第33話 冒険者ギルド
しばらく馬車に揺られていると、ついに目の前に、天を衝くようにそびえ立つ巨大な外壁が現れた。
見上げるような高さを誇る強固な外壁は、人々の邪怪に対する根深い恐怖と不安をそのまま体現しているようで、見ていて胸がざわつくほどの圧倒的な威圧感があった。
「よお。バルナ。戻ってきたぞ」
ガイスさんが門衛に声をかける。
「ああ、ガイスか! よく無事で戻ってきたな。ギルドの受付嬢たちが、お前のことを毎日心配していたぞ」
「お、おい! そ、それ、本当に言っているのか!?」
途端に喜びを隠しきれず、鼻の下を伸ばすガイスさん。だが、バルナさんは無情な笑みを浮かべた。
「ハァ……ハァッハッハ! 嘘に決まっているだろう!」
「おい、この野郎ッ!」
周りの門兵たちからドッと笑い声が沸き起こる。いつものことだと呆れ顔で笑いながら、ギルさん、アンナさん、セルフィーさんが冒険者証を提示した。
バルナさんは僕とリコルに一瞬だけ目を向けたが、深く追及することなく、街の奥に向かって大声を張り上げた。
「おーい! 馬車が通るぞ!」
遮断機が上がり、馬車はゆっくりと門をくぐり抜けた。
外壁を越えると、道は中央に大きな噴水が設置された、ラウンドアバウト(環状交差点)のようになっている。
馬車の窓から眺める領都ヴァルハイトの街並みは、中世ヨーロッパの都市景観と日本風な景観が混じった、独特な雰囲気を醸し出していた。
馬車の中から周囲の建物を見ると、どの建物も二階建てで、どの建物も木と石が巧みに組み合されている。
まっすぐに伸びる道を進むと、やがて外壁にも引けをとらない立派な内壁が現れた。
その内壁をくぐると、三階建ての建物が多くなってきた。また、作りもしっかりとし重厚なものへと変わっていった。
さらに二番目の内壁をくぐり抜けると、今度は四階建て、五階建ての立派な建築物が、道を取り囲むように整然と並んでいた。
ガイスさんの笑顔に促され、僕とリコルは馬車から降り立った。
重厚な扉が開き、冒険者ギルドに一歩足を踏み入れると、そこは僕の想像をはるかに超えた別世界だった。
突き抜けるような高い天井に、広く、静まり返った厳かな空間。
いわゆる”異世界ファンタジー”定番の、酒の臭いが漂い、荒くれ者たちが大声で怒鳴り合っているような雑多な雰囲気は微塵もなかった。
右手には飲食できるスペースがあったが、アルコール類は提供されていないのか、まるで高級フレンチレストランを思わせるような、清楚で上品な空気が流れている。
ラノベで見かける、冒険者ギルドにつきものの雑多な喧騒は全くない。
僕たちが正面のカウンターへ近づくと、制服を着たスタッフが非常に丁寧なお辞儀で僕たちを迎えてくれた。
「【聖光の慈雨】の皆様、ようこそご無事で。ギルドスタッフ一同を代表し、こころより感謝とお礼を申し上げます。本当にありがとうございました」
非の打ち所がない完璧な挨拶。そして受付嬢は、ギルさんを見つめて声を潜めた。
「ギルドマスターがお待ちかねです。お戻りになったばかりで大変恐縮なのですが、このままギルドマスターのお部屋へ、ご案内させていただいてもよろしいでしょうか?」
ギルさんたちが頷くのを見て、安堵の表情を浮かべたのは、頭の上に可愛らしい子猫のような耳を乗せた女性だった。
彼女はカウンターから出ると、僕たちを先導するように歩き始める。
どうやら、ガイスさんは門で受けたショックを未だに引き摺っているようだ。時折、横目でそのギルドの女性を見ながらも、しょんぼりとした表情で歩いている。
「実は昨日の夜から”まだか、まだ帰らぬのか”と、ギルドマスターがずっと落ち着かない様子でお待ちだったんですよ」
クスッと悪戯っぽく笑いながら、僕たちにしか聞こえない声で囁きかけてくる。
猫人族と思われる彼女の、あまりにも愛らしく洗練された一挙手一投足に、ガイスさんではないけれど、僕の心も一瞬で奪われそうになってしまった。
彼女に連れられて、僕たちはカウンターの奥にある重厚な扉の前に到着した。
彼女が壁に埋め込まれた迷彩模様のようなプレートの”何か”を押し、ロックを解除すると、くるりと僕とリコルの方へ向き直った。そして、腰をかがめて満面の笑みを浮かべる。
「ごめんなさい、自己紹介が遅れちゃって。私は見ての通り猫人族の、受付担当のミリアよ。よろしくね、二人とも」
「「よろしくお願いします、ミリアさん」」
僕とリコルが律儀に頭を下げると、ミリアさんは「うふふ」と嬉しそうに胸の前で両手を合わせた。
「可愛い……っ! もう心配いらないからね? ここにはお姉ちゃんがいるから、何でも頼ってね!」
そう言って、僕とリコルをふんわりと抱きしめてくれた。
大人の感情が少しずつ薄くなってきた僕だったが、そんなミリアさんの行動には、前世の自分だったら一発で萌え死んでいただろう。
ガイスさんをミリアさんのことでからかうのは、絶対にしないと心に誓う。
その時、目の前の壁の一部が滑らかにスライドし、その向こう側に上へと続く階段が現れた。
聖光の慈雨のメンバーは、いつものことだと慣れた様子で階段を上がっていく。僕たちもその後に続くことにした。
階段を上りきった先にある、頑丈で厳格なドアの前で立ち止まり、ミリアさんが扉をノックする。
「ギルドマスター、【聖光の慈雨】の皆様をお連れしました」
「おう、入れ」
部屋の奥から、地を這うような低く、圧倒的な威厳に満ちた声が返ってきた。
促されて部屋に入ると、そこは広い執務室だった。
奥の大きな机で、大量の書類の山と格闘している一人の男の姿が目に入る。
全身が硬い毛で覆われ、頭頂部には尖った獣の耳――圧倒的な威圧感を放つ、筋骨隆々とした犬人族(?)の厳つい男がそこにいた。
ギルさんたちは、特に案内されるまでもなく、部屋の中央にある応接用のソファーへと慣れた様子で腰を下ろしていく。
僕とリコルがどうすべきか戸惑っていると、ミリアさんが「こちらへどうぞ」と優しくソファーへと案内してくれた。
「マスター。もうすぐお昼時ですし、この小さな子供たちのために、軽くつまめるものでもご用意いたしましょうか?」
「おお、そうだな! その小さな子供たちに……そう、その子供たちに何か、美味い食べ物を用意してやってくれ」
ギルドマスターはぶっきらぼうに書類から顔を上げ、まるで「してやったり」という顔で聖光の慈雨のメンバーに視線を向けた。
――だが。
彼の視線が、僕とリコルを捉えた、その瞬間。
ギルドマスターの厳つい顔が、ほんの一瞬だけ、弾かれたように驚愕に染まった。
あまりにも一瞬の、見逃してしまいそうなほど微小な表情の変化。
ギルさんたちでさえ気づかなかったその”異常”に、姿を消して背後に控えていた精霊リーノだけは気付いていたようだ。
僕の背後から、呆れたような短いため息が聞こえてきたのだ。




