第20話 いざ人間の町へ
僕の顔色が普通に戻ると、体の近くで虹色に輝く魔素が凝縮を始めた。
光は徐々に人へと変化していき、そこからリーノが現れた。僕の体内に入って、邪気から救ってくれていたんだ。
「おにぃ? 大丈夫?」
「もう大丈夫」
リーノの確信のこもった返事を聞いて、リコルがほっとしたような笑顔を浮かべた。
リコルへと笑顔を送ったリーノが、そのままその場に座り込んだ。僕を助けるために、全神経を費やした凄まじい披露が、一気に彼女を襲ったのだろう。
「え? リーノ、大丈夫!?」
リコルがリーノに声をかけた瞬間、僕もかすかな声を漏らしながら、ゆっくりと目を開けた。
「「ヤノス(おにぃ)!」」
心配そうに自分を見つめてくる三人に一瞬驚きを見せたけれど、すぐに襲いかかってきた恐怖の記憶が蘇ってきた。
「あ、そうだ、何か禍々しいものが、心の底まで浸食してくるような、もの凄くいやな感覚があったんだ」
僕の問いかけに、フィーネが真剣な表情で答えてくれた。
「邪怪が、ヤノス、あなたの遠距離サーチに乗せられている魔素をたどって攻撃してきたみたい」
ゾッとするような冷や汗が背中を伝う。もし、みんなの教えがなかったら、僕は今頃どうなっていたか分からない。
「やっぱりあれが邪気だったのか……。リーノが助けてくれたんだよね。必死に魂を守ろうと、魔素で包んで無心になるよう務めていたとき、リーノの声が聞こえたんだ。ありがとう、リーノ」
「うん……。これからは、もっと気をつける」
そう言って、今まで座っていたリーノがふらふらと立ち上がり、少し離れたところで横になった。
「しばらく休憩。その後、出発する」
「リコルもヤノスも、ゆっくり休んで。特にヤノスは邪気の浸食を受けたのだから、大樹の森から持ってきているものを食べて、魔素をしっかりと補給しておくのよ」
フィーネの言葉に、僕とリコルは深く頷いた。
「おにぃ これを食べて」
リコルが、大樹の森から持ってきている食べ物の中から、野いちごを一つ取り出して僕に差し出してきた。
「ありがとう」
そう言って、リコルからのイチゴを受け取って口にする。それを見たフィーネは、目を閉じているリーノの側へ行き、静かに腰を下ろした。
◇ ◇ ◇
「ヤノス 出発するわよ」
その声が聞こえて、僕は目を覚ました。しばらくぐっすりと寝ていたみたいだ。
まだ日が昇らないうちに崖を登り始め、登り切ったときはまだ朝方だったはずだが、開けた目を、太陽がまぶしいほど照りつけていた。かなり時間が経ったのだろう。体はすっかり軽くなっている。
待たせていた三人の元に近づいていくと、正面の遠くを見つめていたフィーネが僕を振り返った。
「ヤノス、あなたが最後にサーチしたのはこの方向で間違いないよね?」
「うん、そうこっちの方向だったよ。大樹の森を背にして立って、右手側から順番にサーチしていって、まっすぐに向いたときだったから」
「もう強い邪気は感じられないけれど、僅かに残された邪気の痕跡を感じるわ。何もなければ良いのだけど……。念のために行ってみようと思うの。ヤノス、体はもう大丈夫?」
「心配いらないよ。大丈夫」
僕はにっこりと笑顔で答え、みんなと一緒に坂を下り始めた。
進行方向は尾根沿いだったので、しばらく歩くと背の高い木々が生い茂るエリアに入った。僕達はいつもの森を進む要領で、木の枝から木の枝へと軽快に飛び移りながら移動していく。
とはいえ、毒蛇が木の枝のところにいるとも限らない。先ほどの教訓を活かし、今度は狭い範囲に限定して動物の気配も《サーチ》で探りながら、慎重に飛び移る枝を決めて進んでいった。
順番を決め、交代で木の頂上へ登っては進行方向を確認する。
高く昇っていた太陽が進行方向の少し上の方に見えるようになった頃、森が突然切れた。
そこには、森を横切るような”道”が現れた。
この世界に来て初めて感じる人間の営み。
その温かさが、僕の心を優しく包み込んでくる。
横目でリコルを見やると、同じように目が涙で潤んでいた。
『止まる』
リーノの制止の念話が届く。
道に人がいたとしても気付かれないように、いつも以上に音が出ないように細心の注意を払って振り返る。
木の枝を飛び移って道から見えないところへと戻り、お互いの顔を確認できる位置で枝の上で待機する。
『いいわね。これから私とフィーネは、大樹の森を出る前に決めていたように姿を消すわ。姿が見えないだけで、あなたたちのすぐそばにいるし、念話で話しかけてくれたらお話もできる』
『『わかってる(わ)』』
リコルとともに声を出さずに、頷きながら念話で返した。
『ここからそれほど遠くないところに、人の営みが感じられる場所があるけど、二人はどう? 感じとれる?』
『人の気配はまだ無いけど、何かがあるのは感じ取れる』
『私も……』
リコルも違和感に気付いていたようだ。
『まず、最初の目的地はその”人の営みが感じられる”ところね。邪気が残気となって感じられるから、十分に気をつけるのよ!”平常心”。全員がその共通認識を持って行動すること。いいわね?』
『『大丈夫 (よ)』』
その返事を聞いた瞬間、リーノとフィーネの姿がかき消えるように見えなくなった。
『いくよ』
リコルとともに、姿を消した二人にも届くように念話を送り、先ほど見えた道の脇まで慎重に枝と枝を伝って移動する。
近くに人がいないことは《サーチ》を使って確認している。リコルに合図を出して、静かに道へと降り立った。
この世界に来て初めて、人の生活を感じる”道”という存在に、またもやじわりと心が熱くなる。
しばらくその道を上っていくと、右手からの道と合流している場所に出くわした。
徐々に邪気の残気が濃くなっていることに、より一層警戒感を強める。
僕とリコルはその合流した道へと方向を変え、さらに奥へと進んでいくことにする。
『これって』
足を一歩進めるごとに、禍々しい絶望が体を支配していく。
『邪怪との遭遇は無いけれど、最悪の状態を覚悟する必要があるわね』
フィーネの念話が、僕の抱いた絶望を裏付ける。それでも、進める足を止めるわけにはいかなかった。
道の向こうが開け、遠くに海が見えてきた。
しばらく歩みを進めると、一気に視界が広がる。
木で作られた門の先には、階段状に下る道が、視界の大半を占める海へと続くように伸びていた。
階段状の道には左右へ伸びる道がつながっており、その横道の先にポツンポツンと民家が建っている。
地球で見たなら、心が洗われるような美しい漁村の風景。
だけど――それが絶望へと繋がる地獄への入り口のように、僕とリコルには感じられた。




