第2話 雨が降らないなら、降らせればいいじゃない
屋上に出るには事務員用の鍵が必要だ。
幸い、私の懐には「学院マスターキー」がある。
転生先がどんな役職でも、事務員というのは何かと便利なポジションだということに気がついた。
ホースを排水溝に繋ぎ蛇口を全開にすると、水がホースの先から勢いよく噴き出し、屋上のへりから中庭へと降り注いだ。
レイアちゃんが歩くのは東側の回廊で、アルベルト殿下が来るのは中庭側の石畳の通路。
そして、二人のルートが交差するのは……あの噴水前の広場。
念には念を入れて角度を調整する。
「よし、届くわ。」
私はホースを構えた。
時刻は午後3時15分。
ゲームの記憶では、このイベントは放課後に発生する。
レイアちゃんがアルベルト殿下と出会うのは、急な雨に降られて軒下に逃げ込んだタイミング。
ただ問題は、今日の空に雲一つないこと。
誰も不思議に思わなければいい。
突然の局所的な雨は、不思議ではないはず。
雨が降らなければ降らせばいい。
「来た!」
回廊の端に亜麻色の長い髪が見えた。
レイアちゃんだあ。
今日も本を抱えて、少し下を向いて歩いている。
本当に奥手でいじらしい。
そして反対側は金色の髪が日差しに輝いている。
アルベルト殿下が側近を一人連れて歩いてきた。
二つのシルエットが広場へ近づくと、私はホースの向きを変えた。
せーのっ!
水が弧を描いて降り注げば、二人がほぼ同時に「わっ」と声を上げる気配がした。
そして——軒下へ走り込む足音は二人分。
私はそっと身を引いた。
屋上の端から覗き込むと、王太子殿下がレイアちゃんに向かって苦笑いしながら何か言っている。
レイアちゃんが顔を真っ赤にしている。
「よしっ!……完璧。」
私は小さくガッツポーズをした。
「そこで何をやってるんですか。」
背後から声がし心臓が止まるかと思った。
振り返ると、屋上への出入り口の扉のところに人が立っていた。
褐色の髪に金色の瞳。
悠然と腕を組んで、こちらを眺めている。
——公爵家嫡男、セドリック・フォン・エルドランだった。
「こっ、これはその、排水の点検でして……。」
「ホースで中庭に向かって水を撒いているのが、排水の点検なんですか。」
言い訳の余地がなかった。
セドリック様は私の手元とホースをもう一度見てから、また私の顔を見る。
その顔には呆れでも怒りでもなく、どこか楽しそうな色が浮かんでいる。
「学院の事務員さん、でしたっけ。お名前は?」
「えっと……私、サンスイ・ヨウと申します」
手元のホースから咄嗟に、散水用ホースをもじりサンスイ・ヨウと名乗ることにした。
我ながらネーミングセンスの欠片もないが、モブな事務員に名前など無いし誰も興味を持たないはず。
そのつもりだった。
「ヨウさん、貴方は面白い人ですね。」
その笑顔にはどうにも言いようのない色気があり、私はホースを握りしめて、目を逸らした。




