第6話 モブの立場
話を聞いてもらえないか、と言われたまま一週間が経った。
セドリック様とは、毎日どこかで顔を合わせる。
事務室の前、渡り廊下、食堂の入り口。
この人はもしかして私の行動ルートを把握しているのではないかとすら思えてくる。
それでも私は避けた。
理由は単純、私はモブだ。
この世界の物語には関係がない。
ヒロインたちのための舞台装置を整えることが私の役割で、それで十分だ。
名前を知られて、顔を覚えられて、それでこの世界の何かが変わるとしたら——それは物語の邪魔になる。
そう、思っていた。
「ヨウさん。」
今日は屋上だった。
例の雨イベント以来、私は時々ここに来る。
一人になれる場所があると知っているから。
振り返ると、セドリック様が扉のそばに立っていた。
「なぜいつもここに?」
「貴方がいつもここにいるからです。」
「それは……。」
「言っておきますが、ストーキングではありませんよ。マスターキーを持つ人間は学院に限れば私を含めて数名しかいない。屋上に来られる人間は限られる。ただの論理的帰結です。」
公爵家の嫡男が屋上に上がる理由はないでしょ、とは言えなかった。
「ヨウさん。貴方のことを聞いて回りました。」
「……何をでしょうか。」
「名前も、出身も、経歴も、誰も知らないんですね。事務員として雇われているのに、身元保証書が異常なほど曖昧な形で処理されている。まるで、最初から存在しなかったことにしようとしているみたいに。怪しいとは思っていません。ただ、気になっています。貴方のことが。」
「……私はモブです。物語には関係ない人間です。」
「モブとは?」
しまった。言いすぎた。
「目立たない、という意味で。」
「そうは思えませんが。少なくとも私には、貴方はずっと気になっています。最初から。」
屋上に風が吹き私の髪が揺れた。
「……なぜ私なんですか。貴方様は名門の公爵家の嫡男で、周りにはずっと素晴らしい女性がいるはずで——」
「そうですね。でも、誰も屋上でホースを振り回していなかった。」
「……それは。」
「誰も、廊下を封鎖していなかった。誰も、図書館で一人で泣いていなかった。誰も——誰も、私にこんなに目を逸らさなかった。」
その金色の瞳が近くて、私はしばらくの間、完全に言葉を失った。




