第36話 ギルドマスター戦
「おにぃ。――負けちゃった」
少し頬を赤くし、はにかみながら戻ってきたリコルを、僕たちみんなで出迎えて励ます。
「良かったよ。練習の成果がしっかり反映されていたよ」
『良かった。よく大剣をいなしてた』
『しっかり受けていたじゃない。攻撃も鋭かったわよ』
「……攻撃を、もっともっと訓練しなくちゃ」
ちょっぴり悔しさを滲ませるリコルの頭を、僕は優しく撫でてやった。
「じゃ、僕の番だね。――いってくるよ」 f
そう言って、僕はギルドマスター・ヴァルグドさんの前に進み出た。
「リコルちゃん凄かったよ」
「うむ。素晴らしい剣さばきであった」
【聖光の慈雨】のメンバーがリコルの善戦をたたえている声が、背後で聞こえる。
いままで観戦気分で見ていた冒険者も、小さなリコルの予想を遙かに超えた戦いぶりに静まりかえっている。
リコルが先に戦ってくれたお陰で、相手の動きを目で追うことができたし、その鋭い剣筋も頭に残っている。
あれがギルドマスターの全力だとは思わない。
しかし、少し攻撃力を上げてきたとしても、リーノやフィーネの容赦のない剣に比べれば十分に対処可能だ。
『リーノ。フィーネ。――あれ、試してみるよ』
心の中で二人に念話を送り、僕は訓練用の剣を握り締める。
「よろしくお願いします」
丁寧に頭を下げるが、相手から目は離さない。
そのまま視線をそらさず、ギルドマスターに向かって剣を構える。
無駄な力が一切抜けた、隙のない構え。
力は入っていないが、瞬時に動き出すことができる準備万端の状態だ。
かつてフィーネから「見事な構えね」と褒められたことのある姿勢だ。
『観てるわ。しっかりやりなさい』
『いままでの成果を発揮する!』
フィーネとリーノからの力強い念話が返ってきた、その瞬間だった。
僕の構えを見た瞬間。
ギルドマスターの顔に、執務室の時に見せた動揺とは比べものにならないほどの、驚愕の表情が浮かんだ。
カッと見開かれた彼の目が、なぜか微かに潤んでいるように僕の目には見えた。
静止する僕たち二人の間に、促すようなミリアさんの鋭い声が会場内に響く。
「――はじめ!」
その声と同時に、ヴァルグドさんは大きく一歩足を踏み鳴らし、頭を一つ振った。
次の瞬間、リコルの時とは比べものにならない凄まじい速度で、僕の懐へと切り込んできた。
初の一撃、そして二撃目。
それは僕の出方を見るような軽い打ち込みだった。
僕は無理に受け止めず、最小限の動きで相手の剣筋をわずかにずらして対応する。
(――次、本気が来る)
直感が告げた瞬間、空気が切り裂かれる音と共に重い一撃が上段から振り下ろされた。
けれど、その大剣が動き出した瞬間には、僕はすでに体の重心の位置をわずかにずらしていた。
打ち込まれる大剣の刃を、僕の剣の背でなぞるように受け流す。
相手の乗せてきた力そのものを利用して、その軌道を僕の左側へと受け流す。
――キィィィン!!
鋭い接触音が響く。
ヴァルグドさんは左へとそらされた大剣の勢いを殺しきれない。
それでも咄嗟に無防備となった右頭部を守るように、大剣を縦に構え直す。
そして、すぐさま僕からの反撃の衝撃に備える姿勢を取る。
歴戦の戦士らしい、隙のない防御の構えだ。
僕の上段からの剣が、彼の待ち受ける大剣に当たると誰もが思った、まさにその刹那。
――ヴァルグドさんの目の前から、僕の剣は完全に消える。
「っ……!?」
ヴァルグドさんが感じ取った攻撃は、虚像を伴う完璧なフェイクだ。
打ち付けられると思った剣がそこにはない。
彼が息を呑んだ時には、すでに全てが決していた。
ヴァルグドさんが打ち込まれる剣に向けて備えた、強固な盾のようになった大剣には何の手応えもない。
見えていた剣筋とは全く違う、右の脇腹にひんやりとした訓練用の刃がピタリと当てられていたのだ。
「――そこまで! 勝負あり!」
静まり返った訓練場に、ミリアさんの制止の声が響き渡る。
一瞬の静寂の後、「おおおーっ!?」という地響きのような歓声が周囲の冒険者たちから沸き起こった。
「ありがとうございました」
僕は剣を引き、丁寧に後ずさりをして一礼した。
そのまま後ろを向き、待っているリコルの方へと歩み寄ろうとした、その時だった。
「……ありがとうな」
背後から、掠れたような小さな声が聞こえた気がした。
驚いて後ろを振り返ってみる。
しかし、そこにはすでに背中を向け、遠ざかっていくギルドマスターの後ろ姿があるだけだった。
その目から一筋の涙が零れ落ちていたことに、周囲の驚きと歓喜の賑わいにかき消され、誰一人として気づく者は誰もいなかった。
「おにぃ! やったね、すごいよ!」
満面の笑みを浮かべたリコルが、両手を広げて迎えてくれた。
『あたりまえ』
『本当によくやったわね。練習の時はまだ少しぎこちなかったけれど、本番のここで完璧に決めるなんて……大したものだわ』
リーノとフィーネからも誇らしげな声が返ってくる。こればかりは素直に達成感を噛みしめていいだろう。
「やるじゃないか。完全に一本取られたよ」
後ろから声をかけられ振り返ると、そこにはいつもの豪快な笑みを浮かべたギルドマスターが立っていた。先ほどの動揺や涙の気配は、綺麗に消し去られている。
「二人とも合格だ。特例としての、”G級冒険者”の誕生だな」
「おにぃ! 私も合格だって! やったわ!」
リコルが弾むような笑顔で、僕の手を両手でぎゅっと握り締める。
「やるじゃないか、ヤノス!」
「さすがですね、度肝を抜かれましたよ」
「やってくれると思ってたよ!」
「子供の体でここまで剣を使いこなすとは、驚きを隠せませんわ」
少し離れた場所で観戦していた【聖光の慈雨】のメンバーたちが、口々に称賛の言葉をかけてくれた。
「俺は着替えてから上に上がっていくから、お前たちはさっきの部屋で待っていてくれ」
ヴァルグドさんはそう言い残し、僕たちに背を向けて訓練場を後にした。
その彼の大きな背中を少しの間見つめていたけれど、ガイスさんたちに促されるようにして、僕たちも訓練場を後にしたのだった。




