第48話 オーク討伐
オークを三体、あっという間に討伐したが、その場で血抜きをせず、僕たちは即座に死体を《アイテムボックス》へ放り込んで一休みできる場所まで下がった。
「なんだか、いやな気持ちがだんだん膨らんでくる……」
僕が呟くと、フィーネが深刻な顔で頷いた。
「私もそうよ。精霊たちがひどく騒いでいるわ」
「下級精霊…… 騒いでいる」
リーノも同じ感覚にとらわれているようで、どうやらこの森の下級精霊たちが怯えている影響のようだった。
「それに、さらにオークが三体に反応したんだけど……。今まで討伐したオークの場所と、今感知している場所を結びつけると、ほぼ直線上に並んでいるんだよね」
「おにぃ。それ、本当なの?」
リコルが目を見開く。
「間違いない……嫌な予感」
リーノの短い言葉に、僕の確信は強まった。
「《サーチ》の方向性を絞って、距離を稼いで探ってみるわ」
僕とフィーネが全魔力を前方の狭い範囲へ集中させる。
「ずっと僅かに上り坂……。まっすぐ先、高台に平らなところがある」
リーノが前方の地形を脳内マップに重ねて教えてくれた。その瞬間、僕たちの《サーチ》の網に、とんでもないものが引っかかった。
「この反応――やばくない!?」
「その高台の平らなところに、たくさんのオークが固まっているわ。数は……五十以上は確実にいるわね」
四人の間に冷たい緊張が走る。背中を伝う汗の感覚に、僕はその時初めて気付いた。
「これ、ランクアップ試験中の”緊急事態”に当たるよね」
『『『間違いない(わ)』』』
「【聖光の慈雨】のメンバーに伝えてくる。僕たちの少し後方にいるから」
みんなの頷きを確認し、僕は即座に行動へ移った。
ここからはもう速度を優先する。
あらかじめ決めていた約束を破り、僕は身近にある一本の木の枝へと飛び移ると、音もなく次々と枝から枝を跳んで移動した。
気配を完全に殺したまま、【聖光の慈雨】のメンバーのすぐ目の前へと降り立つ。
どこからともなく、突如として無音で現れた僕に、ベテランの四人が一斉に驚愕の表情を浮かべた。
「すみません。今がランクアップ試験中で、試験官と接触することが禁止されているのは知っています。ですが、緊急事態だと思って報告に来ました」
僕のただならぬ様子に、ガイスさんたちの顔が鋭く引き締まる。
「今、僕以外のメンバーがいる場所の先――僕たちの移動速度で一時間ほどの場所に、オークが三体います。僕たちは今までにオークを二体と三体、計五体討伐したのですが、その討伐した場所と、いま関知しているオークの場所を線で結ぶと、ほぼ一直線上になるんです」
四人の顔を見ると、まだピンときていないみたいだった。
広範囲の《サーチ》が使えない彼らには、オークの位置が把握できていないのだから無理もない。
「僕たち、この方角からまっすぐ歩いてきましたよね?」
頷く四人。
「感知しているオークの方角がこちらなんです」
僕は今来た後ろの道を指差し、次に反対の真正面に向かってまっすぐ手を伸ばす。
それでようやく、彼らもオークたちの出現が、一直線に並んでいることから考えられる事態に、気付いてくれたみたいだ。
「そこで、さらに距離を伸ばして状況を探りました。この先、三時間ほど移動した丘の上に平らな場所があります。そこに、オークが五十体以上群れています」
【聖光の慈雨】のメンバーの顔が、今度こそ完全に凍りついた。
「……どうしてその距離の状況が分かったのか、などとはもう聞かん。しかしヤノス、その情報は事実なんだな?」
ギルさんが低く、鋭い声で確認してくる。
「僕だけじゃありません。四人全員が同時に感じ取ったことで、間違いありません」
「わかった。一旦集まろう。ヤノス、君のメンバーがいる場所までまずは移動するぞ」
「いえ、僕が他のメンバーにここへ来るように伝えた方が早く合流できます。こちらへ向かってきているオークからも少し離れることになるので、それが良いと思います」
「……よし、そうしてくれ。みんなもそれでいいな?」
ギルさんの決定に、他のメンバーが力強く頷く。
『みんな、こっちに来てくれ。これから【聖光の慈雨】のみんなと合同で行動する』
