第27話 祝勝会
邪怪たちを討伐・浄化し終えた兵士や冒険者たちが、町中の人々から大喝采を浴びながら戻ってきた。
功労者を称える住民たちもその後に続き、次々と屋敷の門をくぐリ抜けてくる。
その先頭に立つのは、これまで姿を見かけなかった代行官のグリアム様。
そのかたがたを、奥方様であるアナエルさんを筆頭に、屋敷にいるすべての人が屋敷門の内側に並び、拍手とともに熱く出迎えた。
最初は門をくぐって敷地内に入るのを遠慮し、戸惑っていた町の人々だったが、奥方様自らが笑顔で導くのを見て、一人、また一人と中に入って行く。
それをきっかけに、みんなの顔に笑みがこぼれ、感謝を述べながら屋敷の広場へと次々に足を踏み入れていった。
ロータリーと門の間にある広いスペースには、瞬く間に大勢の功労者や住民が集まった。その熱気あふれる群衆を前に、代行官のグリアム様が声を振り上げ、挨拶を行った。
「今、この町がこのような喜びに包まれ、今日という日を無事に全うできるのは、ここにいる一人ひとりの献身的な働きによるものである! この感謝は、この町だけにはとどまらず、ヴァルファルト領に暮らすすべての住民の声であると思ってほしい!」
集まる群衆をゆっくりと見渡したグリアム様が、笑みを浮かべ言葉を続けられる。
「皆、存分にくつろぎ、今日の疲れを癒やしてくれ。後ろに控えている町の者たち、避難してきた者たちも、よく負の感情が湧き上がるのを押さえ、辛抱強く耐えてくれた。今日この瞬間があるのは、ここに集まる者すべての力の結晶である。ささやかではあるが、ここに宴を設けておる」
その言葉が終わるやいなや、天を衝くほどの歓声が湧き上がり、広場は瞬く間に大宴会へと突入した。
あふれかえる人混みの中で、僕とリコルはどこにいれば良いのか、何をすれば良いのか解らず、ただ呆然と立ちすくしていた。
すると、ずっと付き添ってくれていたメイドさんが優しく微笑みながら僕たちの背中を促してくれたお陰で、ようやく皆の喜びの輪へと加わることができた。
グリアム様とアナエル様は、集まった人々へ一通り挨拶に回ったあと、真っ直ぐに僕たちの元へと歩み寄ってきた。
「ヤノスくん、リコルくん。本当にありがとう。この町を委ねられた者として、さらには領主の代行を任された者として、心からの感謝を捧げたい」
グリアム様の言葉に続き、僕たちと同じ視線くらいになるように、膝を折られたアナエル様が話を続けられる。
「あなたたちにはつらい思いをさせてしまったけど、それを乗り越えて、さらには私たちを救ってくれました。この感謝の気持ちをなんと表して良いのか解りません、心よりの感謝を捧げます」
そう言って、大人の二人が僕たちに向かって深く一礼した。家族も、生まれ育った村も失ってしまった僕たちの身の上への最大の気遣いを乗せ、お二人は最大の敬意を払ってくれた。
そのお二人の横には、僕たちより少し年齢が下に見える男の子と女の子が、並んで立っていた。グライムとアイリス、と紹介されたその兄妹は、
「「グリアードの町を救っていただき、ありがとうございます」」
と、声をそろえて僕たちに深く頭を下げてきた。
「僕たち、何もしていないのですが」
過剰なお言葉に、どう答えて良いのか想像もつかず、僕とリコルがあたふたしていると。満面に笑顔を称えたアナエル様が優しく声をかけてくれる。
「あらあら、あなたたちは堂々としていれば良いのよ。二人は知る人ぞ知る、この街の隠れた一番の功労者なのだから。さあ、グライム、アイリス。お二人をエスコートして、この宴を一緒に楽しんでもらうのよ」
「「はい、お母様」」
アナエル様の言葉に従い、僕にはアイリス様が、リコルにはグライム様が付き添ってくれた。そうして僕たちは、人々で賑わう華やかな宴の中へと導かれていく。
「お母様にお聞きしたのですが、ヤノス様は精霊様とお話ができるんですの?」
