第1話 憧れの貴族令嬢への転生はそんな甘くない
目が覚めると、私は薄暗い石造りの部屋にいた。
窓の外には見覚えのある白亜の校舎。
手元には羽根ペンとインク壺。
そして、山積みになった書類の束。
……この景色、アルヴェリア王立学院の事務室だわ。
前世の記憶が怒涛のように押し寄せる。
社会人5年目の私、雨宮 葵は、徹夜で周回した乙女ゲーム「星降る乙女の約束」の世界に転生したらしい。
ただし、転生先がヒロインのレイア・フォン・ローゼルでも、サブヒロインのミラ・ドールでもなく。
「どうして私、よりによって事務員のモブキャラなの!?」
鏡に映る顔は、ゲーム中では名前すら与えられていなかった学院事務員そのもの。
亜麻色の髪に灰色の目で、貴族でも何でもない平民出身の学院スタッフ。
「スタープロミス」の舞台はアルヴェリア王立学院。
攻略対象は3名。
一、王太子アルベルト・フォン・アルヴェリア。
正統派の金髪碧眼イケメン。
生まれながらの王者のオーラを持ち、欲しいものは当たり前に全て手に入れてきた男。
ヒロインに対してはじめて「手が届かない」を経験する純愛ルート担当。
二、近衛隊長補佐のカイン・フォン・ヴァルター。
黒髪で無口なクールタイプ。
姉がいるが、異性との距離感がどこか不器用。
ぶっきらぼうな言動の裏側に誠実さが滲む不器用系イケメン。
三、公爵家嫡男セドリック・フォン・エルドラン。
褐色の髪に金色の瞳。
包容力と色気が服を着て歩いているような男で、学院随一の「年上キラー」。
ヒロインのレイアとは同い年のはずなのに、どこか保護者めいた余裕で彼女を惑わす。
そして、ヒロインは貴族令嬢のレイア・フォン・ローゼル。
前半は引っ込み思案で、攻略対象との運命的な出会いを経て開花していく。
しかし問題は
「この子、放っておいたら絶対にルートに乗らない。」
前世でゲームを何周もした私だからこそわかる。
レイアちゃんは奥手すぎる。
攻略対象たちとの出会いのきっかけは、どれも「偶然」によって成立している。
雨の日に相合い傘——雨が降らなければ始まらない。
廊下でのすれ違い——タイミングがずれれば出会わない。
図書館での秘密の会話——誰も来なければ生まれない空間。
私は書類を一枚取り上げ、窓の外を見やった。
秋晴れの青空で今日は快晴だ。
そして私の記憶によれば、今日はゲーム第一イベント——「雨の中の出会い」が発生するはずの日である。
天を何度も眺めてみるも、どう見ても降らないし降る気配すらない。
「……やるしかないよね。」
私はペンを置き立ち上がり、倉庫の奥から埃をかぶったホースを引っ張り出す。
転生者の奮闘は、誰も知らない屋上から始まった。




