閑話 託された町の発展
【アナエル視点】
ヤノスたちがグリアードの町を去った、その日の午後。
私は、執務室の窓から遠い街道を眺め、そっとため息をついていた。
「行ってしまったわね……」
心にぽっかりと穴が空いたような寂しさを覚えながら、私は机の上に置かれた”厚い紙の束”に目をやった。
ヤノスが別れ際に「ささやかなプレゼント」と言って手渡してきたものだ。
(この手紙を手渡すときに”間違いは無いと思う”だなんて言ってたけど。一体、あの子は何を書いてくれたのかしら)
クスリと微笑みながら、私は丁寧に紐解き、最初の一枚目をめくった。
この手紙の中に、私だけに留まらずに、この町への、この町の民への、重大な転機をもたらす大切な内容が記されている気がして、胸のときめきを抑えきれない。
そこに書かれていたのは、整った、けれどもこの世界の誰の筆跡とも異なる、奇妙に洗練された文字と、見たこともない複雑な”図面”だった。
「――っ!?」
読み進めるにつれ、私の顔から笑みが消えていくのが分かる。代わりに強烈な戦慄が心を支配していった。
そこに書かれていたのは、このグリアードを蝕む”塩害”を根本から解決するための、恐るべきシステムだった。
土壌から塩分を分離・抽出するための、特殊な”濾過”と”製塩”そして”排熱”の工程。
そして、本来なら膨大な魔石や燃料を大量に消費するはずの加熱装置には、見たこともない【自然界の魔素を熱に変換する】という、極めて高効率な魔方陣の設計図が添えられていた。
塩害の土に水を注いだ物を濾過する装置。製塩する釜の設計図。製塩の時に出る湯気を利用して貴重な真水を得る装置。何処に書いてある物を見ても目を見開く物ばかり。
「な、何なの、これは……。こんな魔方陣、見たこともないわ。これなら燃料を一切使わずに、高熱を生み出し続けられる……!? それに……排熱の工程で精製される水、これだって今のこの町にとっては、喉から手が出るほど欲しい資源になるわ!」
(これを書き記す時間は、私が塩害のことを話した後の短時間のはず。だとするとヤノスが夜を徹して書き上げた物に違いないわ)
そこに書いてある、魔方陣は、世界の魔法体系を根底からひっくり返すシロモノだった。
そして、この技術が実用化されれば、塩害に苦しむこの町を救うだけでなく、不毛の土地すべてを豊かな農地へと変える”世界の救世主”にすらなり得る。
<また、海水から塩を直接取る場合には、”お塩”以外の成分も混じるので苦みが出る。しかし、塩分を長年土の中に閉じ込めてきたこの土の中には、それらの苦みに繋がる成分が雨水に溶けてそのほとんどが無くなっている>とも書いてある。
「……信じられない。あの子は、一体何者なの?」
先を読み進めれば、長期にわたる計画がしっかりと書かれている。
「海から遠い土地は、塩分を抽出した後はそのまま”農地”として利用する。そして、海に近い沿岸部は四から五区画に分けて運用する……なるほど、そういうことね」
読めば読むほど、そのあまりに先進的な内容に引き込まれていく。
「区画を分ける理由は……四区画で運用した場合”塩の生産”、”海水散布後に三年間の休耕および塩分に強い特定の作物の栽培”、”次の塩作り”というの流れでローテーションするため。……なんなのこれ、作物を育てながら、永遠に”極上のまろやかな塩”を収穫し続けられるじゃない……!」
(はやる心が抑えられないわ。これは……即時実行よ!)
私は震える手で書類を胸に抱きしめ、即座に立ち上がった。
この技術が他国や邪悪な者の手に渡れば、戦争の引き金にすらなりかねない。
「グリアム代行官を呼びなさい! 今すぐに、極秘裏に実験プラントの建設準備を進めます!」
鋭い声で部下に指示を出す私の瞳には、もはや寂しさはなく、この町を、そしてヤノスが残してくれた奇跡を守り抜くという、確固たる統治者の決意が宿っていた。
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【リコル視点】
その頃。
ガタゴトと揺れる馬車の中で、リコルは兄のヤノスが昨晩、精霊たちと相談しながら複雑な魔方陣を組み立てていた光景を思い出していた。
(おにぃは、精霊さんの声を聴いて、あの難しい模様を描いていた……。私にも、もっと知識があれば、おにぃの役に立てるのかな)
ヤノスの隣で、リコルはそっと自分の小さな手を見つめる。
魔素を操る感覚は、森での特訓で身につけた。けれど、それを”形”にするための魔方陣の知識が、自分には圧倒的に足りない。
(ヴァルハイトに行ったら、大きな図書館があるって言ってたよね。私、もっと勉強する。魔法のこと、魔方陣のことも、おにぃの心の支えになれるように……!)




