第9話 モブが名前を呼ばれる日
最後のイベントが来た。
——星降る夜の告白——
ゲームの最終イベントであり、全ルート共通のクライマックス。
学院の年に一度の観測祭で星空の下、ヒロインが選んだ相手と二人きりになる瞬間。
私の仕事は三つ。
一、観測祭の当日、天候が崩れないように……は私にはどうにもできないので、前日から気象書類を確認して開催の判断が正しく出るよう関係書類を整える。
二、レイアちゃんが選んだ相手
今日の彼女の動向から判断するに、恐らくアルベルト殿下ルートなので自然に二人きりになれる場所と時間を設定する。
三、そして——今日の私自身の話だ。
観測祭の準備が終わり、夜空に星が出て、学院の庭に生徒たちの笑い声が満ちた頃。
私は一人で片付けを進めていた。
テーブルクロスを畳んで、使った機材を倉庫に運びヒロインたちの物語が動いている間、私は地味に後片付けをしている。
「ヨウさん。」
振り返ると、セドリック様がいた。
今日の彼は学院の制服ではなく、深い紺色の夜会服だった。
金の刺繍が星明かりに煌いており、どうしてこの人は何を着てもこんなに——
「名前を呼んでいいですか。敬称も付けず。」
「……どうぞ。」
「サンスイ、ありがとう。」
あ、そうだった。
私の名前は散水用ホースのサンスイにしたんだ。
モブに名前は必要ないと思ったけど、さすがにこのシチュエーションでは何とも味気が無い。
あの時の自分をこんなにも後悔する時が来るとは。
彼は近づいてきた。
私は機材の箱を抱えたまま、その場に立っていた。
「貴方が何をしていたか、大体は分かっています。」
「……何を、でしょう。」
「ローゼルさんのために、殿下のために、カインのために、ずっと裏で動いていた。」
「それは……。」
「否定しなくていい。」
セドリック様は穏やかに遮った。
「私には分かっている。貴方が動くたびに、誰かの物語が一歩進んでいた。」
何も言えない。
「サンスイ。」
「……はい。」
「貴方は、ずっと誰かの幸せを作ってきた。次は、貴方ご自身のことを考えてもいいんじゃないですか。」
夜風が吹き遠くでレイアちゃんの笑い声がし、アルベルト殿下の低い声がそれに続いた。
上手くいったんだ、と思った。
それだけで十分だと思っていた。
「私は、この世界の物語には関係ない人間なんです。ずっと黒子で、モブで——。」
「私には関係ある。私の物語には、貴方が必要だ。」
思わぬセリフに私は箱を落としそうになりセドリック様が素早く箱を受け取って、脇に置いた。
「怖いですか、私が。」
「……怖くは、ないですが。」
「では、私と一緒にいるのが嫌ですか。」
「嫌では、ないですが。」
彼は手を差し伸べた。
「ならば、この観測祭を私と一緒に見ませんか。片付けは後でいい。」
星空の下で、私はその手を見た。
包容力と色気が服を着て歩いているような温かい手。
私は——そっと、その手を取った。




