第44話 ランクアップに向けて
幻の薬草ガハラの採集依頼を終えてから、僕たちの生活には一定の、心地よいリズムができていた。
二日ほど採集に出かけては、一日しっかりと休む。そんな過ごし方だ。
面白いのは休みの日のことだ。
大樹の森の様子がどうしても気になるのだろう。
宿の部屋にいるときは普通に実体化してのんびりしているリーノもフィーネも、いつの間にか姿を消して森へ戻っている。
そんな時、僕とリコルは農地を守る柵の外へと出かける。
フェンとファルを《エデンテーラ》から呼び出し、一緒に広野を走り回って遊んだり、魔物を狩って魔石を確保したりして過ごすのだ。
魔石は、将来お金が必要になったときにギルドで売ればいい。
そんな穏やかな生活を続けていた、ある日のことだ。
その日も採集してきたものを買い取ってもらい、ギルドから帰ろうとしたところで、受付のミリアさんに呼び止められた。
「お二人とも、少しお話があるのですがよろしいでしょうか?」
そう言って二階へと連れていかれた部屋は、あの重苦しいギルドマスター室ではなく、こぢんまりとした応接セットが置かれた、小さな談話室のような部屋だった。
「お話というのは、お二人の冒険者証のランクアップについてです」
「え、ランクアップですか? 僕たち、まだそんなに採集をこなしていないと思うのですが……」
僕の言葉に、隣でリコルも不思議そうに何度も深く頷いている。
「普通ならそうなのですが、お二人の場合、あのガハラの葉を最高品質で採集した功績が非常に大きく評価されています。あと一回か二回、通常通りの採集依頼をこなして薬草を持ち込んでいただければ、まずはEランクへの昇格権利が得られます」
「「Eランクへのランクアップ?」」
綺麗にハモって聞き返す僕たちに、ミリアさんは少し真剣な表情になって説明を続けた。
「ええ。ただ、Eランクへは”ランクアップ試験”が必要になります。その内容は、柵の外の森に入って魔物を討伐し、そこで一晩、野営をすることです」
「野営……。でも僕たち、この街へ来るときに【聖光の慈雨】のメンバーの人たちと二泊してきましたが……」
「その時の働きも高く評価されています。……ですが、あの時はAランクの冒険者パ-ティーが一緒でしたが、今回はお二人だけです。試験官が同行しているので、ある程度の安全は確保されますが、不慮の事故はつきものです」
僕とリコルは思わず顔を見合わせる。
「<子供だけの二人きりのパーティーで、夜間の襲撃に正しく対応できるか>が問われるのです。Eランクの依頼をこなすためには、野宿が必要になってきます。二人きりで夜を明かすのがどれほど危険か……正直、私も、お二人の安全が心配なのです」
『僕たちには《サーチ》に危機感知能力が合わさっているから、寝ずの番なんて必要ないけど……。普通の冒険者から見たら、子供二人きりで野営するのは、そりゃあ心許なく映るか!?』
『おにぃ、そうだね。心配してくれるのはありがたいけど……』
「わかりました。しっかりと考えておきます」
「はい、お二人が二人っきりでしっかりと活動されていることは、ギルドでも十分に把握し、高く評価しています。ただ、ルール上どうしても避けては通れない試験ですし……、安全に冒険者としての活動を続けて行くための、訓練でもあります。よろしくお願いしますね」
申し訳なさそうに説明を終えたミリアさんに挨拶をして、僕たちが談話室を出た、その瞬間だった。
「おう! そこにヤノスとリコルがいるんだろう。ちょっと部屋へ寄っていけ!」
廊下の奥から、いつもの野太い大声が響いてきた。
(どうせ呼び出すなら最初からあの部屋でミリアさんの説明を聞けばよかったのに……)
ついそのような思いが頭を過る。
しかし、それを口にしても何一つ得はないので、僕たちは諦めてギルドマスター室のドアを開けた。
「まあ、座れや」
いつものようにソファーに腰掛け、ギルドマスターのヴァルグドさんへと視線を向ける。
すると、彼は部屋の前にいたミリアさんに向かって短く命じた。
「ミリア、誰もこの部屋へ近づけないように頼む」
「はい、承知しました」
静かにドアが閉まり、ミリアさんの足音が遠ざかっていく。
部屋が完全な密室になったのを確認すると、ヴァルグドさんが重々しく口を開いた。
