第46話 パーティー名
今日も朝から冒険者ギルドへと足を運んでいた。中に入るとすぐに窓口のミリアさんを見つけ、その列に並ぶ。僕の順番になると、ミリアさんはパッと顔を輝かせた。
「ヤノス君、おはよう! 他のみんなは?」
「おはよう。みんなは後ろの方で待ってるよ。今日は、依頼だけではなく……」
「ふふ、私もあなたたちに伝えたいことがあるの。二階の小会議室、覚えているかしら?」
「うん、覚えてる」
「そこで待っててくれる? 長く待たせないで行けると思うから」
「わかった」
短いやり取りを終え、ロビーで待っている三人に念話を入れる。
『みんな、二階の小会議室に移動だって』
『『『了解』』』
こういうとき、念話は本当に便利だ。階段を上がりながら、僕は歩調を合わせた。
『……ところでパーティー名だけど、昨日みんなで話したやつでいいよね?』
『もちろん』
『うん、良いと思う』
『異議なし』
三人の頼もしい声が返ってくる。そう、今日のいちばん大切な用事、それは僕たちの”パーティー登録”だった。
小会議室に入って椅子に腰を下ろすと、それほど待たずにミリアさんが書類を抱えて入ってきた。
「待たせちゃったかしら? ごめんなさいね」
「ううん、そんなに待ってないですよ」
僕が答えると、ミリアさんは机に一枚の書類を広げながら悪戯っぽく微笑んだ。
「今日の用事は、パーティー登録じゃない?」
「おにぃ。すごいね! ミリアさん、私たちの心を読んでる!」
リコルが目を丸くして驚くので、部屋の空気が一気に和む。
「ふふ、お見通しよ。この書類に必要事項を書き込んでね。後の登録手続きは私がやっておくから」
「ありがとうございます。じゃあ、書きますね……」
僕がペンを握ると、ミリアさんが「どれどれ?」と上から書類を覗き込んできた。
――近い。あまりにも顔が近すぎる。ふわりと甘い香りがして、心臓がドクンと跳ねた。
「あら、【万絆の恩光】……かっこいい名前ね! ”ばんはんのおんこう”と読むのかしら?」
(顔が! ミリアさん顔が近いです……っ!!)
パニックでフリーズする僕の横で、女性陣の視線が一斉に交錯した。
リーノの目が冷たく据わり、フィーネがニヤニヤと楽しげな笑みを浮かべ、リコルが「おにぃの顔が赤いなぁ」と不思議そうに僕を見つめている。
この間、わずか一秒。完璧な無言の連携だった。
「あ、あの……! そう読んでもいいし【ネクサスレイズ】とルビを振ってもらえたらな、と……!」
「【万絆の恩光】、うん、すごく凄く素敵」
そう言って笑うミリアさんの横で、リーノのジト目がさらに険しくなっていく。怖いけれど、相変わらずめちゃくちゃ美人だ。僕は慌てて書類にルビを書き加えた。
こうして、僕たちのパーティー名は正式に【万絆の恩光】となった。
「あ、そうだったわ。【万絆の恩光】のみなさんに、大事な連絡があったの」
ミリアさんはすっと背筋を伸ばし、僕たち四人を見渡してゆっくりと告げた。
「ランクアップ試験の日程が決まったの」
「本当ですか!?」
「ええ。四日後の”火の日”。当日の朝七時に、このギルドへ来てちょうだい。一泊二日の野宿になるから、準備は忘れないでね。魔物の討伐なんだから、武器の予備とか、万全の用意をしていくのよ?」
「はい。大まかな準備はもうできています。あとは、前日に買った方がいいものくらいですね」
「前日に買うもの? 食糧なんて干し肉とか乾燥パンくらいでしょう? 腐るものでもないし、今から買っておけばいいじゃない」
「え?」「え?」「……え?」「え」
僕たち四人の声が綺麗にハモり、一斉に疑問の表情になった。
「まあ、そのあたりは自分たちでしっかり考えて揃えてね! で、今日の依頼はどうする? いつもの薬草採集でいい?」
「「「「それでお願いします!」」」」
「じゃあ手続きしておくから、気をつけて行ってらっしゃい!」
ミリアさんに送り出され、僕たちはまっすぐ薬草採集へと向かった。
