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8.論理的かつ徹底的な社会的処刑


 帝国貴族たちの冷笑のさざ波は、収まらない。

 謁見の間の中央に立たされたユリウスは、しかし、まだ気づかない。

 いや――気づくことを、本能的に拒んでいた。


「黙れ、貴族ども!」


 彼は、ぐっと顎を上げ、声を張り上げた。


「ガルディナ皇帝レオンハルト! 貴様、よくも我が国の令嬢を唆し、不法に拉致したな!」

「……ほう」

「魔力ゼロの愚かな女など、貴様の道具に過ぎぬのだろう! 今すぐエララを返せ! さもなくば、エルディア魔導王国の総力を挙げて、貴様らを滅ぼすぞ!」


 玉座のレオンハルトは、ゆっくりと、片肘を肘掛に預けた。

 その口元に、薄い、しかし極めて冷たい笑みが浮かぶ。


「呆れ果てて、言葉も出ぬな」


 彼の声は、抑揚を欠いていた。


「貴様は、自身が何を捨てたか、未だに理解しておらぬらしい」

「……何だと?」

「いいだろう。教えてやろう。公衆の面前で、な」


 レオンハルトが、軽く指を持ち上げる。

 控えていた帝国宰相が、進み出た。

 手にしているのは、分厚い羊皮紙の束。

 ユリウスが「ぴくり」と眉をひそめる暇もなく、その羊皮紙は、謁見の間の中央で、ばさりと展開された。

 巨大な、可視化された統計グラフ。


「帝国諜報部の集計によりますれば」


 白髪の老獪な宰相が、淡々と読み上げる。


「エララ・ヴァン・クロイツ嬢が、エルディア王国に在籍されていた、過去十年間――」


 彼の指が、一本目のグラフを示した。


「貴国の魔力効率指数は、大陸平均比で『一七二パーセント』。実績値で大陸第一位を、十年間連続で維持しておりました」


(一、七二……?)


「次に、農作物収穫率。同じく『一六八パーセント』。鉱山稼働率、『一八一パーセント』。盗賊団被害件数、大陸最低値を更新中」


 数字が、淡々と読み上げられる。

 次々と、可視化される、王国の「異常な繁栄」。

 貴族たちの間に、息を呑む音が広がっていく。

 誰の目にも、その指数が「不自然」であることは、もう、明白だった。


「では、エララ嬢が貴国を追放された、過去ふた月の数値です」


 宰相は、二本目のグラフを掲げた。


「魔力効率、『二三パーセント』。収穫率、『一二パーセント』。鉱山稼働率、『〇パーセント』。事故発生率、対前年比『四二〇〇パーセント』」


 謁見の間が、しん、と静まり返った。


「見ての通り。貴国の繁栄は、すべて、エララ嬢の『因果律の最適化演算』による、確率の書き換えに依拠しておりました」

「……な」

「殿下のご成功は、すべて、この方が背後で確率を補正しておられた結果に、過ぎませぬ」


 宰相は、ユリウスに、視線を移した。

 冷ややかな双眸が、容赦なく、彼を貫く。


「殿下ご自身の魔力制御力は――当帝国の、新兵以下と、評定されました」


 時が、止まった。


「……は?」

「無詠唱出力、補正値ゼロ。発動精度、平均六八パーセント。詠唱速度、新兵平均比マイナス二〇パーセント」


 ユリウスの顔から、表情が、剥がれ落ちていく。


「魔法学校の卒業試験で、補習対象となる水準でございますな」


(嘘、だ……)

(私が……天才の、私が……新兵、以下……?)


 脳が、現実を拒絶していた。

 ユリウスは、震える指で、宰相を指さす。


「で、捏造だ……! 全部、捏造だ……!」


 しかし、その指は、誰にも届かなかった。

 貴族たちは、もう、笑ってすらいなかった。

 ただ、憐れむような、冷たい眼差しを向けているだけだった。


「ち、違う……! 私は、天才だ!」


 ユリウスは、突如として腕を振り上げた。

 その指先が、玉座のエララに、向けられる。


「貴様の呪いだッ、エララ! ここで、解いてやる! 『大火炎魔法』――エクス・プロミネンス!」


 己の無能を否定するための、最後の足掻き。

 彼の掌に、業火が、渦を巻いた。

 ところが――。

 その瞬間、エララの『最適化演算』による補正は、もう、彼に届かなかった。

 風向きの調整も、出力の安定化もない、剥き出しの彼自身の制御力。

 業火は、暴れる出力に耐えきれず、彼の掌の中で「爆ぜた」。


「ぎゃあああっ!?」


 炎が、彼自身の豪華な王族用軍服に燃え移る。

 絹のマント。宝石の刺繍。金糸の縁取り。

 すべてが、無惨に焼け焦げていく。


「あ、あ、熱いっ! 誰か! 誰か助けっ……!」


 ユリウスは、無様に、大理石の床を転げ回った。

 帝国の中枢で、王族としての威厳を、ことごとく焼き尽くしながら。

 彼の隣でぽかんと立っていたミレーヌが――。


「ちょ、ちょっと、近づかないでよ!」


 悲鳴のように、叫んだ。


「冗談じゃないわ! こんな、こんな無能で惨めな王子だなんて、聞いていない! 私は『光の聖女』なのよ、貴方となんて関係ないわ!」


 彼女は、踵を返し、扉へと駆け出した。

 しかし、三歩。

 たった、三歩で、帝国兵の屈強な腕が、その細い肩を、あっさりと押さえ込む。


「離して! 離してよ、私は無関係――!」


 その声も、すぐに掻き消された。

 炎に転げ回るユリウスの耳に、最後の支柱が崩れ落ちる音が、確かに届いていた。


(……嘘、だ)

(私の……人生は、こんな、はず……ではなかった……)


 すべてが、終わった。

 彼自身の魔法で、彼自身の衣服が燃え、彼自身の婚約者にすら、見捨てられた。

 帝国兵が、無造作に水魔法で炎を消し、彼を引き起こす。

 軍服は、半分が炭化し、頬には大きな火傷の痕が残っていた。

 玉座のレオンハルトが、ゆっくりと、立ち上がる。

 その圧倒的な威圧感が、謁見の間を、再び覆い尽くした。


「ユリウス・エルディア」


 冷たい、低音が、降り注ぐ。


「私は、他国の内政に干渉する趣味はない」


 彼は、エララの方へ、目線を一度だけ落とした。

 愛しい妻は、表情を動かさず、優雅に微笑んだまま、玉座に座っている。


「だが――」


 レオンハルトの真紅の双眸が、絶対零度の光を宿した。


「我が妻への無礼は、万死に値する」


 その声は、もはや宣告だった。


「エルディア魔導王国には、国家の存続に関わる、相応の賠償を、請求させてもらおう」


 謁見の間に、その一言が、静かに、けれど決定的に、響き渡った。


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