第23話 グリアードの危機
外が薄暗くなった頃、木々に囲まれた狭い道が途切れ、急に視界が広がり壁に囲まれた町が遠くに見えてきた。
「あれがグリアードの町だよ」
ともに馬に乗っているアンナが後ろから声をかけてきた。
馬の走るスピードが少し増し、どんどんと町を囲む壁が近づいてくるとともに、門の前に立つ兵士がこちらを見ているのがわかる。
門番と思われる兵士の横に馬に乗ったまま近づいていくと、
「冒険者パーティー【聖光の慈雨】の者たちだな。執行官様から連絡が来ている。一人は馬に乗ったままでいい、仲間が先導するからそれについて行き、代行官様の館まで行ってくれ。他の仲間はこっちで用意した馬車で向かってもらう」
門番がそう言い終わるや否や馬にまたがった兵士が近づいてきてきた。
ギルさんを後に従えて先を進み、路上を歩いている人に道を空けるように叫んではあっという間に消えていった。
馬から下りた僕達は、残った三人がギルドカードを示し門番に確認してもらった後、乗ってきた馬のことを託して用意された馬車に乗り込んだ。
夕食時なのだろう、人通りの少なくなった通りを馬車に乗って進む。
異世界に来て初めて人々の生活の営みを感じる空間に、なんとも言えない感情が心を支配する。
現代とは違う町並みの風景に、今更ながら日本、いや地球とは違う世界に来たのだと強く思わされる。
しばらくするとロータリーを回り大きな車寄せで馬車が止まる。馬車を降りると、そこに執事と思われる人が立っており、「お待ちしておりました」と慇懃に挨拶をし、屋敷へと案内を始めた。
「ひと足先にご到着されましたお仲間の方は、旦那様、奥方様、それにギルドマスター様とお話中です。すぐにご案内いたします」
執事に案内された一室に入ると、飾り気はないが格式ある雰囲気の部屋だった。
部屋の中では、、ギルさんの前には、先ほど執事の言葉にあった旦那様と奥方様と思われる洗練された中年の男女が、その横には筋骨隆々の女性が座っていた。
「私はこのグリアードの町の代行官を任されているグリアム・グリアード男爵だ。君たちの向かって左手に座っているのが私の妻、この町の執行官をしているアナエル。それと」
「私は――」
そう言いかけた筋骨隆々の女性だったが、僕とリコルの少し上へと視線を向けた途端、ピタリと動きを止めた。
じっと空間を見つめる彼女の端正な顔に、ほんの僅かではあるが、一瞬隠しきれない驚きの表情が浮かび上がる。
「すまない。私はこの町のギルドマスターをしているヴァルカナだ」
(僕の後ろを見て一瞬驚いたように感じたけど……。え、耳が上の方についている。犬人族なのかな?)
