第37話 冒険者登録
執務室のソファーでしばらく待っていると、服を着替えたギルドマスターと、ミリアさんが部屋に戻ってきた。
ミリアさんは僕とリコルの前に数枚の書類を綺麗に並べた。
「これが冒険者登録のための書類です。各項目に必要な事項を記入していただき、それを受けて正式に冒険者証を発行いたしますね」
「ミリア、すまんがこの部屋で、【聖光の慈雨】の連中から報告を聞きたい。別の部屋で子供たちの書類を書いてもらってくれ。冒険者証ができたら、ギルドの基本についての説明も頼む」
「承知いたしました。ヤノス様、リコル様、別の部屋へ移動しますのでついてきてください」
ミリアさんに連れられて隣の事務室へと移動した僕たちは、必要事項を記入していった。
やがて手渡されたのは、鈍い光沢を放つGランクの冒険者証だった。
「あなたたち、本当によかったわね。実は、十五歳未満の子供にGランクの冒険者証を発行しているのは、このヴァルハイトの街の冒険者ギルドだけなのよ」
「えっ、そうなんですか?」
思わず僕とリコルは顔を見合わせた。
「ええ……十五歳に満たない子供たちでも、ある程度武器を扱える技量があるのなら、冒険者として働くことで生活の資金を稼げるようにしているの。これも一つの貧困者対策ね。――もっとも、冒険者にならなくても、この街へ入るときに見てきたでしょう? 外壁の周りに広がっている広大な農地で、働くこともできるようにはなっているわ」
「もし、私たちが冒険者になっていなかったら、その農地で働いて生活できたんですか?」
リコルの率直な質問に、ミリアさんは少しだけ唇を噛み締め、言うべきかどうか迷うような素振りを見せた後、静かに言葉を続けてくれた。
「農地で働くのも、決して危険がないわけではないわ。だから、あそこで働くには大人の”承諾書”が必要なの。そのため、身寄りのない子供の場合は一度孤児院へ入る必要があったわね。……冒険者は、あくまでも”自己責任”という原則が大きいから、子供の意思だけでも登録できるのよ」
なるほど、自由の裏にはそれだけの重い責任があるということか。
思わず小さくため息をつく僕とリコルに、ミリアさんは包み込むような優しい笑顔を向けてくれた。
「冒険者は、ギルドの掲示板にある”依頼”を受けて活動します。依頼を達成することで報酬を得られるわ。採集した薬草や、討伐した魔物の素材を買い取ってもらうことでもお金を得られるの。ただし、Gランクの冒険者は、安全のために”外壁の中か柵の内側での依頼”しか単独では受けられないわ。柵の外へ出る依頼の場合は、Eランク以上の冒険者の同行が義務づけられているの」
「ランクによって、受ける依頼の内容も変わるんですか?」
「ええ。Fランクは街の雑用や薬草の採集がほとんどで、Eランクから本格的な魔物の討伐が入ってくるわ。ここまでの説明で、何か分からないことはあるかしら?」
テキパキと、けれど僕たちを気遣いながら説明してくれるミリアさん。
だめだ、前世の大人の感情が少しずつ薄れ、子供としての素直な感情が多くを占めるようになってきている。今の僕にとって、このお姉さんらしい優しさと可愛さの破壊力は凄まじい。内心の萌え度が完全にマックスに達していた。
そんな鼻の下を伸ばしかけている僕の様子に、気付かないリコルは、ミリアさんへ質問を重ねている。
「明日から、冒険者として活動するとして、具体的にはどんな依頼がありますか?」
リコルのあまりにも積極的で容赦のない質問攻めに、ミリアさんは少しだけ唖然としたように目を丸くしていた。
その時、ドアの外からギルドマスターの図太い声が響いた。
「よぉ! 話が終わったぞ。冒険者についての説明は聞いたか?」
僕が頷くと、リコルも同じように頷いていた。
「じゃあ、二人とも、戻ってきてくれ」
僕は、リコルの質問攻めから救われたような気持ちになりながら、リコルと共にヴァルグドさんの執務室へと戻った。
「【聖光の慈雨】との報告会は終わった。ところで坊主、いやヤノスとリコル。お前たち、今日の宿はもう決めているのか?」
「えっ!? いえ、まだ決めていません」
「おう、そうか。ならちょっと待ってろ。紹介状を書いてやる」
ヴァルグドさんは手早く羊皮紙にペンを走らせると、僕たちに手渡してくれた。
「場所はここだ。【安らぎの館】っていうのがその宿の名前だ。ここからそう遠くないし、料金も良心的で飯も美味い。そこにするといい」
「えっ? ギルドマスター、あの宿って――」
セルフィーさんが何か言いかけた声を、ヴァルグドさんは大きな手で遮った。
「俺の紹介状を持って行けば大丈夫だ。荒くれ者の冒険者が騒ぐような宿より、子供の二人にはあそこが良いだろう。……そろそろ、良い頃合いなんだ」
最後の言葉が何を指しているのかは分からなかった。
だが、ギルドマスターの少し寂しげな、そして何かを決意したような独特の声音が妙に耳に残った。
僕たちは彼の言葉に従って、その宿に泊まることに決めたのだった。
『ヤノス、ここに来るまでに討伐した魔物の素材を持っているでしょう? それをギルドの一階にある買い取り窓口に出すといいわ。まずはそれで、しばらくの間の宿代と生活費にはなるはずよ』
背後から聞こえたフィーネさんのありがたい助言に、僕は心の中で深く感謝した。
僕たちは執務室の全員に丁寧に頭を下げると、さっそく当面の生活資金を手に入れるため、ギルドの一階へと向かうのだった。




