第43話 お説教
フェンとファルに乗せてもらい、道の近くまでくる。
サーチにこちらに近づいてくる馬車の気配を感知した。
僕たちはすぐに二匹の背から降りる。
フェンとファルには《エデンテーラ》の中に入ってもらい、リーノとフィーネは姿を消した。
ちょうどやってきた馬車に運良く乗せてもらうことができ、僕たちは無事ヴァルハイトの街へと戻ることができた。
無事に街へ着き、薬草を納品しようと冒険者ギルドに入ると、受付のミリアさんが血相を変えて僕たちの元へと駆け寄ってきた。
「私についてきてください」
有無を言わさぬ力強さ。ミリアさんはそのまま僕たちを引き連れて、二階へと上がる階段を早足で上っていく。
驚きながらもついていくと、階段の途中でミリアさんが少し表情を和らげて言った。
「ヤノスくんとリコルちゃんのお世話は、正式に私が担当することになりました。改めて、よろしくお願いしますね」
「「よろしくお願いします」」
ミリアさんのただならぬ迫力に押され、僕とリコルは声を揃えて返事をしてしまう。
すると、ミリアさんは周囲を気にするようにして、さらに小声で話しかけてきた。
「あの……すみませんが、お二人がお休みされる日を、前もって私に教えてもらえませんか? その日を、私の休みの日に合わせたいので……」
本当に申し訳なさそうな顔でお願いされる。
「「もちろんです」」
僕たちが笑顔で返事を返すと、ミリアさんはホッとしたように胸をなでおろしつつ、困り顔で理由を明かしてくれた。
「実は、今日の朝の報告をギルドマスターに提出したら、すぐに呼び出されまして。ガハラの採集依頼をお二人が受けられたことを報告書でお知りになり、<戻ってこられたら、依頼の報告をする前にすぐさま部屋まで連れてくるように>と言明されたのです。そのとき併せて、お二人を他の職員が対応することがないようにと、強く命じられたのです」
声を潜めて伝えてくるミリアさんには、どこか悲壮感すら漂っていた。
ギルドマスターから相当な勢いで詰め寄られたのだろう。
「あっ、でも! お二人を担当するのが嫌だとか、そういうことでは絶対にありませんからね! そこは勘違いしないでください!」
慌てて説明してくるミリアさんだったが、そうこうしているうちに、僕たちはギルドマスター室の前に到着していた。
「お二人をお連れしました」
ドアをノックしてミリアさんが声をかけると、中からすぐに「入れ」と重々しい声が返ってきた。
部屋に入ると、いつものように山積みの書類と格闘していたギルドマスターが、すぐに腰を上げて近づいてきた。
そして、執務机ではなく、応接用のソファーに座るようにと目配せをくれる。
「ありがとうミリア。もう少し付き合ってくれ」
そう言ったあと、どっしりとソファーに腰を下ろしたギルドマスターが、鋭い眼光を僕たちに向けた。
「で、採集してきたものを出してもらおうか」
ただのFランクの薬草採集にしては、あまりにも仰々しい空気だ。
僕はリコルと顔を見合わせて頷き、アイテムボックスから薬草のヨモハギ、クダミ、マクナを取り出してテーブルに並べていった。
ギルドマスターがミリアさんに視線を移すと、彼女は慣れた手つきで薬草を鑑定し、数を数えていく。
「どれも完璧な採集です。泥や傷もなく、最高レベルの品質ですね」
「……で、それだけではないんだよな!」
ギルドマスターの目が、さらに細められる。
その威圧感に、思わず心の中で助けを呼んだ。
『リーノ。フィーネ。このおじさん、ちょっと怖いんだけど』
二人に助け船を求めて念話を送ってみたが、
『心配ない』
リーノのその一言だけで、あっさりと片付けられてしまった。
仕方なく、僕はもう一度リコルと目を合わせ、覚悟を決めて頷き合う。
そして、残る一つの薬草――本命のガハラを取り出し、テーブルの上にそっと置いた。
テーブルに提出された、青々とした美しいガハラの葉。
それを見た瞬間、ギルドマスターとミリアさんの動きがピタリと止まり、二人は食い入るようにその葉を見つめた。
「ギルドマスター……私、ガハラの実物を一度も見たことがないのですが……」
「わしも長い人生、これでまだ二度目だ」
ギルドマスターが実物を見たことがあること自体に驚いたのか、あるいは、あれほど長く生きている彼でさえ”二度目”という稀少さに驚いたのか。
ミリアさんが信じられないものを見るような目で、ギルドマスターを見つめている。
