114:ハッパをかける?
森小路センパイと一緒に行った初詣の帰り。
「わたし、高校を卒業したら、本格的にお芝居をする。あ、大学は行くわよ、お母さんが「進学はしなさい」って条件出したし。でね、そのことを丸太町さんと丹波橋さんに相談して、決めたの」
早口でそう一気にまくしたてると「これは千林クンが指し示してくれた道だよ」と僕のおでこを指で突く。
らしくない行動をとる森小路センパイの顔を見たら、自分で言ったセリフが恥ずかし過ぎたのか真っ赤に茹で上がっていた。
*
年も明けて2月も半分近く過ぎた、学校帰りのいつもの喫茶店。
久しぶりに守口と一緒に来た瑞稀は、いつもの指定席に座るなり、気持ちよさそうに「むーん」と大きく伸びをした。
「なんだかんだで一か月以上開いちゃったから、ココに来るのがすっごく久しぶりって気がする」
「そりゃ、よござんしたね」
「うん。この間までバタバタだったから」
守口の嫌味にめげることなくにこやかに答える。
無理もないというか、本当に肩の荷が下りてホッとしたところだ。
文化祭での朗読劇を経験して、瑞稀自身もういちど演技の世界に身を置く決心がついた。それから丸太町と相談して本格復帰は高校卒業後とし、両親からも「大学に行くのであれば」の条件付きではあるが了承を取り付けた。
「経験を積むのは大事だから、私も瑞稀のご両親の考えに賛成よ」
丸太町もそう言ったことで卒業後の進路は系列の大学に進学することとなり、つい先日無事に【合格】の通知を貰ったところなのである。
「肩の荷が下りてホッとした」
「本当に。そりゃ、よござんしたね」
ホクホク顔な瑞稀とは対照的に忌々し気な表情で守口が返事をすると、逆に「知っているかなー?」と言って訊き返す。
「内部進学組のアンタと違って、私はこれから試験の本チャンなんだけど?」
「そうかも知れないけど……浩子ちゃん、T大合格にA判定が出ているんでしょう? ゼンゼン心配ないと思うけど」
確かに国立で日本最高学府のT大受験は難関だが、有名進学校の三条学園で学年主席の守口ならば合格はまず間違いないだろう。
ところが守口ときたら瑞稀の考えを「甘い!」と一蹴。
「いくらA判定が出たところで合格率が80パーセントあるってだけで、100パーセント絶対安全を保証されたものじゃないのよ。油断したら学年主席だろうとアッサリ落ちるし、過去にそんな実例もごまんとある。合格通知を貰うまでは安心なんてできないの」
これ以上ないほどの正論を叩きつけ「本当はこんなところで油を売っているヒマなんてないのだけれど」と苦虫を嚙み潰したような表情。
しかし腐れ縁ともいえる長い付き合いの瑞稀には、守口のぶっきらぼうな物言いがただのポーズだというのはよーく分かっている。
「でも浩子ちゃん、共通1次は通過したんでしょう? 第一関門突破したんだから、半分は受かったようなものじゃない」
「おい、受験生!」
「わたし。内部進学決まったから、受験はしないよ」
「興味がないから知らんてか。T大入試に共通1次なんて、言葉は悪いけど書類審査みたいなものよ。実際そこからが本番で、合格するのは5人に2人くらいよ」
守口の語る衝撃の事実に瑞稀はお口あんぐり。
AランクはともかくBランクは狙えると瑞稀の成績自体は悪くないのだが、かなり早い段階で内部進学に絞ったこともあって受験システムはほぼ未リサーチ。
で、訊いた途端に「わたしにはムリだ」と悟ってしまい、そうなると俄然心配になってくる。
「そんな大事な時期に、夜ご飯誘っちゃって大丈夫だったかな?」
さっきまでのホクホク顔は影を潜め、貴重な勉強時間を潰してしまったのではと不安になる。
なんだかんだと面倒見の良い守口なら、ムリを押して付き合ってくれるだけに余計に気になったが「そもそもヤバかったら来ないわよ」とバッサリ。
「毎日毎日サボりだとさすがにどうかと思うけれど、1日くらい勉強しなかったからって合否に影響受けるような付け焼き刃じゃないわ」
「そ、そうなんだ」
「当り前でしょう。将来は経営に参画するつもりだから、医師免許を取って海外留学も考えているんだし……こんなところで躓いてなんかいられないわよ」
そう言って守口が将来の青写真を披露する。
実家の家業が総合病院なだけに極めて真っ当な将来計画ともいえるが、守口がここまでハッキリと明言したのはこれが初めて。高校卒業後に進学・留学したいとは前々から聞いていたが、彼女が語っていたのはそこまでだ。
「まあ、私の未来のことは良いわよ。大学に行って留学してと、社会に出でいくのは早くても10年後。だもんで成果が見えてくるのは、30歳を過ぎてからの長期戦なんだし。それよっか瑞稀は、また丸太町先生のところにお世話になるんでしょう?」