『『『了解』』』
念話を送ってから、ほとんど待つ時間はなかった。
頭上の木々から、リコル、リーノ、フィーネの三人が、物音一つ立てずに僕のすぐ隣へと降り立ってきた。
新人らしからぬその人間離れした振る舞いに、【聖光の慈雨】のメンバーは全員、呆然としたあきれ顔を隠せていなかった。
「ヤノスに聞いたが、五十体以上のオークが群れているというのは本当なんだな?」
緊張感を崩さないまま、ギルさんが改めて聞いてくる。フィーネが前方を鋭く見据えたまま応えた。
「この先の丘の上に平らな場所があって、そこでたむろしているわ。数は五十以上、八十まではいないと思うわ。でも、こちらに向かってきているオークみたいに、その場を離れて警戒に出ている個体もいると思うから、はっきりした数は分からないわ」
「……それだけの情報があれば十分だ。大手柄だぞ」
「あと、ヤノスがこちらに来ている間にさらに探ったのですが……こちらに向かっている三体のオークだけど、今までの個体とは違ってひどく警戒心が高いわ。それに、強い殺気を放っているの」
「仲間がやられたかもしれないということを、感じ取っているってことか?」
セルフィーさんが不安そうに口を開く。
「その公算が高いわね。精霊たちがひどく警戒しているわ」
「今こちらに来ているオークを今までのように討伐すると、より一層、本隊に警戒される恐れがあるってことなの?」
「間違いないと、思う」
きっぱりとリーノが応える。状況の厳しさに、一同の間に重苦しい沈黙が流れた。
「ギル、どうする? 様子を見るってんなら、俺が行ってきてもいいが」
「私が行ってきても良いけど! 何だったらヤノスくんと私二人だけで行ってきてもいいけど」
ガイスさんが腕をさすり、アンナさんは軽く飛び跳ねながら提案してくる。
その瞬間、僕の背後からリーノの冷たい視線が突き刺さる。
気になって横目で見ると、リコルはあたりの警戒に集中しているが、フィーネはそんなみんなを面白そうな目で眺めていた。
アンナさんの急な提案とリーノからのプレッシャーに動揺しつつ、僕は平静を装って今の状況で考えられる取るべき行動を伝えた。
「まずは、こちらに向かってきているオークを避けて、集落だと思われる場所の実情を調べたほうが良くないですか?」
「……それが最も取るべき行動だが、八人がまとまって行動するのは目立ちすぎるな。かといって二手に分かれて行動するとしても……【万絆の恩光】の四人の実力は認めるが、冒険者としての経験が圧倒的に不足している」
ギルさんの言葉には、長年の実践に裏付けられた重みがあった。
「パーティーごとに分けるには不安が残るし、二人ずつに分散した時の戦力も心配だ。想定外の事態が起きたときの対応に懸念が残る」
全員が難しい判断を迫られ、口を閉ざしてしまう。
『念話がある。二つのグループでも、連絡、取れる』
リーノからの念話が脳内に響く。
……そうだ、もう僕たちの能力を隠している場合じゃない。
何より、この人たちとの間にある信頼には、確固たるものがある。
「僕たちを二手に分けましょう。リコルと僕、リーネとフィーネで分散します。これは【聖光の慈雨】の方々だからお伝えしますが――僕たちは、どれだけ離れていても”念話”を使ってお互いの状況をリアルタイムで伝えることができます」
「なっ……!?」
驚愕のあまり、四人が揃って僕たちの顔を二度見した。
「また、先ほどお伝えした時にお気づきだと思いますが、僕たちは魔法で遠くの状況を完全につかむことができますし、精霊からも様子が送られてきます。二手に分かれた僕たちが、それぞれのグループでそれらの情報を提供できます。心配されている経験不足や連携の不安は軽くなるのではないですか?」
【聖光の慈雨】のメンバーは、もはや驚きを通り越して言葉を失っていた。
お互いに顔を見合わせ、信じられないといった様子でこれからの作戦を考えている。
静まり返った空気の中、セルフィーさんがポツリと思ったことを口にした。
「……大丈夫じゃないかしら。なんだか、私達四人だけで行動するよりも、ずっと安全に感じるのは私だけ?」
その言葉に、誰も反論することはできなかった。




