第8話 不器用な男の不器用な親切
「失礼します。」
無駄のない声がして事務室の扉が開くと、近衛隊長補佐カイン・フォン・ヴァルターが立っていた。
「……どのようなご用事でしょうか。」
「貴方に、聞きたいことがある。」
彼は扉を閉めて、カウンターの前に立った。
不器用に見えるのに、動きには迷いがない。
姉がいるのに異性への距離感が掴めない、というのがよくわかる佇まい。
「セドリックの口から出るのは最近、貴方の名前ばかりだ。」
「……はあ。」
「以前から気になっていたんだが、先週から特にひどい。公爵家の嫡男が毎日のように事務員の話をする。」
私は書類の整理をしながら答えた。
「私には関係のないことです。」
「そうは思わなかったので来た。あの男が、本気で誰かに興味を持ったのを見たことがない。姉に言わせると、セドリックは昔から大人の女性に好かれる。本人も笑って流してきた。だが、自分から追いかけるのを見たことがなかった、と。」
私はペンを止めた。
「……それは、忠告ですか。」
「逆です。逃げるなと言いに来た。」
彼を見れば無口な男で姉への接し方を見る限り、不器用なりに誰かを大切にすることを知っている人間だ。
「余計なお世話です。」
「そうかもしれない。でも、貴方はセドリックに対して毎回逃げている。それは見ていて、惜しい。」
「惜しい?」
「あいつが本当に誰かを好きになるのを初めて見ている。それが空振りになるのが、惜しい。」
私は少し黙った。
「ヴァルター様は、ローゼル様とうまくいっていますか。」
唐突な話題転換に、カインがわずかに目を見開いた。
「……なぜ。」
「答えてくれたなら、参考にします。逃げるかどうか。」
長い沈黙。
「……うまくいっているかどうかは、まだ分からない。だが、前には進んでいる。」
「それは、誰かが助けてくれたからですか。」
カインは私を見た。
その黒い目が、ゆっくりと何かを理解するように細くなる。
「そうだな。誰か、が。」
彼は踵を返し扉のところで一度止まって、振り返った。
「セドリックから逃げ続けるのはやめてやってくれ。」
と言うと扉が閉まった。




