第51話 テントと二匹の聖獣
促されるままテントの内部に入ると、先に入っていたアンナさんは、すでにソファーに深く腰掛け、完全にくつろぎモードに突入していた。
リビングの広さに圧倒されながら、【聖光の慈雨】の他のメンバーも、それぞれ気の向いた場所へ恐る恐る腰を下ろしていく。
『おにぃ、すべて話していいと思う』
リーノから僕の脳内へ、全てを明かすよう静かな指示が出た。
「ええーと。まずは、テントのことですよね……?」
「それと、さっき急に出てきたあの動物……いえ、魔物たちのことね」
セルフィーさんから逃がさないとばかりに釘を刺され、僕はため息を一つついて話し出した。
「このテントですが、内部に別の空間を魔法で生み出し、魔法陣でその空間を固定し、魔石や自然界の魔素を活用して維持するようになってます」
「で?」
目の前にいるセルフィーさんの圧力が妙に怖い。
「ですので、テントの見た目に関係なく、中にこれだけの部屋が……」
「その”別の空間”って何なのよ! 説明する気あるの!? そんな魔法、見たことも聞いたこともないし、世界中のどんな文献にも載ってないわよ!」
「え?」
僕は助けを求めてリーノとフィーネを見やったが、二人は揃って「私たちは何も知りません」という顔で知らんぷりを通していた。
「……コホン。先ほどセルフィーさん、ギルさん、ガイスさんは見られましたよね。フェンとファルが突然現れたのを」
「え? 何よ、私だけ見てないわよ!」
「アンナ、あなたは後で見せてもらうといいわ。今は黙って聞いていて!」
セルフィーさんにとがめられ、アンナさんは「ちぇっ」といった態度で再びソファーへ全身を預けてくつろぎ始めた。
このカオスな状況をどうにかまとめなければ。
「《アイテムボックス》は皆さんも使われていますよね。あの中は時間が止まるので生ものも腐りません。しかし、生き物を入れることができないのはご存知の通りです」
四人が頷くのを確認し、僕は先を続ける。
「最近、僕たちは《エデンテーラ》という特殊な空間魔法を覚えまして……。それが、この世界と全く同じ性質を持つ、別の空間を作り出すことができるものなんです」
【聖光の慈雨】のメンバーの顔を一人一人確認するが、みんなきょとんとした表情になっている。
「先ほど急に現れたように見えた二匹は、普段はその空間の中で生活していて、僕たちの仲間みたいな子たちです。ある程度強いので、今は外の見張りを頼んでいます」
「……理解できないことばかりだけど、まあいいわ。ヤノス、あなたに頼めば、私たちのテントにもその魔法陣を書いてもらえるってこと? こんな凄い部屋になるの?」
セルフィーさんが、ぐいぐいと僕に迫ってくる。
「あの中に置くソファーとかの家具は、自分たちで用意してもらうことになりますけど……」
「そんなの分かっているわよ! <テントの中の空間が広くなるのか>って聞いてるの!」
「僕ではなくて、実はリコルが……」
更に迫ってくるセルフィーさんの目の圧力に、僕は完全に圧倒されていた。
【聖光の慈雨】の他の三人は、そんなセルフィーさんを止めることもせず、興味津々といった様子で僕たちの会話に聞き入っている。
『リコル、魔法陣のこと、話しちゃって大丈夫かな?』
『おにぃ、大丈夫だよ。この人たちは凄くよくしてくれる人たちだし、むやみに他人に言い触らしたりしないでしょ』
リコルからの頼もしい念話に背中を押され、僕は答えた。
「……口外しないと約束していただけるなら。僕が発動した《エデンテーラ》の空間を、リコルが魔法陣を使ってこのテントに”固定”させ、自然界の魔素を使って”持続的に定着”させます。魔法陣そのものに高度な空間魔法を組み込むより、ずっと簡素な術式で済みますから」
「なるほど、発動した魔法の術式をそのまま魔法陣で固定化するってわけね……、まあ、理屈はシンプルだけど……てっ、そんなに簡単にいくわけないでしょう! 魔法陣の一部にミスがあるだけで制御が乱れて暴走するか霧散するわよ!? 本当にこの兄妹はなんなの……」
セルフィーさんが頭を抱えて唸る。
ギルさんはあきれを通り越して唖然としていた。
「まあ、最初は一つの魔法陣に《エデンテーラ》も組み込もうと、多層構造の立体魔法陣を試みたんです。でも、どれも複雑になって上手く作動してくれなくて。あるとき《エデンテーラ》を発動させたときに、これを固定化できればと、あれやこれや四人で話し合って試していたら、できてしまったんですよ」
「普通、あれやこれや試しただけで、完成させられるようなものじゃ無いんだけどね……」
セルフィーさんは、ため息交じりに呟きながらこめかみを抑えている。
そして次の瞬間、頭をスッと上げると、僕をしっかりと見つめ直して尋ねてきた。
「ところで、今外で見張ってくれている子たちだけど……何なのよ!? ただの動物じゃないわよね。軍隊が相手をしなければならないレベルの、とんでもない威圧感を感じるのだけど」
「あ、ええと……。たしか、フェンは自分の種族を”フェンリル”と言っていましたし、ファルは”グリフォン”だと名乗っていました」
神話の獣の名を聞いた瞬間、【聖光の慈雨】のメンバー四人全員が、揃って本日一番の大きなため息と共にガクリと肩を落とした。
「……まだ、子供なのよね?」
「はい、まだ子供です。以前はお互いボロボロになるまで大喧嘩してました。今は僕たちに甘えたくて体を小さくしていますけど、本来の大きさになったら僕たちを背中に乗せて走り回ってくれるんですよ」
セルフィーさんは再び深いため息をついた。
「もう、いいわ……。それで、テントへの魔法陣の書き込みだけど、いつできるの?」
「リコル、どうかな?」
「今すぐにでもできるよ! いつでも魔法陣の勉強ができるように、道具は全部持ってきてるもん」
リコルが胸を張る。
「……そういうことですので、みなさんのテントのところへ僕とリコルを連れていってもらえますか? でも、このことは絶対に他の人には喋らないでくださいね! 本当に、絶対ですからね!?」
「わかった! ぜ、絶対に誰にも喋らない! さあ行こう」
なぜかアンナさんが僕の腕にぎゅっと抱きつき、目をキラキラと輝かせながら元気に引っ張っていく。
(……なんだか、もの凄く疲れたな)
これから外で待っているフェンたちと遊ぶ約束が残っているのを思い出し、オークの集落を襲撃した時とは比べものにならないほどの疲労感を、心から噛み締めていた。
――そして、僕の腕に張り付くアンナさんと、引きづられて行く僕の後ろ姿を、リーノがじっと冷たい視線で見つめていることには、まだ気づいていなかった。




