいような気がしただけです」
僕がそう答えると、アービンさんは満足そうに頷いた。
「そのご配慮ありがとうございます。このことは、領主様に私自身から直接ご報告させていただきます。なお、お察しの通り、この横穴のことはヤノスさんのパーティーメンバー以外、”他言無用”でお願いします」
「はい。お約束します」
「よし。この隠れ家には、もう今の時点で調べる必要のあるものはないですね。そろそろ街道にも応援の者が到着する頃でしょうから、私たちも戻ることにいたしましょう」
盗賊の隠れ家を出て、岩肌の出入り口が完全に塞がったことを目視で確認し、僕たちは来たときと同様に街道へと引き返した。
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