第34話 ギルドマスター
ミリアさんが、無駄のない流れるような動きで入ってきたドアを閉め、一度室外へと退室した。
「おう、ご苦労だったな。グリアードでの活躍はヴァルカナから連絡を受けている。最高の結果になったことは、何よりだ」
デスクの向こうから、低く響く声でギルドマスターが労う。
「はぁ、それだけかよ。もっとこう、具体的な報奨の話とかないのか?」
不満を露骨にかに出すガイスさん。そんな彼を横目に、ギルさんが真剣な表情で口を開いた。
「我々の力が及ばなかったことは事実ですが……最善とは言わずとも、合格点の対応はできたと思っております」
ギルさんの厳かな言葉が、静かな圧力となって部屋の空気を支配する。
それを感じたのかギルドマスターは、ふっと表情を和らげた。
「今日は疲れているだろう。詳しい報告は明日にしてくれ。――それで、そこの坊やたち二人が、例の漁村から来た子供たちだな?」
「そうなのよ。ヴァルハイトへ来る道すがらいろいろ話したんだけど、この子たち、孤児院に入るより、冒険者として生きていきたいそうよ」
セルフィーさんが、僕たちの気持ちを代弁するようにそう告げた。
ギルドマスターの鋭い眼光が、じっと僕とリコルに注がれる。
「今セルフィーから聴いたが……、冒険者の道は厳しい。常に死と背中合わせの生活を覚悟しなくちゃならねぇ。それでもいいのか?」
ドスのきいたギルドマスターの言葉に、僕とリコルは思わす息をのんだ。そのときだった。
「ちょっと、自己紹介もなしでその脅し文句なの? 相変わらずギルドマスターとしてのデリカシーがなってないわね、ヴァルグド」
セルフィーさんが呆れたように強烈なツッコミを入れた。
言われたギルドマスターは、ガリガリと頭を掻いて不敵に笑う。
「おう、そうだったな。俺がこのヴァルハイト冒険者ギルドの長、ヴァルグドだ。見ての通りの狼人族だ。……お前さんたちも気づいているだろうが、グリアードの町のギルドマスター、ヴァルカナは俺の妹だ」
あのヴァルカナさんのお兄さんだったのか。そういえば、豪快でどこか抜け目のない雰囲気がそっくりだ。
「僕はヤノスで、それで、隣にいるのが妹の――」
「妹のリコルです」
ヴァルグドさんの圧倒的な威圧感に気圧されつつも、僕たちはたじろぎながら応えた。
「おう、ヤノスとリコルよ。さっきも言ったが、もう一度聞くぞ。冒険者は常に死と隣り合わせだ。それでも、それでもいいんだな?」
「はい」
「大丈夫です」
「よし。……二人の年齢を教えてくれ」
「僕が十四歳で、妹が十三歳です」
「見た目もそのくらいだな。その年齢で受け付けよう。だが、本来冒険者登録ができるのは十五歳からだ。それは知っているか?」
初めて聞く規則だった。
僕は心の中で、背後に控えているリーノとフィーネへ『そんなの聞いてないよ!』と猛烈な抗議の念話を送りつつ、知らなかったという意思を示すために激しく首を横に振った。
「ところが、このヴァルハイトの街には特別ルールがある。十五歳に満たない者でも、一定以上の”戦闘力”を有していると確認できれば、特別に冒険者証を発行するってな」
僕とリコルは、思わず「ほっ」と安堵のため息を漏らした。
「通常の冒険者はFランクからAランクだが、この街では、十五歳未満の特例者用に”Gランク”が設けられている。貧しい家庭の子供たちが、悪の道に走ることなく生活資金を稼げるようにするためだ。――そこでだ」
ヴァルグドさんは獰猛に口角を上げた。その目は、どこか僕たちの「奥」にある何かを見透かそうとするかのように、じっと据え置かれている。
「さっきも言った通り、一定以上の戦闘力があるかどうか、ギルド職員によって確認させてもらう。俺自らがな」
「「大丈夫です」」
覚悟を決め、リコルと声を揃えて力強く頷く。
「失礼いたします。皆様、冷たいお飲み物をお持ちしました」
タイミングよく、全員分の飲み物と、軽くつまめるクッキーの載った皿を持ったミリアさんが部屋に入ってきた。
「おう、ミリア、すまん。実は、これからこの子たちの戦闘能力を測る。悪いが、地下の訓練場へ案内してやってくれ」
「えっ? 今からですか?」
「おう、俺が直々に対戦し、強さを測っててやる」
ミリアさんは一瞬だけ呆れたような表情を浮かべたが、すぐに完璧な受付嬢の笑顔に戻り、僕たちに向き直った。
「ヤノス様、リコル様。それでは、私がご案内いたしますね」
いつの間に僕たちの名前を覚えたのだろう。やっぱり優秀な受付嬢だ。
……それにしても、”能力を測る”と言っていたのに、いつの間にかギルドマスターとの”対戦”という言葉に変わっているような気がする。




