第42話 エデンテーラ
大樹の家へ入ると、そこには見慣れない美しい女性が静かに立っていた。
フィーネと同じように、鮮やかな緑色の魔素が、彼女の体の周りを淡く光らせている。
「ハーネ。ご苦労さま。私たちがいない間、どうだった?」
「フィーネ様。何の問題もありません。動物たちともすっかり仲良くなり、毎日の診療が本当に大変なくらいです」
「ふふ、ありがとうね」
フィーネは嬉しそうに微笑むと、僕とリコルの不審そうな顔に気づいて彼女を紹介してくれた。
「あ、そうだったわね。彼女はハーネ。上級の森の精霊よ。私たちが森を出た後の管理を任せているの」
「ハーネと申します。よろしくお願いいたします」
「「ハーネさん。よろしくお願いします」」
「ヤノスです」
「リコルです」
丁寧にお辞儀をする彼女に、僕とリコルも挨拶を返す。
「毎日の診療は大変でしょうが、動物たちのこと、よろしくお願いします」
「皆様の代わりはとてもできませんが、代役として少しでもお役に立てますよう、精一杯頑張らせていただきます」
頭を下げるハーネに、こちらももう一度深く頭を下げた。
そういえば、フィーネがこれまでの訓練の途中で時々姿を消していたのは――こうしてハーネに森の管理を引き継ぐための準備や手助けをしていたからだったのか。
にっこりと微笑むフィーネの表情を見て合点がいった。
そんな挨拶を交わしている間も、フェンは僕の足元に1ミリも離れたくないとしがみつき、リコルの足にはファルが必死にしがみついたままだ。
「ねえ。フェンとファルがどうしても離れてくれないよ」
困り果てて相談すると、リーノが少し考え込むように目を閉じた。やがて、その透き通った瞳を開けると、僕とリコルを見てゆっくりと口を開いた。
「エデンテーラ、できる?」
その言葉に、僕はハッとした。
アイテムボックスの魔法を教わっているときに、一緒に習った、あの特殊な空間魔法だ。
生命を宿しているものを入れられない通常のアイテムボックスとは違い、《エデンテーラ》はこの世界と全く同じ環境の”別の亜空間”を作り出すことができる。
魔素にあふれ、植物も水もあり、動物たちが何不自由なく過ごすことができる大地を作り出す魔法。
「僕は、空間自体を広げることは得意なんだけど、それを”維持”するのが難しくて、すぐに霧散しちゃうんだ」
「私、おにぃと少し違っていて。作り出せる空間は狭いけど、その空間の”維持”なら問題なくずっとできるの」
「二人で やったら!?」
リーノの言葉に、僕とリコルは思わず顔を見合わせた。
「え? 二人でやるって?」
「凄いじゃない! そうよ、二人で一つのエデンテーラ空間を”融合”させて作り出せばいいのよ! ヤノスの広い空間を、リコルの維持する力で支えていくの。お互いの最大の特徴を掛け合わせるのよ」
急に話が大きくなって、僕とリコルは思わず息をのんだ。
「リーノはヤノスを手伝って、私がリコルを手伝うわ。力を合わせて魔法を融合させるには、お互いの体内魔素を完全に交流させ、二人のイメージを重ね合わせて一つの魔法にするの」
簡単に言われるが、なかなかイメージを重ね合わせることができない。
「いい? ヤノスはどこまでも広い空間を想像して! リコルはその空間に、永遠に続く維持の感覚を加えて!」
リーノの七色の魔素が僕の体内へと優しく流れ込み、リコルにはフィーネの緑色の魔素が誘導するように巡っていく。
僕とリコルはそっと手を繋ぎ、体内魔素を静かに交流させ、頭の中のイメージを完璧に重ね合わせた。
その、融合の瞬間だった。
僕たちの繋いだ手のひらの間から、リーノの七色でも、フィーネの緑色でもない――眩いばかりの、純粋な”白い光!”が激しく弾けた。
「っ……!?」
背後で、リーノとフィーネが小さく息を呑む気配が、ハッキリと伝わってきた。
これが、ヤノスとリコルだけが持つ”無色(白)の体内魔素”の力。
あらゆる性質の魔法、あらゆる属性のエネルギーを一つに融け合わせ、まったく新しい魔法を創造する――その唯一無二の特性が、今ここで初めて目覚めたのだ。
次の瞬間、目の前に完全に安定した《エデンテーラ》のゲートが出現した。
その光の向こうを覗き込むと、大樹の森と見紛うばかりの巨大な木と、その下に広がる青々とした美しい野原が見える。
そしてそれを取り囲む広大な森の大地が、完璧な調和を保って息づいていた。
「では早速、外の親御さんたちに、フェンとファルを連れて行くことの許しをもらってくるわね」
そう言ってフィーネが一度姿を消し、しばらくすると外の方からフィーネの声が聞こえた。
僕たちが大樹の家を出ると、そこには一頭の重厚なフェンリルと、一羽の神々しいグリフォンが、厳かな雰囲気をまとって静かに佇んでいた。
「ここにいても、さらなる成長は難しい。どうか、息子のことを頼みます」
「お転婆ですが、本当は優しい子です。娘のことを、よろしくお願いします」
世界最強の一角たる聖獣たちの、魂が震えるほどの威厳に満ちた親としての念話。
「「僕(私)たちこそ。二人がついてきてくれると本当に心強いです。大切にします」」
今までの展開が読めずにおろおろしていたフェンとファルが、ここでようやく「一緒にいける」と気づいたようで、嬉しそうに歓声の声をあげ、喜びを爆発させていた。
「では、出発します!」
手を振って別れを惜しむハーネや動物たちに見送られながら、僕たちはリーノの転移魔法で移動する。
ヴァルハイトの街から少し離れた、人目のない林へと一瞬のうちに視界が変わる。
エデンテーラから外へとひょっこり顔を出したフェンとファルは、大樹の森以外の外の世界を見るのは初めてで、あちこちに鼻先を向けながら物珍しそうにあたりを見回している。
「フェン、ファル。少し遊んできていいわよ。でも、私たちの念話が届いたら、すぐに戻ってこられるようにしておくのよ。近くの街道に出たら、街の手前まで私たちを乗せて運んでね」
嬉しそうに大きく頷いたフェンとファルは、弾んだ足取りで、初めて体験する外の森の中へと興味深そうに散策へと駆け出していくのだった。




