第13話 叡智と魂の泉
目に入るものがすべて白く輝いており、床も壁も天井もない、果てしない空間。
立っていることさえ定かでなく、自分が浮いているのか、それとも地に足が着いているのかすら知覚できない。
(……あれ? 僕、たぶんサーチ魔法を暴走させて気絶したんだよね? でも、なんだろう。ここ、どこかで見たことがあるような感覚に襲われるな……)
デジャヴのような奇妙な感覚に首を傾げていると、真っ白な世界の中心から、厳かな念話が響いた。
『呼び出したときは失礼した。想定外のことが起き、私としたことが少し慌ててしまったのじゃ』
ぼやける視界の先、僕の目の前にあるのは、白く輝く大きな球体。そしてそれを取り巻くように、神秘的な白いモヤのようなものがゆったりと蠢いている。どうやら、声の主はその球体のようだ。
(……思い出した。ここ、僕が転生する直前にいた、あの真っ白な空間だ! <呼び出したとき?>ってことは、あの時の神様なのか!?)
僕の混乱を見透かすように、球体は穏やかに話を続けた。
『ゆっくりと私が作った身体に、おぬしの魂がなじむのを待ってから送り込む予定だったのだがのう。予想外のことが起きて、急遽、おぬしの魂を保護し、新しい体を与えなければならなくなってしまったのじゃ』
『魂の保護? ……新しいからだ?』
『うむ。あまりにも急だったため。おぬしの身体の三分の一ほどを削って、おぬしの身体の再構成とともに、もう一つ新しい身体も作らなくてはならなくてな。十分な時間を取って送り出すことができなかったのじゃ』
(体の三分の一を削って……もう一つの身体!?)
衝撃の告白に僕が息をのむと、球体は申し訳なさそうに光を小さく揺らした。
『魂が弱って不安定だったおぬしを、そのまま放り込む形になってしまった。……あのような痛い思いをさせてしまい、本当にすまないことをしたのじゃ』
『……!』
その衝撃の告白に、僕は言葉を失った。
なんだか全ての疑問に納得がいったと同時に、心の中で(もっとしっかりしろよ!)という怒りの思いも浮かんだが、もう過ぎたことだ。
それに、今の僕にはあの地獄の痛みを共に乗り越えてくれた大精霊たちがいる。今さら怒ってもどうしようもない。
『……では、あなたは神様ですか?』
『神様とな。うん、どれどれ。ほほう、面白い記憶じゃ』
(……あ。また勝手に僕の記憶を覗かれてる。この世界(?)の存在は、こんなに他人の記憶を勝手に覗く人ばかりなのだろうか。いや、精霊たちもそうだったけど……神様なら尚更か?)
『おお、勝手に記憶を覗いてすまんすまん。怒るでないぞ?』
(ええっ!? 思考が念話となって外部に出ないように、頭の中で完璧に壁を作って隠しているはずなのに!)
驚愕する僕を見て、白い球体は楽しそうに笑声を響かせた。
『はっはは。どんなに思考に壁を作って、外に漏れないようにしても無理じゃよ。おぬしはわしの一部であり、わしの一部はおぬしなのじゃからな。……おっと、失礼。”神”かと聞かれておったな』
『ええ、あなたは神様なんですか?』
『”神”……、のう……。少し違うようだな。どちらかと言えば、そう、お前さんが元いた国でも信仰があった、”阿弥陀様”……に近いかの! おまえさんがいる世界、惑星や銀河と、その近くにあるいくつかの銀河の無限の魂を包み込み、導く無量の光……と言えば良いかの?』
(銀河団を網羅する魂がたどり着くところ……なのか!?)
『さらに、【叡智を蓄える場所】とも言えるのう』
(銀河団規模の知識と魂の集合体……まさに宇宙の根源みたいな存在か)
『うむ。まあ、言うとすればじゃな――』
『言うとすれば?』
『そうじゃな……。【叡智と魂の泉】とでも言っておこうかの! おお、決まったのじゃ! お前さんの記憶にあるこの響き、格好よくて気に入ったぞ!』
(……あ、僕のラノベの知識を覗き見て、自分で勝手に名前を決めてはしゃいでる。なんだか、壮大な存在のわりには随分とフランクな神様だな)
「心の声、筒抜けになってますよ」
『うほん! ごっほん!』
なんだかむせているようだ。威厳を取り戻そうと、白い球体が小さく咳払いをする。
『ところで何か用なのですか。それと、どうして僕はここに来ているのですか?』
『おっと、そうじゃ。おまえさんは、サーチに取り組んでいなかったかのう。体内魔素を広い空間に行き渡らせすぎて、その中に生息する莫大な数の動物の情報に脳がパンクしてしまったのじゃよ』
(……あ、そうだ。思い出したぞ。フィーネに教わった通りに魔素を広げて、サーチを試みていたんだ。それで、情報量が多すぎて頭がショートしたんだっけ)
自分のやらかしに苦笑いしていると、白い球体が不意に、僕に向かって半透明の光を放った。
『ちょっと待っておれ。このくらいで良いかのう。ほれ。これでいいじゃろう』
『……? いま、何をなさったのですか』
『もう、大丈夫であろう。あれくらいのデータ量であれば、パンクすることはないであろう。安心するがいい』
『いや、余計にもっと心配になったのですが。本当に何をなさったのですか?』
詰め寄る僕に、球体は事もなげに言った。
『送り出すとき、おぬしの魂とともに様々な魂からほんのわずかの欠けらを加えて送り出したのじゃが、それでは足りんかったようじゃ。少しだが、追加で魂の欠けらを足しておいたぞ』
『え、僕以外の魂のかけらですか……?』
不穏な言葉に顔を引きつらせる僕を、【叡智と魂の泉(自称)】さんは豪快に笑い飛ばす。
『気にせんでも良い。いままで、地球で生活していたときよりも体が良くなったとか、思考が鋭くなったとか感じなかったか?』
『はい……? そういえば、この世界に来てから妙に頭がハキハキ働くというか、何か変わったように思ってはおりました』
『そうじゃろう。そうじゃろう。今後は並行思考なども、もっとスムーズにできるようになるじゃろうからな。敵からの攻撃を受けながらも、同時に周りの情報を処理したりと、色々と便利じゃぞ』
『……なるほど。それはありがたく、受け取っておきます』
僕がチート能力を素直に受け入れたのが嬉しかったのか、白い球体はポワポワと満足そうに光を明滅させ、楽しげに空間を揺らいでいた。(現金な【叡智と魂の泉(自称)】様だなぁ)と思いつつも、僕の心にも不思議と温かい信頼感が芽生えていく。
『それは受け取っておきます』
なんだか白い塊が喜びと満足感で揺らいでいるように感じる。
『その……名前、【叡智と魂の泉】に(自称)は付けないでもらえるかのう』
『あ、聞こえていたんですね……。はい、もう付けません』
『おっと――もうそろそろ時間じゃな。おぬしの意識が現実に戻る。――最後じゃが、あの子をたのむ。早く見つけて、助けてやってくれ』
『え? ちょっと待って、あの子って誰――』
肝心なところで僕の疑問を置き去りにしたまま、白い球体の輝きがまばゆく膨れ上がっていく。
(あの子って一体誰のことなんだ!?)
という猛烈なモヤモヤが頭を巡る中で、僕の視界は圧倒的な純白の光に染め上げられ、意識は一気に引き戻されていくのだった。