隣を歩くアイリス様が、好奇心に瞳を輝かせながら尋ねてきた。その丁寧で気品のある口調に、僕は少し緊張してしまう。
「は、はい、精霊様のお声を聞いたり、お願いをしたりすることができます」
『こんな答えでいいよね。リーノ』
アイリス様に導かれている僕だったが、貴族のお嬢様とお話をする心細さに、ひそかにリーノに助け船を頼んでいた。
ちなみにリコルにはフィーネが陰で助けている。ただ、人間社会には疎いと言っていたフィーネの助け船が、当てになるかはわからない。
『大丈夫』
リーノの太鼓判にホッと胸をなでおろすが、次の瞬間、(本当にリーノが当てにできるのだろうかと不安になる)
そんな不安にさいなまれている僕へと、アイリス様はさらに一歩踏み込んだ質問を重ねてきた。
「精霊様のお力をいただければ、魔法の力が増すということを、お母様から伺ったのですが……それは本当ですか?」
『リーノ! どう答えたら良い? ねえ!』
リーノから返ってくるのは、いつものたどたどしい言葉だった。
その不完全な助言を、必死に僕なりに咀嚼して、わかりやすくなるようにと心がけて、その内容を伝える。
「はい、アイリス様、精霊様にお伺いしたところ……。精霊様は……この世界に住む……魂を宿した生き物への……攻撃をするようなことはできないそうですが……、精霊様のお力添えがあれば……魔法の力が増すそうです」
「アイリスとお呼びください」
僕の答えが終わるか終わらないかのタイミングで、彼女はピシャリと言い放った。
「はい……? アイリスさん?」
「アイリス」
今度は、がんとした、一切の妥協を許さない口調で言い寄られる。お嬢様特有の我の強さに、僕は完全に圧倒されてしまった。
「はい……。アイリス?」
簡単に負けてしまう僕。
すると、その様子を近くで見ていた兵士や冒険者、町の人ひとたちから「お熱いねぇ」「未来の騎士様とお姫様か?」などと、冷やかしの声が飛んでくる。
僕は顔がカット熱くなるのを自覚しながら、それを少してれくさそうに受け流した。そして、広場に居並ぶ屋台からもらった暖かい食べ物を口に運び、アイリス様との会話を続ける。
「そ、それで! どうすれば、精霊様にお力をいただけるのでしょう?」
アイリスは冷やかしなど耳に入らない様子で、真剣な目を僕に向けてくる。
『おいリーノ、どうすればいいんだ?』
答えに詰まった僕は、リーノに必死に助け船を求めた。
すると脳裏に返ってきたのは、いつものぶっきらぼうさをさらに凝縮した、トゲのある念話だった。
『自然。敬う。感謝。畏敬。心、精霊…… はい終わり』
『えっ、ちょっと待って!?』
あまりのたたみ込みっぷりに、(フィーネに手助けを頼めば良かった)との思いが一瞬頭をよぎる。
けれど、リコルにこのマシンガン念話の相手をさせるわけにはいけない。自分のほうがマシだと必死に言い聞かせ、僕はリーノの言葉の弾丸を翻訳しアイリスへ伝える。
「ええとね……精霊とは、自然に対する人々の畏敬の念や、自然を大切にしたり、敬う心が産み育てる存在だそうです。そうですね…、水の恵みや、農作物の土台となる土、種を運ぶ風、昆虫たち…そういった自然のあらゆる調和に育まれて、僕たち生き物は生まれ育ちます」
真剣なまなざしで、僕の説明に神経を集中しているアイリスへ、さらに言葉を続ける。
「人はその恩恵を得て生命を維持しています。だから、その自然の力への感謝の気持ちに、精霊さんは応えてくれるそうですよ」
自分で言いながら、世界の仕組みの美しさに少し感動してしまう。しかし、僕の言葉を聞いたアイリスは、嬉しそうな顔をするどころか、どこか悲しげに俯いてしまった。
「そうなの……? でも、私のこの町の土は、食物が育たないの。農業を推進していきたいのだけど、それがどうしてもできないのよ!」
賑やかな宴の喧騒の中で、彼女がぽつりと言い放ったその言葉は、僕の胸に冷たい違和感を残した。