僕が違和感を覚えている横で、リコルもギルドマスターの印象的な外見にすっかり目を奪われているようだった。
「言い添えておくが私は狼人族だ」
なんだか心を読まれたような気がした。
「では、【聖光の慈雨】のメンバーの紹介をさせていただきます」
ギルさんが、【聖光の慈雨】のメンバーを簡潔に紹介し、今度は僕たちの番となった。
「僕はヤノスで、隣にいるのが妹のリコルです」
「早速だが、緊急時でもある。話を進めさせてもらう。これまでの状況はギルくんから聞いている。避難を呼びかけてもらったお陰で、二つの村の住民は、すでにグリアードの町に到着し、落ち着ける場所で休んでもらっている」
次に目で合図を受けた奥様のアナエル様が話を続ける
「単刀直入にお伺いしますわ。邪獣がこちらに向かったのではないかとの、隣のフェルゼン領からの知らせで動いてもらったわけですが。邪獣がこの町へ向かっているとのお考えでしょうか?」
「私とセルフィーが足取りを確認したのですが、海沿いを通ってこの町の方向へと向かっている痕跡がありました。この町へ到達しないのが望ましいのでしょうが、最悪の事態を想定して動く必要があると思います。それと――」
「そのほかにも何か気がかりなことが、あったのでしょうか?」
アナエルさんの問いかけに、ギルさんが一瞬僕たちへと視線を向けた後、悲しげな表情で言葉を続けた。
「邪獣の足跡もなのですが、多くの人間の者と思われる足跡もあったのです」
大きなため息を一つついた後、アナエルさんは意を決したように言葉を発せられた。
「わかりました。あなた……あなたはお話していましたように、民の不安が少しでも取り除かれるようにお願いいたしますわ。それと、アルド、兵士長のグスタフを呼んでもらえるかしら」
「まかせてくれ――」ギルバート様が深く頷かれる。
「かしこまりました」
そう言って部屋を出る執事に慌てたように声をかける。
「そうだわ。あなたたち戻ってきて何も食べて無いでしょう。小さい子どもにひもじい思いをさせてしまってごめんなさいね。夕食は用意しているけど……まずは、軽くつまむものを出してもらいましょうかね。アルドその指示もお願いね」
「承知しました」
といって軽くお辞儀をして立ち去る執事。
「町にいる冒険者にも、兵士と共に警備に当たってもらいたいのだけど良いかしら。それとヴァルカナには、その冒険者を指揮してもらってもいいかしら」
「執行官様、もちろんだ。任せてもらおう」
静かに扉が開き、体格の良い男性が入ってきた。
「彼は兵士長のグスタフですわ。グスタフ! 最悪の状況を想定しなければならない。兵はこれから……明日の昼までで良いかしら? 厳重警戒態勢に入るように。そうね、北門を覗いた、西門、南門、東門で良いわ。冒険者にも協力してもらうのだけど、どのような配置がいいかしら」
「そうですね。まず、この町に現在いる冒険者の数と、聖魔法を使える冒険者の数を聞かせてもらっていいでしょうか」
「そうね。冒険者は10パーティーほどかしら。それと聖魔法の使い手は、ここにいるセルフィーが一番の使い手で、後は劣るけど三人ほどはいるわ」
◇ ◇ ◇
邪獣への対策が話されている間、僕はいつもの習慣で《サーチ》を働かせており、仲間の三人に念話を送る。
『誰か隠れているよね。殺気とか害意は感じられないけど、正面の壁の向こうと僕の背後の壁の向こう』
『リコルも気付いていたよ。目の前のお二人を守るために控えている感じだよね』
念話で話している間にも、会議は進められている。
その内、メイドがノックして部屋へと入ってくる。
僕達や【聖光の慈雨】のメンバーの前に食べ物が並べられ、遠慮無く食べるように奥方様に進められる。
『一晩中警戒していて、朝方に来られたら、疲弊しきっていて大変だよね。リーノ、フィーネ。どうにかならないかな?』
並べられた美味しそうな食べ物を口に入れながら、それとなくみんなに尋ねてみる。
『そうね……ではこの様に提案してはどうかしら……』
フィーネから素晴らしい助言をもらった僕は、お茶を一口飲み、コックリと深く頷いた。
「すみません。あの、僕からひとつ提案があるのですが……」
部屋を後にしようとする兵士長とギルドマスターを引き留めるように声をかける。
「あの? 対策が話し合われている最中で申し訳ないのですが。僕は村やその周りの森で生活していて、精霊さん達と意思の疎通がとれるのです。そこで、その精霊さんたちに、今その邪獣がどこにいるのか、いつ頃この町に到着するのかを探ってもらう、というのはどうでしょう。その情報を元に対策に当たれば、力が分散されずに対応できると思うのですが?」
邪人や邪獣の襲来が予想され、重い緊張が走る中。唐突に発せられた僕の言葉に、部屋にいるリコルを除いた全員が息を飲み込む。
リコルを除く全員が、まるで穴が開くような視線で僕を一斉に見つめてきた。