「うん。先生が「良い機会だから、事務所に声の部門を立ち上げる」って言ってた」
「期待されているわねー。そっちのほうは順調なんだ」
話を振った割にはおざなりな感想を述べると「それはそれとして」と強引に話題を振り替え、守口がニタニタと嫌らしい笑顔を浮かべる。
「瑞稀さぁ。明日が何日か知っている?」
「2月の14日だよね」
「そうね。2月14日ね。世間的にはなんて呼ばれているのかしら?」
訊かれて「さあ?」と惚けると、守口から「ったく、往生際が悪いわね」と呆れられる。
「バレンタインデーに千林クンへチョコをあげないのか? って訊いているの」
ひねりも一切なしのストレートな質問に「バレンタインデーなんだから、あげるわよ」と答えるが、そんな答えで守口が満足するはずもない。
「どうせ瑞稀のことだから私も含めて演劇部全員や、ご両親とか丸太町先生にもあげまくるんでしょう? そんな友チョコや世話チョコじゃない本命を渡さないのか? って訊いているの!」
口から泡を飛ばす勢いで迫る守口に、瑞稀は「それは」と言葉を詰まらせる。
守口に言われるまでもなく、典弘に渡すつもりの豪華仕様なチョコは用意してある。なので素直に「準備できている」と言えば、それで話は終わるだろう。
だが、言われるままにそう答えるのは負けたようで癪に障る。
なので瑞稀の口から出たのはまったく違うセリフ。
「そういう浩子ちゃんはどうなのよ?」
「えっ、私?」
目を大きく見開いて我がを指差す守口に、瑞稀は「そうよ」とキッパリ。
「わたしに本命チョコのことを訊いておいて、自分のことを話さないだなんて不公平じゃない」
「……別に、喋っても良いけど?」
訊きたいの?
そう言いいたげに守口が口角を持ち上げると、質問には質問とばかりに訊き返してくる。
「もちろん私は本命を用意しているわよ。というか、アンタみたいに友チョコや義理チョコに力を入れるってどうなの? 渡す相手もご両親と演劇部員だけなのに」
「そ、そんなこと……」
「ないとは言わせないけどそれは別に良いのよ、私にも貰えるんだしありがたく戴くわよ。それよか問題は本命チョコね。アンタのことだから「チョコの準備」だけはしているんでしょう? で、用意したのは良いけれど、どうやって渡そうかウジウジ悩んでいるんじゃないの?」
ここぞとばかりにマウントを取る守口に瑞稀は「むむむ」と唸るが、図星なだけに言い返す材料が見つからない。
結局「むむむ」と数分唸って「どうして分かったの?」と両手を挙げての降参ポーズ。
それに対する守口の返答は「いやいや、アンタが分かりやすいだけだよ」と、呆れ交じりの苦笑い。
「これ幸いなイベントに贈るチョコを用意したは良いけれど、どうやって渡すかまでは考えていなかった。教室にでも押しかけて直接手渡せば万事解決だけど、周りの目が怖くてそれができない。だったら部室にでも呼びつけて渡せば良いのだろうけれど、それすらできない困ったちゃん。さて、どうしたものか。って処じゃないの?」
つらつらと言い当てられて、再度「どうして分かるのよ!」と言うや「分からいでか」と即レス。
「瑞稀に発破かけても無駄だと学習したから、私から千林クンにメッセージを送っておいてあげるわ」
戯言をほざきながら守口が代筆とばかりに瑞稀のスマホでメッセージを打ち込み、終わりや否や典弘に向けて「ポチッとな」と送信ボタンを押す。
「えっ? ちょっと!」
「ま、ガンバって」
戸惑う瑞稀を尻目に拳を立ててグッジョブしているが、この女はなにを勝手に話を進めているのだ!
「からかうのも、いい加減にしてよ!」
とうとう我慢の限界を超え、つい声を荒げてしまったが、直後に新規メッセージに着信表示。
差出人は、典弘だった。
「やるねぇ、あの子」
ディスプレイを見ながら守口がニタニタ。
「明日OKだって」
「なにが!」
「もう。言わせないでよ」
「だから、なにが!」
「そりゃ、デートでしょ。ホテルが取れなかったら、ウチの特別室を格安で提供してあげるわよ。ちゃんと産婦人科も併設してあるから、アフターフォローもバッチリよ」
守口の戯言に瑞稀は「浩子ちゃんは病院でわたしに、なにをさせたいの!」食って掛かるが誰かさんは涼しい顔。
「なにって、ナニでしょう。もう、うら若き乙女にそんなこと言わせないでよ」
明らかに乙女を卒業した親友が、ぶりっ子ポーズで身を捩る。
これ、どう収集つけてくれるのよ。
煽るだけ煽って、梯子を外す。守口の外道っぷりに、瑞稀は途方に暮れたのであった。
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