第49話 オーク集落の討伐
木の上の枝に座って、僕たちは百メートルほど離れた場所にたむろするオークの集落を見つめていた。
「アンナさん、数は六十から七十と言ったところでしょうか?」
「……ろ、ろ、ろく?」
「あ? アンナさん? オークの、数ですけど?」
幹を挟んだ隣の枝に座っているものの、木の幹に涙目でしがみついてじっと同じ方向に目を向けているアンナさん。
幹を抱きしめている彼女の手は、小刻みにガタガタと震えている。
(この恐怖心、オークにまで届かないよね……?)
と、僕は内心で少しばかり不安を抱いてしまう。
「遮蔽物に隠れているものも考えられるから、それ以上いるかもしれないけど……。ヤノスの見積もりから極端に外れているとは思えないわ」
声がした後ろの方を見ると、リコルのすぐ横で、木の枝に上手な身のこなしで腰掛けているエルフのセルフィーさんがいた。
彼女が、小声で僕たちの会話に補足を加えてくれたのだ。
『ヤノス! 聞こえてる? ギルさんからの作戦に指示よ』
フィーネから念話が入ってくる。
僕は、フィーネから伝えられた事柄をアンナさんに伝える。
「ギルさんからの作戦を伝えます。北側はフィーネの援護を受けてリーノが攻撃します。そして、西の出口にはギルさんとガイスさんが合流し、アンナさんとセルフィーさんと共に【聖光の慈雨】の四名で対処します。ここまでは良いですか?」
僕からの報告を聞くアンナさんは、必死に木にしがみついていて額からは汗が滴り落ちている。
このような状態で、今後の作戦は大丈夫なのだろうかと心配しながら後ろの二人に目をやる。
セルフィーさんには、すぐ横にいるリコルが同じ作戦を直接伝えていた。
「僕は南の出口を受け持ち、リコルが南の出口と西の出口を、状況に応じて木の上を移動しながら狙撃する。これでいきます」
「わ……わかった」
普段のハツラツとした様子が嘘のようなアンナさんから、か細い返事が返ってくる。
『おにぃ。こっちも準備オーケーよ』
後ろにいるリコルから念話が入る。
「アンナさんとセルフィーさんには準備が整うまで、リコルが同行します。お二人の準備が整ったら、リコルは木の上に戻ります。ギルさんたちの方も同様に動き、念話で全員の準備完了を確認した時点で、攻撃を開始します。開始の合図はリコルの弓による狙撃となりますが、いいですか?」
作戦を言い終えると、セルフィーさんは驚くほど滑らかに木を降りていった。
恐る恐るといった様子で幹を伝って降りてくるアンナさんを優しくサポートする。
そして地上に降りた三人で、攻撃に適した地上ポジションを確保するため、静かに動き出した。
僕は地上に降りた三人の安全を樹上から確保していると、ガイスさん、ギルさんも地上に降り上手く体を隠す場所を探し出していた。
地上に降りたみんなの安全が確認できたので、木々の間を飛び移りながら、南の出口を最も射線に捉えやすい場所を求めて移動した。
万が一、オークの中に遠距離攻撃の手段を持つ者がいた場合に備え、こちらも常に移動しながら射撃できるように、いくつかの攻撃ポイントをあらかじめ確保しておく。
『おにぃ、サーチの結果が出たわ。オークの総数は六十七。ただ、一体だけ妙に強い魔力を持っている個体がいるの。オークの上位種……おそらくオークジェネラルと考えられるけれど、どうかな?』
『間違いないわ。森の精霊たちの情報とも一致するわね。他のみんなにも情報を共有するわ』
フィーネのサポートを受けながら、リーノを通してガイスさんとギルさんへ、そしてリコルを通してアンナさんとセルフィーさんへと、この最重要情報が瞬時に伝達された。
『こちら、準備完了』
『『準備完了よ』』
リコル、リーノ、フィーネから次々と念話のシグナルが入る。
『――攻撃開始!』
僕の号令と同時に、リコルの放った鋭い矢が一瞬にして見張りのオークの頭部を貫いた。
突然の凶報に、ざわざわと騒ぎ出すオークたち。
どこから攻撃が飛んできたのか分からず、彼らは右往左往と混乱に陥る。
そこへ、さらに四方から無音の矢が降り注ぎ、オークたちの命を確実に奪っていった。
