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精霊冒険抄 〜頼もしい仲間とともに世界の過去と未来をひらく旅〜  作者: 霞染 睦
第2章 ヴァルハイト

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第26話 小さな通信兵

 しばらくして、小走りの足音がだんだんと近づいてくる。


 ノックの音が響き、「失礼します」との言葉の後、メイドさんが一歩部屋へと足を踏み入れる。


「奥方様がお会いになるそうです。さあ、どうぞこちらへ」


 案内された先は、緊張した空気が張り詰めている執務室だった。


 正面奥のデスクでは、奥方様が書類と格闘しておられる。


 部屋の中央では大きな地図を囲んだ四人の男女が、険しい表情で地図を指し示し熱論を交わしている。


「二人ともよく眠れたかしら」


 立ち上がった奥方様が僕達に近づいてきた。そして僕とリコルの後ろに回り、そっと肩に手を添えて机のそばのソファーへと導いた。


「どうぞそこに座っているといいわ。二人だと不安でしょうし、ここにいていいわよ」


「「ありがとうございます」」


 僕とリコルが声を揃えてお礼を言うと、奥方様は緊張をほぐすような優しい笑みを浮かべ、向かいのソファーへ腰掛けた。


「二人とも、まだ朝はなにも食べてないでしょう? 私たちもまだだから、ここで一緒に軽いものでも食べましょうね……それと、メイドに聞いたのだけど、外の状況がわかるって本当かしら?」


 奥方様は執事へ手早く朝食の手配を頼みながら、真剣な眼差しを僕に向けた。


「先ほど精霊さんと話をしたのですが、外の状況をその都度リアルタイムで教えてくれるそうです。もう少し空が明るくなったら、予定通りの方角から邪獣達が現れるだろうとのことでした」


 地図を指し示しながら、説明をする。


「それと……昨日ここに来ていた【聖光の慈雨】のアンナさんを通して、前線の兵士さんたちにも邪怪の位置が伝わるように、精霊さんが手助けしてくれるそうです」


 僕がそう伝えた瞬間、地図を囲んでいた大人たちから「おおーっ!」とどよめきが上がった。


 奥方様は一瞬だけ呆然とした表情で目を見張り、それから心の底から安堵したような表情を浮かべた。


「本当に助かるわ……! 屋敷の中にいると伝令を待つしかなくて、じれったくて仕方がなかったの。あなたたちのおかげでリアルタイムに状況が掴めれば、街や兵への指示も段違いに出しやすくなるわ」


 別に用意されたテーブルに、朝食が並べられる。その皿を一つ取り上げ、僕たちに食べるようにと進めてくる。


 僕たちが、サンドイッチを受け取り、口にするのを見た奥方様が、話を続けられる。


「本当は私も前線の近くにいたいのだけど、領主代行である私が下手に動いて、邪怪の標的にされるわけにもいかないものね」


 残念そうな笑みを浮かべられる奥方様に、僕は更にリーノとフィーネからの念話の内容を伝える。


「あ、それと言い忘れましたが、精霊さんが邪怪たちを討伐できるように他の精霊さんに呼びかけて、冒険者や兵士さんの聖魔法の威力が上がるようにする。とのことでした」


 驚いたような顔を向けた奥方様は、


「あなたたちって」


 と言って言葉を飲み込み、感服したようにため息をついていた。


『ヤノス! リコル! 邪怪が現れたわ。映像を送るわよ』


 フィーネから緊迫した念話が届き、部屋の皆さんへとそのことを知らせる。


「あ、森の切れ目に、邪怪と邪人の群れがあらわれました」


 大人たちが、一瞬に緊張の色に染まる。


 リーノやフィーネたち精霊から、脳内に直接送られてくる鮮明な映像——まるで前を監視カメラを見ているかのような詳細な情報を、僕はそのまま部屋の大人たちへ伝えていく。


 リコルは、一旦映像を受けたものの、変わり果てた人間の姿に驚いたのか、すぐに受信を拒否したようだった。


 大人たちは、僕からの情報を元に、地図上に置かれている、兵士や邪怪に見立てた駒を動かしては状況の把握に努め、戦況に応じて次々と伝令を飛ばしていった。


 精霊たちの密かな援護(聖魔法の威力の底上げ)も功を奏し、討伐自体は驚くほど短い時間で無事に終了した。


 しかし、その後の負傷者の手当てや防衛線の立て直しなど、大人たちの仕事は山積みのようだ。


『邪怪が落としていった、邪気に染まった少し大きめの魔石が一つあるんだけど……邪気を抜けば普通の魔石として使えるけど、どうするか聞いてくれる?』


 フィーネからの念話を僕は奥方様へと伝える。


「あの……精霊さんからの申し出があるのですが?」


 不思議そうな顔をした奥方様が、「どんな申し出かしら?」と僕に聞いてくる。

 周りの大人たちも、興味津々と言った様子で僕を見つめてくる。


「邪怪が落とした少し大きめの魔石があるのですが……染みついている邪気を取り除けば、普通の魔石として使えるようです。邪気を帯びた魔石ですけど、どうしますか?」


「ぜひ、お願いするわ」


 即答だった。そのことを伝える伝令など、一段と忙しさが増してきた。


 僕とリコルは邪魔にならないようそっと退室し、控えていたメイドさんに連れられて静かに自分たちの部屋へと戻った。


『ねぇ、おにぃ。……”主様”は見かけなかったね』


 自室へ戻る廊下、ふいに脳裏へ響いたリコルの純粋な念話に、僕は何も返すことができなかった。



 お読みいただきありがとうございます!


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