「間違いない。正真正銘、ガハラの葉だ。葉から漏れ出る魔素の圧倒的な濃さが、それを証明している」
ギルドマスターは深く息を吐き出すと、隣のミリアさんを振り返った。
「ミリア、用意してあったものと、他の薬草の買い取り金額を合わせて持ってきてくれ」
「はい。すぐに持ってまいります」
ミリアさんが部屋を出ていくと、静まり返った部屋の中で、ギルドマスターがじっと僕たちを見つめてきた。
「なぜ、お前たちを直接ここへ呼んだか、わかるか?」
その剣幕に圧倒されて、僕とリコルはただ首を横に振ることしかできなかった。
「あのな。このガハラの葉が”幻の薬草”と呼ばれている理由は知っているな?」
コクコクと頷く僕たちに、彼はソファーの背もたれに体を預けながら語り始めた。
「狼人族は長命種でな。俺はすでに二百五十歳を超えている。今から五百年前――歴史上最後にこの薬草が持ち帰られたと言われている。その残りのわずか一枚が、二百年前になって奇跡的に見つかり、たまたま居合わせた俺が目にすることができたに過ぎん。薬剤として調合される前の、最後の最後の一枚をな」
ギルドマスターは、今度は僕たちの目を一人ずつ、強く凝視するようにして言葉を続けた。
「俺の言っている意味が、わかるな!」
僕はリコルを見やり、リコルも僕を見つめ返してくる。
お互いの頭の上に「?」が浮かんでいるのが見えるくらい、僕たちは困惑していた。
そんな僕たちの様子を見て、ギルドマスターは心底がっかりしたように、大きな、大きなため息をついた。
その盛大なため息に、僕とリコルは思わず身をすくめた。
「はぁ……! いいか! 俺が偶然見ることができたのが、およそ五百年前の最後の残骸だ。人間の寿命はいくらだ? わかったか! 普通の人間なら一生かかっても絶対にお目にかかれない、歴史の遺物レベルの代物なんだよ! その薬草を、子供の冒険者が<はい、採ってきました>とギルドの一般受付に出してみろ。どうなる?」
ギルドマスターの言葉が、少しずつ熱を帯びていく。
「<あいつらは幻の薬草の群生地を知っている>……そう知った瞬間、一攫千金を狙って、お前らを襲おうとする連中が、国中からわんさか現れるんだぞ!」
そこでようやく、僕たちの理解が追いついた。
……けれど、そんなに物騒な奴らが襲ってくるなら、片っ端から返り討ちにして片付けたらいいだけの話なんじゃ……とも思う。
「「そんなやつは――」」
僕とリコルが同時に言いかけると、
「ばっか野郎!!」
部屋が震えるほどの大声で怒鳴られた。
あまりの威圧感に、僕とリコルはびくっと肩を揺らす。
「国中の……いや、この世界のどこへ逃げても、お前らを連れ去って、どんな過酷な拷問にかけてでもガハラの場所を吐かせようとする奴らの影がつきまとうんだぞ! お前ら、そんな暮らしをしながら安心して生活できるのか!」
その言葉に、僕は思わず黙り込んだ。
確かに、索敵魔法があれば、どんな不意打ちだって事前に察知できる。
けれど、そんな四面楚歌の状態で、リコルやリーノ、フィーネたちとの穏やかな日常を守れるだろうか。
『あの大樹の森での生活をまた強制されるのは、私は絶対に嫌だわ!』
リコルの念話が届く。
僕も同じ気持ちだった。
せっかく人間の街に来て、ようやく新しい生活が始まったのだ。
毎日誰かに狙われる殺伐とした日々なんて、絶対に御免だ。
僕たちはしぶしぶながら、ギルドマスターの言い分に深く納得し、素直に頷くことにした。
「……お前ら、本当になあ……」
僕たちの様子を見て、ギルドマスターは心底呆れたように頭を抱えた。
その絶妙に気まずい沈黙を遮るように、小気味よいノックの音が響き、ドアが開けられた。
「すみません、お待たせいたしました。お二人への報酬の準備ができました」
救世主、ミリアさんの登場だ。
張り詰めていた部屋の空気が、一瞬で柔らかくなる。
「ヨモハギ、クダミ、マクナの採集料、そしてガハラの緊急依頼料を合わせて……大金貨五枚、金貨五枚、銀貨六枚、大銅貨六枚になります。内訳の説明は必要ですか?」
「「だ、大丈夫です!」」
ここで長居して、またギルドマスターに説教を食らうのは避けたい。
僕たちはさっさと報酬の入った革袋を受け取り、立ち上がった。
「「ありがとうございます!」」
僕たちは素早くギルドマスターに一礼すると、逃げるような早さでその部屋を退出するのだった。




