第22話 冒険者パーティー
急に明るくなり、ほんの少しの間だけ視界が閉ざされていたが、僕とリコルを覗き込む三人の姿が目に飛び込んできた。
「あなたたち、大丈夫ですの? 怪我とか、気分が悪かったりしませんの?」
(耳が尖っている、エルフの女性! キタ――! 異世界もの定番が……っ!)
心の奥でうれしさに身もだえする僕に、その美しいエルフの女性が優しく声をかけてくる。
冒険者に見つけてもらうのは完全に想定内だったので、心は落ち着いていた。
だが、思わぬ”ご褒美”に沸き立ちそうになる心をぐっと押さえ込む。ここは作戦通り、リコルをかばうように寄り添いながら、表面上は恐怖に怯える哀れな子供を演じることにした。
「大丈夫だよ。私たちはAランクの冒険者パーティー【聖光の慈雨】のメンバーだよ」
すこし小柄な女性が、僕達の様子を興味深そうに観察しながら自己紹介をしてくる。
「驚かせてしまったようだな。私たちは君たちを助けに来たんだよ。もう安心していいから」
背の高く、この中では一番の年長者らしき男性が、僕たちを落ち着かせようと穏やかな声で語りかけてきた。
「アンナ、この子たちに水を持ってきてくれる?」
「わかった!」
アンナと呼ばれた小柄な女性は、ほとんど音を立てない驚くべき身のこなしで、部屋から風のように去っていった。
「今この子たちから詳しく聞き出すのは、少し無理のようですわね。この子たちが落ち着いたら、アンナにガイスのところへ連れて行ってもらってはどうかしら。調べる家は残り少ないですし、ギルと私で進められるわ」
「それがよさそうだな」
男性が深く頷くと、エルフの女性は、僕たちに向けてもう一度優しい微笑みを浮かべた
「そうだったわ。紹介が遅れたわね、私はセルフィー。見ての通りのエルフよ。光魔法と森魔法が得意で、主に回復役をしているわ。それで、今水を取りに行っているのがアンナ。斥候・探索役ね」
「私はギルだ。風と炎の魔法使いだ」
ギルとセルフィーが腰を下ろし、和やかな雰囲気で自己紹介を始めた。一通り話し終えたちょうどその時、先ほどのアンナが水を一杯に満たしたコップを、こぼさないように大事そうに抱えて戻ってきた。
「僕はヤノス。隣にいるのは妹のリコル。お水、ありがとう」
お礼を言って、コップの水を僕とリコルは少しずつ、美味しそうに喉へと流し込む。この、お互いが無言になったわずかなひとときを利用して、フィーネが念話で話しかけてくる。
『何かあったら、こう言うことにしましょう。設定通りヤノスとリコルの二人は兄弟で、食べ物になる植物を探しに森に入っていた。……それで、森から帰ってきたら、村がこんなことになっていた。わかったかしら? ヤノス、今のを私に復唱して!』
僕は水を飲む手を止めないまま、フィーネから聞いた設定を頭の中で復唱し念話で応えた。
『ほかに想定として必要なことがあれば、その都度私が伝えるわ。だから安心していいからね。また、疑問に思ったり、困ったことがあったらすぐに念話で私とリーノに尋ねるのよ』
人間世界をあまり知らないはずの精霊たちに設定を任せて大丈夫なのだろうか、一瞬だけ不安が頭をよぎる。
だけど、その心配は心の奥底にそっと留めておくことにした。
とはいえ、この世界に来て初めて出会った”この世界を生きる人間”の優しさに触れて、僕の緊張が、じわりと和らいでいくのを感じていた。本当に人の良さそうな人たちで良かった。
「少しは落ち着いたようだな。この家から出るから、ついてきてくれるかな」
ギルの優しい問いかけに、僕とリコルは深く頷いて立ち上がった。
「アンナ、この二人をガイスのところへ連れて行ってくれ。後のことは、俺とセルフィーでやっておく」
部屋を出ようとしたその時、ギルの言葉を聞いたアンナが、ふと足を止めて振り返った。
「……後のことって?」