街道を歩きながら、僕は心の中でぽつりと考えた。
(そういえば……僕たちは《アイテムボックス》があるから、食糧を前日に買う必要なんてないし、そもそも干し肉や乾燥パンである必要すら物理的にないんだな……)
ミリアさんの指摘とは全く違う次元で、深く納得してしまうヤノスだった。
◇ ◇ ◇
そして四日後の『火の日』。
約束の朝七時少し前にギルドへ出向くと、受付にいたミリアさんがすぐに駆け寄ってきた。
「さすが、時間前行動ね! さあ、大会議室へ案内するわ」
案内されたのは、先日の小会議室の向かいにある部屋だった。十人は優に座れる立派な円卓がある。
「ギルドマスターを呼んできますね」
ミリアさんが部屋を出ていき、僕たち四人は並んで椅子に腰掛けた。少し緊張しながら待っていると、やがてドアが勢いよく開けられ、ギルドマスターのヴァルグドさんが入ってきた。……その後ろに、数人の影を引き連れて。
「よっ! 久しぶりだな、坊主!」
「元気にしてたか?」
「聞いてはいたが、またとんでもねえべっぴんさんを仲間にしたもんだなぁ!」
「あらあら、美女三人の中に男の子が一人。ヤノス君、モテモテじゃないの」
ヴァルグドさんの後ろから次々と顔を出したのは、あの襲撃された村で僕たちを救ってくれた【聖光の慈雨】のメンバーたちだった。
「「お久しぶりです! あの時は本当にありがとうございました!」」
僕とリコルは勢いよく立ち上がって頭を下げた。
ヴァルグドさんが上座に着き、僕たちと【聖光の慈雨】の面々がテーブルを挟んで向かい合わせに座る。
「まあ、改まっての再会だが、新メンバーもいることだ。まずは自己紹介といこう。俺のことは知っているだろうから、試験官側から頼むぞ」
【聖光の慈雨】のみなさんとの和やかな自己紹介が終わり、部屋の空気が引き締まったところで、ヴァルグドさんが本題を切り出した。
「さて、ランクアップ試験の説明だ。冒険者ランクがEになると、本格的な魔物討伐の依頼が入るようになる。今までの薬草採集とは違い、街から遠く離れて活動することが増えるわけだ。そこで、パーティーで野宿を挟み、一泊二日の行程で依頼を達成して帰ってくる。これが試験の大まかな内容だ。ミリア、依頼書を……」
ミリアさんが、僕たち一人一人に真新しい依頼書を配っていく。
「【万絆の恩光】の四人への課題はこれだ。東門から出て山側へ向かい、最近目撃されているオークを討伐してもらう。一日目で討伐が終わろうが関係ない。必ず現地で一泊してもらう」
今までの内容が、僕たちに浸透しているのか確かめるように、ヴァルグドさんが僕たちを見回して話を続ける。
「二体以上の討伐証明部位と魔物から出た魔石の提出がクリア条件だ。明日の夕方、六時の鐘が鳴る時点でギルドに戻っていなければ失格。その場合は捜索隊を派遣するが、その費用は全額お前らの実費請求になる。ここまではいいな?」
「はい。二日の間にオークを二体以上倒して、時間内に帰ってくればいいんですね」
「簡単に言えばそうだ。だが、戦闘だけが試験じゃないぞ。宿泊場所の選定、野営の準備、食事、そして夜間の見張り――昼間の休憩の取り方に至るまで、全てを観察し、評価させてもらう」
ヴァルグドさんは、一息入れた後、【聖光の慈雨】のメンバーに視線を向けた。
「ここにいる【聖光の慈雨】はあくまで試験官だ。緊急事態を除いて手助けは一切しない。その場にいない空気だと思え。……質問は?」
僕は隣を振り返った。
「リコル、リーノ、フィーネ、何か聞いておきたいことはある?」
「ない」「大丈夫」「うん、ない」
三人の息の合った即答を確認し、僕はヴァルグドさんに向き直った。
「大丈夫です。質問はありません」
「よし、以上だ! 明日、元気に帰ってこいよ!」
ヴァルグドさんの豪快な激励が響く。
こうして、僕たち【万絆の恩光】の、本格的な冒険者としての第一歩が、いよいよ幕を開けたのだった。




