第10話 最終話
翌朝
事務室に出勤すると、机の上に小さな白色の花束があった。
添えてあるカードには一言だけ
「昨夜はありがとう——S」
私はしばらくそれを眺めていたところ窓の外から賑やかな声がした。
レイアちゃんとアルベルト殿下が中庭で話している。珍しく殿下が先に笑っていて、レイアちゃんが驚いた顔をして、それからつられるように笑った。
二人の物語も、ゆっくりと動いている。
私がいなくても、もう大丈夫だろう。
レイアちゃんは動かなかったのではなく、動き出せなかっただけだ。
最初の一歩さえ踏み出せれば、人は思っているよりもずっと遠くまで行ける。
ゲームのイベントが一通り動き出した今、あとは彼女自身の物語だ。
扉がノックされた。
「おはようございます、ヨウさん。」
セドリック様だった。
今日も書類確認という名目で来たのだろう。
「何の書類ですか。」
「花束の返事をもらいに来ました。」
「……返事とは。」
「昨夜のことです。貴方は何も言わなかった。」
確かに言わなかった。
手を取って、一緒に星を見て、それだけだった。
「口頭で返すなら、今聞きます。」
「用意周到ですね。」
「貴方が逃げると学習しましたので。」
私は呆れたが少し——笑った。
彼は私が笑うのを見て、嬉しそうに目を細めた。
「今日の昼、外に出ませんか。学院の外へ、街に。」
「事務員にはそんなに昼休みがありません。」
「私が事務長にもう話はつけてあります。」
私は目を瞬いた。
「……いつの間に。」
「今朝、登院して直ぐに。」
「朝一番に事務長に何を仰ったんですか!?」
「昼から2時間ほどヨウさんをお借りしたい、と。」
——言葉を失った。
公爵家の嫡男に頼まれては、事務長も断れるはずがない。
「……かしこまりました。お昼から2時間ですね。」
セドリック様が花が咲いたように笑った。
この人がこういう笑い方をすると本当に、どうしようもなく——
「よかった。」
と、彼は言った。
窓の外で、春の光が中庭に降り注いでいた。
レイアちゃんたちの物語が動き続ける、その学院の隅っこで名前のないモブだった私の物語も今日から始まる。
多分。
——完
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