「ミリアからの説明は聞いたな。いいか、これからは、二人じゃどうしても手が足りん事態が起きる。街の外には強い魔物も、そして”邪怪”もいるからな」
その言葉に、僕たちの背筋がピリッと伸びた。
「この街から離れれば、方角によっては手強い魔物も現れる。二人だけで対応するには、どうしても手が足りなくなる事態が起こらないとも限らん」
『これって、僕やリコルに言われている言葉なのかな?』
僕は姿を消しているリーノとフィーネに念話を送った。
すると、ヴァルグドさんは目を少し伏せ、絞り出すようにこう言った。
「……分かっているはずだ。助けたいときに、力が足りなくて助けられない辛さを」
その言葉が落ちた瞬間、僕のすぐ隣の空気がふっと揺れた。
光の粒子が融け合うようにして、いつの間にかリーノが、そしてフィーネが、その姿を現した。
二人とも、どこか遠い目をしながら、静かに、けれど強い覚悟を宿した表情で佇んでいる。
「わかった。……フィーネ、私たち もういいね?」
「リーノ。私も異論はないわ」
「え……!? 二人とも、どうして姿を現したの? それに、ギルドマスターは二人のことを最初から知っていたの?」
突然の展開に、僕とリコルは驚いてソファーから腰を浮かせかけた。
姿を現したリーノは、僕たちを見て小さく微笑んだ。
「いつか ちゃんと話す そろそろ姿を現す 必要と思ってた」
「そうだな」
ヴァルグドさんが、深く深く頷く。
「これからは陰で見守るだけでは難しい場面が、嫌でも増えていく。……それはそうと、リーノ様、話し言葉が?」
ゴツン!!!
凄まじい破壊音とともに、リーノの拳がヴァルグドさんの頭上へと炸裂した。
「ってえええええ!!? ……もうちょっと優しくしてくれても……! コホン、おいミリア! 冒険者の登録用紙を二枚、持って上がってきてくれ!」
頭をさすりながら、ヴァルグドさんが机の上の魔道具のようなものに向かって叫んだ。
しばらくすると、廊下を近づく素早い足音が聞こえ、ノックとともにドアが開いた。
「冒険者の登録用紙をお持ち……しまし……た……!?」
部屋へと足を踏み入れたミリアさんが、リーノとフィーネの姿を見た瞬間、目と口を限界まで大きく見開いてカチコチに固まった。
無理もない。
案内したときは、二人だったのだ。
美女二人が、いきなり部屋の中に増えているのだから。
「ヤノスとリコルの、新しいパーティーメンバーだ。登録を頼む。……分かっているな、これは、まあ、”そういうこと”だ」
ヴァルグドさんの言葉に、ミリアさんはハッと我に返り、何度も大きく首を縦に振った。
そして、緊張で少し手を震わせながら、リーノとフィーネの前に登録用紙を配り、記入箇所を丁寧に説明し始めた。
「ミリアにはな、ヤノスたちに関する一切の情報を他言することを禁じている。だが、それだけじゃない。ミリア自身、お前たちを担当できることを心から喜んで、その条件に同意してくれたんだ。今後とも、何か困ったことがあれば遠慮なくミリアを頼るといい」
ギルドマスターの言葉に、ミリアさんの体に一瞬だけ緊張が走る。
しかし、すぐに僕たちに向き直ると、冒険者登録用紙に記入された名前を確認しながら、とびきり優しく頼もしい笑顔を向けてくれた。
「はい! ヤノスくん、リコルちゃん。それと、リーノ様、フィーネ様。私にできることでしたら、全力でお手伝いをさせていただきます!」
「「ありがとうございます、ミリアさん!」」
「よろしくお願いしますね。ミリアさん」
「よろしく」
僕とリコルに続き、フィーネとリーノも、ミリアさんの言葉に力強く頷き返した。
「でも、リーノもフィーネも今日登録したばかりなのに、いいんですか? 僕たちはあのガハラの功績があるけど……」
「それも問題ない。お前たちの今までの功績は、全て新しく結成する”パーティーとしての功績”に統合できるように手続きをしてある。……おっと、そうだ。そうなると、パーティー名を早く決めてくれ。次に来たときにでも、ミリアに伝えておいてくれ」
「パーティー名……!?」
その後に続いたヴァルグドさんの説明は、右から左へとそのまま通り抜けていった。
僕の思考の全ては、「一体どんなパーティー名にすれば、みんなが気に入ってくれるだろうか」という、初めての悩ましい課題へと割り振られていた。




