第12話 二度目の春 そしてサーチ
木漏れ日の中に、確かな暖かさを感じるようになってきた。
爽やかな風がそよぎ、新しい季節の訪れを告げている。僕がこの世界に転生してきてから、二度目の春が巡ってきたのだ。
朝の魔力の鍛錬、そして午前中の動物たちの診察が終わり、(さて、いつものように木々を飛び移って、あの綺麗な湖へ向かおうか)と僕が考えていた、その時であった。
「新しいこと はじめる」
リーノが僕の前に立ちはだかり、ぽつりと声をかけてきた。なんだか、彼女の言葉が、文章としてほんの少しだけ、以前よりも長くなっているような気がした。
◇ ◇ ◇
――昨日の午後こと……、僕とフィーネが先に動物たちの治療を終え、リーノが一人でまだ治療に手間取っている時間があった。
僕は少し離れた場所からリーノの後ろ姿を見つめながら、ずっと心に引っかかっていた疑問を、隣にいたフィーネに念話でそっと打ち明けてみた。
『ねえフィーネ。僕って、やっぱりリーノに嫌われているのかな』
「え?」
思わず声に出して驚いたフィーネだったが、ハッと周囲に気付き、すぐに僕へ直接届く内緒の念話に切り替えてくれた。
『そんなことはないわ。ぜったいに、ありえないわ』
『そうなのかな。だって、僕に話しかけてくれると言ってもいつも短い単語だけだし、あんなにスパルタだしさ……』
短く優しくため息をついた後、フィーネは少し考えをまとめるように間を置いてから、静かに語り始めてくれた。
『たしかに、あの子はぶっきらぼうに話すけれど。実は私よりもずっと思いやりが深くて、情熱的なのよ。あなたのことは、とても大切に思っているわ』
『えっ……僕のことを?』
意外な言葉に僕が目を丸くすると、フィーネはどこか遠い目をして、慈しむように目を細めた。
『ヤノス、あなたがこの世界に来たばかりの時、魂と肉体が馴染む激痛に襲われてずっとうなされていたでしょう? あのとき、あの子はあなたが感じている痛みを少しでも和らげようと、何度も何度も試みていたのよ』
(あの時の激痛の中に……リーノが?)
『それでも痛そうに唸っているヤノスに耐えかねて、私に何度も<どうすればこの痛みがとれるんだ、どうやったら救えるんだ>って、必死になって相談してきたのよ』
フィーネの思いがけない告白に、僕は言葉を失った。
『私よりリーノの方が、魂と肉体が馴染むときの痛みは、周りがどうあがいても取り除けないものだって、本当は一番よく知っているはずなのにね……。
『それほど、あの子はあなたの痛みを放っておけなかったのよ』
遠くで、小さなリスの怪我の手当に一生懸命当たっているリーノ。その不器用な背中を静かに見つめながら、僕は胸の奥がじんと熱くなるのを感じていた。一生懸命小さなリスの怪我の治療に当たっているリーノを見るがら
『そうなんだ』
僕は胸の中で小さく呟き、深く頷くことしかできなかった。
◇ ◇ ◇
昨日、フィーネから明かされたリーノの不器用な優しさを思い出しながら、僕がじっとリーノの眼差しを見つめている――まさにその時だった。
「何考えてる 新しい訓練始める」
現実へと引き戻すリーノの声が、僕の頭の中に響き渡った。
「聞いてる? 訓練、始める」
(……あ、やっぱり言葉が文章として長くなっている!)