なんとか反撃に打って出ようと門へ殺到するオークたちだったが、南門と北門へ向かった者たちには矢が容赦なく集中する。
大樹の森で嫌というほど叩き込まれた連射の技術が、ここで十二分に生きていた。
一方、西門から躍り出たオークには、矢の弾幕と共にガイスさんが正面から大剣を振るって立ち塞がり、死角から回り込んだアンナさんが気づかれる前に次々と仕留めていく。
回り込んで攻撃しようとするオークに対しては、セルフィーさんの矢やギルさんの魔法が襲いかかる。
西門の攻防はさすが【聖光の慈雨】のメンバーだ。寸分の隙もなく確実にオークを討伐していた。
《サーチ》と共に精霊たちからの情報で、オークたちに遠距離攻撃の手段がないことが確認できた。
矢への警戒が最高潮に高まったところで、僕はリコルに念話を送る。
『リコル、僕は南門から中に切り込む』
『了解。おにぃ、後ろは任せて』
西門から南門にかけての弓による援護射撃をリコルに任せ、僕は太刀を引き抜いて地上戦へと移行した。
太刀を握る僕の手が少し汗ばんでいる。ここに来て、少し緊張している自分に気付く。
警戒度を最高にした《サーチ》を三百六十度展開し、南門からオークの集落へと一気に突入する。
これまでは矢を警戒して物陰に身を潜めていたオークが、僕の姿を捉えるなり、雄叫びを上げて剣を振りかぶってきた。
――一閃。
僕がすれ違いざまに一撃でオークを切り伏せた瞬間、背後で重いものが倒れる音がした。
《サーチ》で捉えていた、僕を背後から奇襲を仕掛けようとしていたオークが、リコルの放った矢を頭部に受けて絶命した音だった。
視界の端では、【聖光の慈雨】のメンバーが西門から集落の内部へと侵入し、二手に分かれて手際よくオークを駆逐していく様子が見える。
一斉攻撃を開始してから、一時間ほどが経っただろうか。
あたりには物言わぬ骸となったオークがあちこちに横たわっている。
静まり返った広場の中心には、周囲の個体よりも二回りは巨大なオークが一体、怒りに目を血走らせて立っていた。
フィーネとリコルの放った牽制の矢がその巨体を襲うが、オークは手にした大剣で軽々とそれを叩き落とす。
「ふん……。どうやら、大将のお出ましだな」
左手に頑強な盾、右手に大剣を構えたガイスさんが、一歩、また一歩と前に出た。
何かを感じ取ったオークジェネラルもまた咆哮を上げ、ガイスさんとの一騎打ちに応じるように前に出る。
「セルフィーさん。このままガイスさんに任せて、一対一を静観するんですか?」
僕は隣にいるセルフィーさんへ、小声で問いかけた。
「は? 何言ってるのよ、ガイスだってそんな殊勝なこと願ってないわ。相手は凶悪な魔物よ? 冒険者の戦いに”正々堂々”なんてお上品な言葉はないわ!」
「……じゃあ、隙を突いて僕がいっても良いですか?」
「あのオークジェネラル、キングへ昇格する一歩手前までいっているわ。いつもならアンナが仕留めるんだけど、今のアンナじゃ少し攻撃力が足りない。――ヤノス、任せていいかしら?」
「はい」
僕はゆっくりと頷き、少しずつ位置を変えて攻撃の準備を整えた。
その瞬間も、決して忘れないのは”平常心”だ。
全身の殺気を極限まで打ち消し、ただの空気と同化するように意識を研ぎ澄ます。
額を一筋の汗が静かに流れ落ちる。
僕の全神経は相手のオークジェネラルと、もしもの場合の予想せぬ攻撃に向けられている。
足への《身体強化》が完了した、まさにその刹那だった。
僕の予備動作を完全に察したかのように、オークジェネラルの強烈な一撃を盾で完璧に受け止めたガイスさんが、強引にその体躯を僕の方へと押し出した。
ほんの僅かに、オークジェネラルの体勢が崩れる。
その一瞬の隙を見逃すはずがなかった。
殺気を消したまま間合いに踏み込んだ僕の太刀が、音もなく一閃され、オークジェネラルの首筋を深く切り裂いた。
ドサリと、オークジェネラルの巨体が崩れ落ちる重い音が響き渡る。
次の瞬間、張り詰めていた空気が一気に解け、全員の口から深いため息と安堵の声が漏れた。
その場にへたり込む【聖光の慈雨】のメンバーを見つめながら、僕は静かに太刀を鞘へと収めた。




