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精霊冒険抄 〜頼もしい仲間とともに世界の過去と未来をひらく旅〜  作者: 霞染 睦
第2章 ヴァルハイト

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第24話 初めての食事

 しばらくの間重苦しい沈黙が続き、この街の執行官であるアナエル様が、意を決したように身を乗り出して声をかけてきた。


「そ、それは本当なの? 精霊と交信して、邪獣の正確な状況を探ることができるというのは」


「はい。間違いありません。今どのあたりにいて、いつ頃この町に到達しそうなのか……多少の時間的なズレはあると思いますが……いつ頃、どの方角から来るのか、おおよその見当が付けられると思います」


 僕が真っ直ぐに彼女の目を見つめて答えると、アナエル様は息を呑み、それから歓喜と期待に満ちた表情で僕を見つめた。


「すごいわ。ヤノスくんだったわね。今すぐそれを試みてもらえるかしら!」


 アナエル様の言葉に深く頷き、僕は精霊たちに探ってもらっているフリをする。その傍ら、もう一つ作戦に必要なものを、大人たちにお願いすることにした。


「あの、この町とその周りの様子を表している、地図のようなものはないでしょうか?」


「地図ね……。本来なら国家や領地の重要機密なんだけど、今は町の最大の危機だし……。地図のことは、この話の後ですっかり忘れてもらって、絶対に口外もしないということを承知してもらえるかしら。みんなもそれでいいわね」


「はい、誰にも言いません」

「わかった」

「お約束いたします」


 僕が真剣な表情で約束すると、それに続いたようにギルドマスターやギルさんが応え、他のみんなも深く頷いた。


「あなた、裏の保管庫から持ってきていただけるかしら?」


 グリアム様は一度、奥方様の要望で奥の部屋へと姿を消したが、やがて大きな羊皮紙の地図を抱えて戻ってきた。


「これから話される専門的な内容には、私は向かないようだね。町の住民の不安が高まっていると思うので、まずは避難してきている者たちのもとへ行って、安心して過ごしてもらえるよう声をかけてくるよ」


 グリアム様がそう提案すると、アナエル様は信頼のこもる言葉で応えられた。


「そうしてもらえると本当に助かるわ。邪獣は人々のマイナスの感情に惹かれて集まってきます。町の住民に不安や恐怖の気持ちが生じれば、邪気はその感情に引き寄せられます。ひいては、町の中へと侵入することにも繋がりかねませんもの。あなた、よろしく頼みますわね」


 グリアム様は優しく微笑みながら「じゃあ、行ってくるよ」と言い残し、部屋を後にした。住民の信頼が厚いグリアム様だからこそできるのだろう、一刻を争う重要な任務だ。


 残された僕たちは、広げられた地図を囲んだ。兵士長のグスタフさんから、町の位置や外壁の周りに設けられている侵入防止の柵などの位置について、詳しく説明を受ける。


 ちょうどそのとき、フィーネとリーノから念話が届く。僕は、集まっているみんなに向けて、その詳細を伝えることにした。


「いま、精霊たちからの報告が届きました。……やはり、一番恐れていたことが起きているみたいです」


「そうなのね……」


 アナエル様が、全てを察した様に悲しそうな声で呟く。


「こちらに向かっているのは、”邪獣”だけではなく、数人の、いえ、数十人の”邪人”もいるようです」


 みんなの口から重い息が漏れる。


「その邪獣はされに力を強め、”邪怪”へと進化を遂げようとしている気配があるそうです。また、邪人の方も、途中の険しい道のりを越えてきた影響で体がボロボロになっており……中には人間の体を維持することができず、そのまま邪怪へと変貌を遂げようとしている、とのことです」


「「「「「「なんと言うこと……」」」」」」


 部屋の中に、これ以上ないほどの重い驚愕の叫びと、絶望に満ちた息が漏れる。ただの魔物の襲来ではない。変わり果てた元領民たちが、肉体を壊しながら化け物へと変り果てて迫ってくるのだ。


「それと、この町を取り囲む外壁のさらに外側にある侵入防止の柵への、邪怪や邪人が到着する時刻ですが。今の進行速度から計算すると、明日の朝、もしくは未明になりそうだとのことです」


「これだけの具体的な情報が得られれば、対策もピンポイントに絞っておこなえるわね……」


 アナエル様が、絶望の中から一筋の光を見出したように、力強く身を乗り出した。


「それともう一つ、こちらへは海岸線に近い方角――」


 僕は、机の上に広げられた大きな羊皮紙の地図の、ある一点を指差した。


「地図で言えば……、このあたりから現れるのではないか、との知らせもありました」


「ありがとう。これで相手の数が多いのは心配事ではあるけど、柵の強化など場所を絞って防衛を行えば良いし。兵や冒険者も無駄に疲弊を溜めなくて済みそうだわ。ヤノス、本当にありがとうね」


「とんでもないです。お役に立てて光栄です」


「まあ、小さいのに本当に感心だわ。アルド! 小さい子をこんなに長く引き留めてはなんだわね。今すぐ食道へ案内してあげて。それと食事が終わったら、お部屋へお連れして!」


 アルド様への指示が終わると、アナエル様は僕とリコルの方へ顔を向けて言葉を続けられた。


「お風呂に浸かって、ゆっくりと疲れを癒やしてベッドに入ると良いわ。明日はいつまでも寝ていていいからね。それではアルド、お願いね」


「どうぞ、こちらへ」


 手招きする執事のアルドさんについて部屋を出る前、僕とリコルは振り返ってお礼の言葉を述べる。


「何から何まで、本当にありがとうございます」


 そう言って深々と頭を下げる僕に倣って、リコルもしっかりと頭を下げる。


「何か困ったことがあれば、声をかけてくれればメイドが対応するわ。ゆっくりと休んでね」


 僕とリコルが会議室を出ると、目の前には数人のメイドさんが立って待っていて、僕達を優しく先導してくれた。


 背後でドアが閉められるとき、室内の奥からアナエル様の凜とした声が漏れ聞こえてきた。


「【聖光の慈雨】の方々には、お疲れのところ申し訳ないけど、邪怪への対応を話し合う間、もう少し付き合ってもらうわね」


 大人たちの戦いはここからが本番なのだろう。僕たちはメイドさんたちに連れられ、立派な食堂へと足を踏み入れた。


 その後、テーブルに運ばれてきた本格的な夕食は、僕たちがこの世界に来てから初めて目にする、人間の手による本物の料理だった。


 どれも綺麗に盛り付けられており、温かく、そして気が遠くなるほどに美味しかった。


 この世界に来て、必死に生き抜いてきた二年間。

 大樹の森での過酷な修行。

 そして、つい先ほど体験した邪気の恐怖。


 温かいスープが喉を通り、お肉の旨味が口いっぱいに広がった瞬間、僕の目からポロポロと大粒の涙が溢れ出してきた。隣を見ると、リコルも同じように涙を流している。


 張り詰めていた何かが切れたように、僕もリコルも自然と涙があふれてきた。


「おにぃ……おいしいね」

「うん。凄く美味しい」


 笑顔が涙でボロボロに覆われながらも、お互いに美味しくて食べることを止められなかった。


 その様子を陰からそっと見守りながら、メイドさんたちが優しく目を細め、静かに涙を流していたことには、まったく気がつかない二人だった。


 ちなみに、メイドさんの目を盗んで、リーノとフィーネへのお裾分けをこっそりと持ち出したのは二人だけの内緒である。


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