第14話 出会い
意識がだんだんはっきりしてくるとともに、自分がふかふかとした地面に横たわっていることがわかり、少し安心して目を開ける。
目の前には、心配そうに覗き込むリーノとフィーネの顔があった。
「わるいわね。一度に大量の動物の情報が入ってきたんでしょう。魔素を広げる範囲とか、動物のサイズをもっと絞るとかした方が良かったわね」
フィーネがすまなそうに眉を下げて声をかけてくれる。
だが、今の僕の頭(脳)は、【叡智と魂の泉】様を名乗るあのお方の追加改造(?)のおかげで、さっきまでの重苦しさが嘘のようにスッキリと冴え渡っていた。
「心配かけたみたいで、すみません。でも、今度はもう大丈夫だと思います」
はっきりとした口調で淀みなく喋る僕を見て、二人の大精霊は少しびっくりしたように目を丸くしている。
「大丈夫です」ときっぱりと言い切った僕の様子に驚いているのだろう。
「もう一度やってみますね。――《サーチ》」
今度は欲張らず、【叡智と魂の泉】様から貰った新しい能力(並行思考)の感覚を確かめながら、思いを込めて体内から放出する魔素を広く、かつ繊細に広げていく。
「……え? なに? なにこれ……っ!?」
空間レーダーのように広がっていく僕の魔素が、多くの動物たちの存在とは別の、あってはならない”ある気配”を捉えた。
(……人間? この感覚は間違いなく人間だよね。どうしてこんな場所に人間が倒れているんだ? ――あ! もしかして、神様が最後に言っていた<あの子を頼む>って、この子のことなのか……!?)
いぶかしげな顔をしたリーノとフィーネも、僕の異変に気づいて自分たちもサーチを試みたようだった。次の瞬間、二人の顔が驚愕に染まる。
「ええ!? 人間……!?」
「どうしてこんなところに……! 多分これは、大樹の森の境界付近ね。さあ、行ってみましょう」
3人は大樹の木から伸びる枝の下の広場を勢いよく走り出す。
広場の後に広がる森の木々を、忍者のように身軽に飛び移りながら猛スピードで移動していった。
一年間の地獄の立体訓練の成果が、ここで完全に活きている。
泉の方角とは真逆へと、どれくらい進んだであろうか。やがて前方から明るい光が差し込み、うっそうとした森の終わりが見えてくる。
森の終わりで地面へと降り立ち、そこで僕たちが目にしたものは、意識を失って草むらに倒れている一人の少女の姿であった。
年齢は僕の一つか二つ下、あるいは同年代だろうか。とてもかわいい顔をしたその少女の傍らには、かつて僕が必死に治療した、あの聖獣と聖鳥が、心配そうに寄り添って見守っていたのだ。
(……女の子? どうして、こんな世界の最果てみたいな森の境界に……)
ぐったりと横たわる見知らぬ少女の姿を見て、僕は息をのんだ。その瞬間、脳裏に響いたのは、さっきまでいた精神世界で【叡智と魂の泉】様が最後に遺した、あの切実な言葉だった。
<最後じゃが、あの子をたのむ。早く見つけて、助けてやってくれ>
(――あ! そうか……! 神様が最後に言っていた”あの子”って、この子のことだったんだ!!)
神様が僕の体を削ってまで救おうとした少女。
なぜ彼女がここにいるのか、どんな理由があるのかは僕には全くわからない。けれど、神様から託された命が目の前にある。
それだけで、助ける理由としては十分すぎた。
強い使命感を胸に一歩を踏み出したその時、僕たちに気づいた聖獣の狼へと念話を送った。
『君たちが見つけてくれていたの』
「今日の戦いの場所を探して歩き回っていて、偶然見つけたのだ。体がひどく弱って倒れていたから、おぬし(ヤノス)に知らせてやろうと、今ちょうど話していたところだ」
「ば、ばか。戦いの場所じゃなく遊ぶ場所でしょう」
フィーネが呆れたようにため息をつく。
このところ怪我をしてこないと思っていたら、裏でこっそりまたじゃれ合い(戦い)を始めようとしていたようだ。
「ねえ。リーノ、フィーネ、この子どんな状態? 僕も何処が悪いのか診ているんだけど、何処が悪いのか見つけられないんだよ」
次の瞬間、何かに気付いたのか、リーノがフィーネにほっとしたような声で話しかける。
「フィーネ。これは……」
「うん」
大きくうなずくリーノ。
優しい顔で僕を見つめながらフィーネが説明してくれる。
「どうも体内魔素が枯渇しきっていて、体が弱っているみたいね。まだ、すぐに命に関わる状態ではないけど、あと少し遅れていたら大変なことになっていたわ」
「じゃあ。いそいで大樹の家へ運んで治療しよう。いや、この場ですぐがいい?」
「この場ですぐに治療するのは良くないわ。ここまで枯渇してしまえば、ゆっくりと治療するしかないの。でも、すぐに大樹へ運ぶのは待ってね。このまま、濃い魔素が立ち込めている大樹の森に入ったら、急激な体内魔素の変化に体が耐えきれずに、命の危険を及ぼすわ」
そう言うとフィーネはリーノに協力を仰ぎ、倒れている少女に向かって何か魔法をかけ始めた。
「体の周りを外界と閉ざす魔法をかけたわ。これで濃い魔素の中に入っていっても、魔素の影響を受けないわ」
『ねえ。この子を背中に乗せて運んでくれる? できるだけ優しく走ってほしいんだけど』
聖獣の背をなでながら頼んでみる。
『心得た。ちょっと待て、大きさを変える。その方が安定するだろう」
そう言い終わるか終わらないうちに、狼の姿が巨大になっていく。
見る間に、元のサイズとは比較にならないほどに巨大化し、神々しい銀色の毛並みを風になびかせる、圧倒的な威厳と力強さを秘めた美しき四つ足の獣となった。
あまりの迫力に、僕は思わずごくりと唾を飲み込む。
『以前、恐れられると思い狼と言っておったが、もう気付いておると思う。わしは【フェンリル】だ』
(……いや、気付いてないし!!)
誇らしげに胸を張る聖獣【フェンリル】に対し、僕は心の中で全力のツッコミを入れた。
たしか異世界ファンタジー小説の知識だと、世界最強の神獣・魔獣の一角じゃなかったっけ!?
凄まじい大物が最初から普通にその辺にいた事実に、僕は涙目で頭を抱えたくなるのだった。
『じゃあ頼むね』
フェンリルに良いところをすべて持っていかれ、何か不満げな表情を浮かべた聖鳥が、負けじと声を張り上げた。
『じゃあ私は空から、あなたのその大きな体の上に乗るいたいけな少女が、木の枝に傷つかないようなルートを見つけて誘導するわね』
『ふん。たのんだぞ』
素直に感謝しつつも、どこか不満げな表情を隠せない聖獣【フェンリル】が、ぶっきらぼうにそう答えた。
「じゃあ。私たちは先に帰って、大樹の家の中にその子を迎える準備を済ませておきましょう」
フィーネの合図とともに、僕たちは地面を力強く蹴り上げた。
一刻も早く少女を救うため、来るときよりもさらに速度を上げ、森の木々を軽々と飛び移りながら我が家である大樹の元へと真っ直ぐに向かって疾走した。




