第25話 すがすがしい朝
寂しくないようにと、二つのベッドが用意された部屋。そこで僕とリコルは、ほぼ同じ時刻に目を覚ました。
ここがどこなのか、一体何があったのか。はじめは二人とも状況が理解できず混乱していたが、やがて、密度の濃い昨日一日の記憶が蘇り、一気に脳が覚醒していく。
『目覚めた(みたいね)』
「リコル『リーノ、フィーネ』おはよう」
「『『おはよう』』」
「あ、そうだ。部屋の外に誰かいる……」
起き上がり、服を着ながら扉の方へと声をかけてみる。すると、
「はい、何かご用事ですか?」
部屋の扉が静かに開けられ、控えていたメイドさんが顔を覗かせた。
「邪怪とか邪人とか、もう町の近くまで来ているのですか?」
「まだそのようなことは耳にしておりませんが、……聞いて参りましょうか?」
「いや大丈夫です。朝早くからすみません。まだ少し休んでいます。ありがとうございます」
周りを見て気がついたが、まだ朝は明けきっておらず、カーテン越しに感じられる窓の外の景色は薄暗い。
「失礼します」
そう言って一礼し、部屋を後にするメイドさんの背中を見送りながら、僕はハッと思い至った。
(わざわざ人に尋ねなくても、リーノやフィーネに聞けば一発だったんじゃないか)
と、そこまで思い至ったときだった。
メイドさんが静かにドアを閉めると、少しの間を置いて、リーノとフィーネが僕の目の前にふわりと姿を現した・
『『やっと気がついた(のね)』』
リーノとフィーネから、同時にあきれたようなため息混じりの念話が返ってくる。
『まだ、来ていないわ。姿が見えるようになるのは明るくなった頃になると思うわ』
『討伐の様子を見てみたいんだけどどうかな』
僕がそう提案すると、すかさずリコルから拒絶の念話が飛んできた。
『おにぃ。私は観たくないわ』
『――この屋敷の方が、それを許されるとは思えないわ。よく考えてごらん。今こちらへ向かってるのは村を襲った邪獣なのよ。あなたたちと生活を共にしてきたことになっている人たちの、変わり果てた姿よ』
フィーネの静かだが重い言葉に、僕はぐうの音も出なくなる。
形式的にとはいえ、僕たちはその村の生き残りとして救われている。
隠れるために入った家の中で見た、”人の営み”の残骸。
まだ温かみが感じられる家で実際に生活していた人たちが怪物になって襲ってくる――その現実が、胸に重くのしかかった。
『どのような様子なのかを尋ねるくらいは大丈夫じゃない。村のみんなを心配してのこと、とも受け止められるし』
『僕達もいつかは、邪獣や邪人、それに邪怪と呼ばれるものと戦わなければならないんだよね。戦うのはまだ無理だろうけど……、どんな戦いになるのか、この目で観ておきたいんだ』
『おにぃの言うことは解るわ。でも……私はまだ、そこまで覚悟ができていないの』
『じゃあ、念話を通して私が観ているものを、映像としてあなたの頭に送るわね。リコルはそれだったら観れるかしら? いやだったら、念話のつながりを断ってしまえばいいわ』
『それ絶対に頼む』
フィーネの提案に、僕は即答するが、リコルはまだ不安があるようで表情を曇らせる。
『ねえ、この町の人たちだけで対峙できるかなぁ? 多くの人たちが犠牲になるなんてないよねぇ?』
リコルは心配そうな顔で、リーノとフィーネに祈るような念話を送るのだった。
『それも大丈夫よ。私とリーノが姿を消して、魔法使い達に力を貸すから。いつもの倍以上の力を発揮できるはずよ。それでも危なそうだったら、リーノがなんとかしてくれるわ』
フィーネの心強い言葉に、リコルの表情が少し和らぐ。
『うん。大丈夫』
『ありがとう。リーノ。絶対頼むね』
『まかされた』
リーノの自信満々の声が返ってくる。
『じゃ。行ってくるね。エルフのセルフィーって子が、どうもサーチに近い感覚を持っているみたい。邪怪たちとの距離が漠然とだけど掴めるように、周りの精霊達を使ってセルフィーを助けてあげるわ』
そう言葉を残してリーノとフィーネの姿がふっと空間に溶けるように消えた。
窓の外の闇が少しずつ薄れ、朝の光が屋敷周りの輪郭をぼんやりと描き出し始める。
「ここに二人でいても、何もすることが無いね。リーノやフィーネが伝えてくる情報を、お屋敷にいる方々にも伝えた方が良いよね」
「おにぃに任せるわ。じっと待っているだけじゃ、落ち着かないものね」
リコルの返事を聞いて頷き、僕は部屋の外で待機しているであろうメイドさんに声をかける。
「どなたか、おられますか」
ノックが響き「失礼します」との声の後、一人のメイドさんが部屋に入ってくる。
「すみませんが、部屋でじっとしているのも心配ですので……。それと、外の状況は精霊たちが刻一刻と伝えてくれるそうです。もしよければ、それを皆様にお伝えできたらと思うのですが」
僕の言葉を聞いたメイドさんが、ほんの一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに平静な表情を取り戻す。
「承知しました。お伝えして参りますので、しばらくおまちください」
そう言って、静かに扉を閉めると、急いで遠ざかっていくメイドさんの足音が廊下に響いた。




