第41話 幻の薬草
ミリアさんからの助言を受け、二日間は大人しく休もうとしたけれど。
Fランクに上がったことが嬉しくて、どんな依頼があるのかという好奇心に押し切られてしまった。
結局、一日休んだだけで、朝六時からの朝食を一番に済ませて、冒険者ギルドへやってきた。
「え。一昨日言ったよね。休みが大切だって」
ギルドに入った瞬間、僕たちを見つけたミリアさんの鋭い視線が突き刺さる。僕とリコルは、その冷ややかな視線を必死に耐えながら応えた。
「「大丈夫、休んだから」」
ため息とともに、諦めに似た苦笑いを浮かべたミリアさんが、仕方ないわねという思いを込めて言葉をかけてくれる。
「ところで、今日は、Fランクの依頼を受けに来たの?」
「「はい! そうです!」」
またも小さくため息をついて、ミリアさんが僕たちの受けられる依頼を説明し始める。
「Fランクの依頼は、採取依頼が中心ね。ヨモハギは傷薬になる薬草、クダミは毒消しになる薬草、マクナは魔法使いの魔力を補充してくれる薬になる薬草。これらの薬草は常に補充が必要だから、採集してきた数に応じて依頼達成料が支払われるわ」
今までの内容が僕たちの頭の中に浸透するのを待って、ミリアさんが更に話を続ける。
「それと、これがそれぞれの薬草の採集の仕方が載った資料ね。これをあげるから、あまり遠くに出かけないで採集してくると良いわ」
「これらの薬草は、柵の中の農地にあるのですか?」
リコルが鋭い質問をしてくれた。
「農地内はもう取り尽くされているし、農地として管理されているからほとんど採れないと思っていいわ。農地の外、柵の外側なら、それほど遠く離れなくても採集できるはずよ」
その説明にほっとして、ふとミリアさんの後ろの壁に目を向けた。大きな壁紙に、ひときわ目立つ大きな字で書かれた依頼書が目に入る。
――ガハラの採集。葉1枚、大金貨5枚。
「あの、ミリアさん。後ろの大きな依頼書は何ですか?」
振り返って壁を確認したミリアさんが、少し真剣な顔になって説明してくれる。
「この依頼は、昨日の夕方に出された緊急依頼なんだけどね。この、”ガハラ”という薬草は”幻の薬草”とも言われていて、難病の一つに絶大な効果をもたらせるとされているの。ここ数十年……いや、百年以上かな? 一度も見つかっていない薬草だから、そう呼ばれているのよ」
僕は、ミリアさんの説明を聞きながらも、その”ガハラ”という薬草のスケッチから目が離せない。
「緊急の依頼だから大金貨五枚という破格の報酬になっているわ。また、”幻の薬草”とまで言われているものの採取依頼だから、失敗した時のペナルティーは大分軽くなるように設定されてはいるわ。……とはいっても、引き受けるのは自由だけど、あまりお薦めはしないわね」
依頼書の説明書きを読めば、「地面に生息している植物ではなく、木の枝などに寄生する宿り木である」とあった。
『ねえ。このガハラって言う薬草、あの大樹を登っているときの……そう、リコルに飲ませたあの薬草だよね』
僕が念話を送ると、即座に返事があった。
『『間違いない(わね)』』
リーノとフィーネの返事は確信に満ちていた。
(……それにしても、人間の世界では百年以上も見つかっていない幻の薬草が、どうしてあの大樹の森には、当たり前のように生い茂っているんだろう?)
そんな世界の歪みのような違和感が頭をよぎったが、今は目の前の依頼だ。
「「その依頼受けます」」
金額に引きつけられたこともある。
しかし、難病に苦しむ誰かが、藁にもすがる思いで出した依頼なのだろう。
その僅かな望みに応えたいと思った。
「いいわね。この依頼はペナルティーが軽く設定されているとは言っても、失敗すればそれなりに罰則はあるのよ。本当にいいのね?」
心から心配そうな顔で尋ねてくるミリアさんに、僕とリコルは元気いっぱい頷いた。
◇ ◇ ◇
農地を囲む柵の外にでた僕たちは、リーノとフィーネ、特にフィーネの助けもあって、ヨモハギ、クダミ、マクナを順調に採集していった。
それぞれ目標の二十枚ずつを採集し終え、いよいよ本命であるガハラを採集するために大樹の森へ向かう。
僕とリコルがいつものように歩いて向かおうとすると、後ろから呆れたような声で呼び止められた。
「何をしてるの。歩いて行くなんて、そんなだるいことしないわよ」
振り返ると、周囲に人目が無いことを確認して姿を現したリーノとフィーネが目の前に立っていた。
「移動する」
「《ワープ》」
その声が聞こえた瞬間、目の前の景色がぐにゃりと歪み、体中が不快感で悲鳴を上げそうになる。
しかし、その不快感は一瞬で消え去り、次の瞬間には見慣れた、あの大樹の家の中へと景色が変わっていた。
「「いまの何?」」
「《ワープ》よ。一度行ったことがある場所には、瞬間的に移動できるの」
フィーネが胸を張って答える。
あまりの便利さに納得しそうになったその瞬間、僕とリコルの頭の中に、これまでの地獄のようなしごきの記憶がフラッシュバックした。
「「じゃあ! あの時、あの崖をわざわざ登らなくてよかったわけ!!」」
リコルと同時に発せられた苦情に、リーノとフィーネはあからさまに顔をそらして、聞こえなかったふりをするのだった。
「まあ、いい。まずはガハラを採ってくる」
そう言って大樹の部屋を出ると、そこには森中の動物と思われる、野原を埋め尽くすほどの動物たちが集まっていた。
「ご、ごめんね。しばらく戻ってこれなくて、僕は大切な依頼があって大樹を登らなければならないから。僕たち以外の人に話があったら言ってね」
逃げるが勝ちである。
僕はすぐに大樹の幹へと取り付き、慎重に、慎重に時間をかけて上っていく。横を見ると、リコルも同じように超慎重に大樹を上っていた。
ゆっくりと時間をかけて慎重に大樹を登り、目的のガハラの葉を見つけた。
依頼は一枚だったが、《収納魔法》に保管しておけば劣化はしないので、余分に二枚採集する。
貴重な種の保護のために、違う株から採集した。
そして、登った時以上に慎重に慎重を期して、安全に木を降りていった。
大樹を降りきると、地上で見守っていただけのリーノとフィーネが、無数の動物たちに木無茶にされたらしく、ゲッソリと疲れた顔をしていた。
『おにぃ、作戦大成功だね!』
『ああ。動物たちの相手、作戦通り押しつけられた』
僕とリコルはこっそりと視線を交わし、心の中でハイタッチを決める。
過酷なしごきと《ワープ》を隠していたことへの、ささやかな意趣返し完了である。
魂が抜けかけた二人を無視して大樹の家に入ろうとすると、足下にまとわりつく感触があった。
僕の足元にはフェンが嬉しそうにいななきながら、何かを訴えるように体を擦りつけている。
リコルの足にはファルが必死にしがみついていた。
「フェン」
「ファル」
その呼びかけに、喜びを爆発させて抱きついてくるフェンとファル。
彼らの健気な愛情表現に応えずにはいられず、僕とリコルは愛おしそうに二匹を抱きしめた。
どうしても僕たちから離れようとしないフェンとファル。
仕方がないので、僕たちは一度二匹を大樹の家の中へと招待することにした。




