第45話 歴史の闇
リーノとフィーネが冒険者証を手に入れた翌日。
僕たちは今日も野草採集のために街の外へと出ていた。
昨日までと違うのは、二人がしっかりと姿を現し、四人で野草を採集していることだ。
今日の僕たちには、三つの明確な目的がある。
一つ目は、野草を採集してリーノとフィーネの冒険者としての”実績ポイント”を稼ぐこと。
二つ目は、二人が堂々と冒険者証を提示して、ヴァルハイトの街へ入る実績を作ること。
そして最後は――<僕とリコルが薬草採集に熱中するあまり、背後から襲ってきた魔物に気づかなかったところを二人に助けられる。それをきっかけに一緒に活動する仲間になった>
という”設定”を周囲に示すことだ。
これらが整えば、安らぎの宿で四人一緒の部屋で寝食を共にできるようになる。
「おにぃ。これだけ集まれば十分かな?」
「うん、十分だと思うよ」
リコルが掲げた籠を見て頷く僕に、リーノがジト目を向けながら言った。
「甘い。四人分 宿代 足りない」
いつものぶっきらぼうな口調で、もっと採集しろと促される。僕は苦笑いしながら財布の事情を思い浮かべた。
「でも、ガハラの採集でかなり稼いだでしょう? まだかなり余裕があると思うんだけどな」
そう提案してみたものの、リーノが「だめ」と首を横に振ったため、僕の意見はあっさりと却下された。
まあ、街での生活の基盤を安定させるためにも、そして何より近々行われる野宿を伴う昇格試験のための買い出しのためにも、お金はいくらあっても困らない。
これからストックしているお金が、まるで羽根を生やしたように飛んでいく様子が目に浮かぶようだった。
街道に出ると、運良くヴァルハイトへ向かう馬車がやってきた。
今までは子供二人ということで御者の好意で無料にしてもらうこともあったけれど、今回は大人(リーノたちは十五歳ギリギリの大人という設定だ)が二人加わっている。
僅かばかりの運賃をきっちり支払って乗せてもらった。
城壁の大きな正門へとたどり着き、いつも顔を合わせる門番のバルナさんに挨拶をして、四人分の冒険者証を提示する。
「ん? 見かけない顔だな。俺はバルナだ、よろしくな」
バルナさんはリーノとフィーネの冒険者証を受け取り、顔写真を確かめるように二人を見つめた。
その瞬間、彼はその圧倒的な美貌に気圧されたように「お、おう……」と顔を赤くしてドギマギしだした。
何か鋭い突っ込みが入るかと一瞬どきどきしたけれど、難なく通過することができた。
美人の特権というやつかもしれない。
冒険者ギルドで無事に依頼完了を報告し、採集した薬草の換金を済ませると、僕たちは大急ぎで【安らぎの宿】へと戻った。
「お帰り! 今日早かったねぇ」
宿のドアを開けると、いつもの明るい声でクリアナさんが出迎えてくれた。そして僕たちの後ろに立つ二人に目を留める。
「新しい仲間かい?」
「はい、新しくメンバーに加わることになりました。私は、フィーネです」
「リーノ……、です」
二人の短い自己紹介に続いて、僕はあらかじめ用意していた”設定”を口にした。
「今日、僕たちが薬草を採集していたら、後ろからゴブリンが襲ってきそうになったんです。僕たち全然気づかなくて……そこを、このお二人に助けてもらったんです! それで色々と話していくうちに、お二人がヴァルハイトの街が初めてだということだったので、これから一緒に活動していくことになりました!」
「なんですって!?」
その瞬間、クリアナさんがカウンターから勢いよく飛び出してきた。
「ヤノス! リコル! 怪我はないのかい!?」
血相を変えたクリアナさんに、僕とリコルは力いっぱい強く抱きしめられる。
「「大丈夫です(よ)!」」
顔を上げ、僕たちの元気な顔を見てホッと安心したクリアナさんは、ようやく立ち上がってリーノとフィーネに向き直った。
「私はクリアナだよ。リーノさん、フィーネさん、今日はこの子たちを助けてくれて本当にありがとう! これから四人で活動するんだね、ヤノスとリコルのこと、どうか頼んだよ」