フィーネの話を思い出したばかりだからか、リーノのその拙い”声”が、さっきまでよりもずっとずっと優しい思いやりに溢れているように感じられた。
「害意 感じられるようになった。 でもだめ。 広い範囲で、感じる 大切」
まだ単語の組み合わせだったり、短い文章だったりはするが、彼女が何を言おうとしているのか、今の僕には大分わかるようになってきていた。僕はリーノを見つめ、先を促すようにコクコクと頷く。
「体内魔素 空間に広げる。 精霊の声、聞く。 周りの様子、つかめる」
「なるほど……。<体内の魔素を空間に広げて、さらに精霊たちの声を聞くことができるようになれば、直接目で見えなくても周りの様子がわかるようになる>ってこと? それって、異世界ファンタジー小説とかでよく使われる《サーチ魔法》みたいなもの?」
「サーチ?」
といって、不思議そうに首を傾げるリーノ。じっと僕のことを見つめてくる。多分、僕の頭の中にある前世の記憶(ラノベの知識)をそっと探っているのだろう。
「《サーチ》 そう 《サーチ》、やってみる」
理解が早い! 前世の言葉をそのまま魔法の名前に採用してくれた。だが、リーノの解説の中に、一つだけどうしても気になる点があった。
「でもさ、リーノ。僕、精霊の声なんてこれっぽっちも聞こえないよ?」
「精霊いる ヤノス、に声かける」
(いや、そういう問題じゃない。話が通じていない……!〉
存在しているのはわかっているし、向こうから話しかけてくれているのもわかったが、肝心の<僕の耳(脳)に届いていない>という重大なすれ違いに、僕は心の中でがっくりと肩を落とすのだった。
「あのね。ヤノスはこの一年ほどの間、あなたはずっとこの森で怪我や病気で困っている動物を助けてあげたでしょう? また、森の恵みに感謝しながら食事をいただいていたわね』
「うん、それは……もちろんだけど」
「その心がちゃんと届いていたのよ。この森にいる多くの精霊があなたと心を通わせていると思うの。不意を突かれて攻撃を受けるとき、害意を感じる他に、何か危険を知らせてくれる声みたいなものが聞こえなかった?」
そう言われてみれば、思い当たる節があった。
「……あ。危ないと思う一瞬前に、狙われている身体の部分がなぜかピリピリと痛く感じたり、あっちへ動けと頭の中で誰かに指示を受けたような気がしたことが、何度もあった」
「それが、精霊からの声であり、メッセージよ」
フィーネが、嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ。その体内魔素を周りの空間に広めるというの、なんだかまだ漠然としていてイメージが掴めないから、詳しく教えてくれる?」
「リーノこれ私が説明していいかな。その方が伝わりやすいと思うの」
うなずくリーノを見て、フィーネが優しく話を続ける。
「体内魔素を濃くしたり薄くしたりできるようになったでしょう? その、薄くする感覚の延長で、今度は体内魔素を薄く広げて、自分の周りの空間へと放出していくの」
「自分の周りに……放出して広げる」
僕が呟いてイメージを頭に描くと、フィーネは満足そうに頷いた。
「そう、そのとき忘れていけないのが、放出した魔素に、(周囲の空間の有り様(情報)を教えてほしい)という思いを乗せて広げていくこと。そうすれば、自分の魔素だけでなく、周囲の自然界に漂う魔素もその思いに応えて情報を運んでくれるわ」
「へぇ……! 周りの魔素がレーダーの受信機になってくれるのか」
「ええ。ただ、周りの空間の情報といっても漠然としているから、最初は”手のひらサイズ以上の生き物だけ”とか、条件をつけておくと、情報が脳に戻ってきやすいわ」
その言葉を聞くと同時に、僕はさっそく実践してみることにした。
手のひらから薄く、薄くした体内魔素を周囲へと広げていく。そしてフィーネのアドバイス通り、(手のひらサイズの動物がどこにいるか教えてちょうだい)という思いを乗せて、周りの空間へと魔素を解放していった。
最初は、全く情報が返ってこないと思った。
――だが、その瞬間だった。
フィルターの設定が甘すぎたのか、あるいは情報量が僕の処理能力を超えていたのか。周囲数百メートルにひしめく、ありとあらゆる大小の動物たちの”数千、数万という位置情報”が、一斉に、凄まじい濁流となって僕の脳へと直接雪崩れ込んできたのだ。
(うわあああ!? 頭が割れる――っ!!)
一瞬にして処理限界を迎えた僕の脳は、バチコンと音を立てるようにショートした。莫大な情報量の前に僕の意識はあっけなく消し飛び、僕はそのまま白目を剥いて地面へと崩れ落ちるのだった。