歩きながら話をしていた冒険者達だったが、アンナの言葉を聞いたセルフィーが、慌てて口を塞いで言葉の先を止めるのが見えた。
「あのね! この子達は村の人たちをみんな失ったかもしれないのよ。それを調べに家を回るなんて、本人たちの前で言えないでしょ!」
僕達に聞こえないように小声で話しているつもりらしいが、はっきりと聞こえてしまう。
エルフの女性に厳しい瞳で見つめられ、怖そうに小さく頷いている小柄な女の子。
そのなんとも微笑ましい構図に、僕の心の緊張がまた一つほぐれ、思わず小さな笑みが漏れ出てしまう。
僕の一瞬の笑顔に気付いてくれたセルフィーが、ぱっと表情を明るくする。
「あ、笑ってくれたわ。そうよ、もう安心していいのよ」
彼女は僕たちに向けて、本当に優しく声をかけてくれた。
家を出た僕とリコルは、案内役のアンナについて、所々に階段がある坂を上っていった。
坂の一番上まで上った先には、村を囲む柵に繋がれた四頭の馬がいた。
そのそばに、頑丈そうな鎧を身にまとい、毛むくじゃらで大柄な男が立っている。そのあまりの体格の良さに、僕は一瞬ぎょっとして驚いてしまった。
「紹介する。あいつがガイス。私たち【聖光の慈雨】のメンバーよ」
「おう、おれは熊人族のガイスだ。よろしくな。盾役で剣士でもある。このパーティーの前衛だ!」
「そうだ、まだ言ってなかったっけ。私は斥候、探索役のアンナね。あ、そうそう。ガイスはこんななりして口調は荒いけど、根はすごく優しいから安心して」
先ほどの家の中で、セルフィーからアンナの名前と役職をすでに教えてもらっていたけど、ここは知らないフリをして、黙っておいてあげることにした。
「おいアンナ。こんななりしてとは何だ、こんななりとは! おい!」
ガイスがガハハと笑いながらツッコミを入れる。
そのコミカルなやり取りを見て、僕とリコルの顔に、自然とまた笑顔が浮かんでいた。
(……うん、ほんとうにいい人たちそうで良かった)
『大丈夫。悪い人たちと違う』
リーノが近くにいるみたいで念話が届く。
「おい、これからどうすると思う。ここで夜を過ごすのか?」
「どうだろう。早く戻ってギルドに知らせた方がいい気はするけど。まあ、それを決めるのは二人が戻ってきてからだね」
今度は、ギルさんたちをずっと観察していたフィーネから念話が届いた。
『もうすぐ残りの二人も上がってくるわよ。一軒一軒、本当に念入りに生存者がいないか調べていたわ。……信頼の置ける人たちのようね』
しばらくすると、フィーネの言葉通り、坂を上ってくる足音が聞こえてきた。
僕は何も知らない子供のフリをして、上ってくるギルとセルフィーに背に向けたまま座り込んでいた。
僕の正面にいたガイスとアンナが、戻ってきた二人と目配せを交わした瞬間、二人の表情がすっと曇る。
(……やっぱり、僕たちが調べた通りこの村にいた人たちは、もう誰も生き残っていなかったんだな)
その重い空気に気づかないフリをして、僕は今やっと足音に気づいたかのように、後ろを振り返った。
「これからどうするんだ?」
ガイスが上がってきた二人に尋ねると、ギルが厳しい表情のまま、即座に答えた。
「一刻も早くギルドに報せ、代行官様へ伝えてもらった方がいい。今から馬で急いで山を下りれば、日暮れには間に合わなくとも、そこまで遅くならずに町へたどり着けるはずだ。門番も、このような緊急事態であれば門を開けてくれるだろう」
「よし、即決即行動! ヤノスは私と一緒の馬だね!」
アンナが僕の手を引いてポンと馬の背に乗せる。
「じゃあ、リコルは私の馬ね」
セルフィーもリコルを優しく抱き上げ、自分の馬へと乗せた。
僕とリコルがしっかりと抱きしめるのを確認するやいなや、四頭の馬は凄まじい速さで、夕闇が迫る林の中の道を駆け抜けていくのだった。