クリアナさんはどうにか平静を取り戻すと、カウンターの中へ戻っていつもの頼もしい女将の顔になった。
「今は裏の方で旦那のガスサスが夕食の準備をしてるよ。六時から食事がとれるから、その時に顔を合わせられると思う。……それで部屋の件だけどね、あいにく四人部屋が空いてなくてね。二人ずつ二部屋にするかい?」
「あの、今泊まっている部屋のベット、とても大きいですよね? 横向きに寝れば、四人並んでも大丈夫だと思うのですが、それではだめですか?」
僕がそう提案した瞬間、クリアナさんの顔が一瞬凍り付く。
いつも、夜は二つのベッドに四人で寝ているのだが、何かいけないことを言ったのかと心配になる。
リコルは大きく頷いているけど、リーノとフィーネは、呆れた顔で僕を見つめている。
クリアナさんにいたっては、口元をニヤニヤと歪めて僕を見つめていた。
年頃の美少女三人と同じベッドで雑魚寝しようというのは、どうやら男の僕が提案すべきことでは無いらしい。
「リーノさん、フィーネさん、それにリコルもそれでいいの?」
女将さんの言葉に三人が頷いてくれてほっとする。
「ふふ、まあ本人たちが良いって言うなら、狭くなるけどこっちは構わないよ。今は一泊二人で銀貨五枚だけど、四人になると本来は銀貨十枚、大銀貨で一枚になるね。でも、シーツの洗濯が少なくて済む分サービスして、銀貨九枚と大銅貨五枚にしとくよ!」
「ありがとうございます!」
リーノとフィーネの視線はちょっと痛かったけれど、これで無事に四人での活動の基盤が整った。
あとは、ギルドマスターのヴァルグドさんに言われた【パーティー名】を決めるだけだ。
◇ ◇ ◇
リーノとフィーネに冒険者証が発行され、四人での共同生活が始まってから、早いもので一週間が経った。
この世界のカレンダーは地球とは少し違っていて、一週間は六日、一ヶ月は五週でちょうど三十日になっている。曜日の名前は、火の日、水の日、風の日、土の日、森の日、そして”光の日”。
二日依頼を受けて一日休むという僕たちのペースにおいて、今日はその”光の日”――待ちに待った休日だった。
リーノとフィーネは「ちょっと出かけてくる」と言って宿を出たあと、人気の無い場所で姿を消して大樹の森へ様子を見に行ってしまった。
残された僕とリコルは、ヴァルハイトの街にある図書館へと足を運んでいた。
僕は、以前グリアードの街でアナエルさんから聞いた”創世”や”神の天罰”、そしてこの国について詳しく調べ物をするため。
リコルは魔法についてもっと深く学びたいらしく、とっくに魔法や魔法陣関連の分厚い専門書にかじりついている。
およそ二千五百年ほど前、この世界には確かに”創世”と称される大規模な厄災が下されたらしい。それが具体的にどのような天変地異だったのかという詳細な記録は残っていなかった。ただ、世界中のあらゆる動物が絶滅の危機に瀕したという記述があるだけだった。
人類も同様で、辛うじて生き残った僅かな者たちが力を合わせ、現在の繁栄を築き上げてきたのだという。これは宗教的な神話だけでなく、歴史学者たちの間でも共通の歴史認識のようだった。
(なぜだろう”創世”の時から後のことについては沢山の資料や調査が報告されているのに、創世以前のことになると、どこを探しても全く触れられていない。グリアードに残っているあの大規模な堤防を築くだけの技術を持った文明について、どうして歴史書には何も書かれていないのだろう……?)
歴史の闇にぽっかりと空いた不自然な空白に、静かな疑問の芽が膨らみかけていた、その時だった。
「おにぃ、そろそろ戻ろう?」
リコルから声をかけられ、僕は思考の海からハッと顔を上げた。
開け放たれた図書館の窓からは、優しく、けれど少し汗ばむような暖かい風が吹き込んでいた。
(ああ、そうか……)
この世界に来てから、もうずいぶんと旅をしてきた。
本を閉じて立ち上がると、肌を撫でるその風の匂いに、この世界で迎える二度目の夏の訪れを、僕は静かに実感するのだった。
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