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八人のアダム  作者: 猪熊洋介
二章 旅立ち
37/41

人質

いつの間にかピップは自宅のベッドの中にいた。

うららかな日差しが窓から部屋の中に差し込んでいる。

久しぶりの自宅の部屋は何も変わっていない。

壁に貼られた大好きなミュージシャンのポスター。

じいちゃんが買ってくれた机、愛用のパソコン。スターズの模型…。

そういえば今日は、じいちゃんとどこかに行く約束をしていた気がする。

でもまだ眠っていたい。この穏やかなまどろみから覚めたくない。


どこからか、女の人の声が聞こえる。ピップに近づいてくる。

母さんが起こしに来たのかな?

あれ、でも母さんは事故で……。


近づいてきた女性はティアだった。

ピップは気がつきながらも寝たふりをしている。

「ピップくん」

ティアはゆっくりと顔を近づけてくる。


(ティアさん、ここ、家ですよ、まいったな)


そう思いながらも顔をほころばせ薄目で見ると、なんと部屋の天井にラムダが張り付いて、ピップの様子をじっと見ているのだった。


(ティ、ティアさん、今はだめです、ラムダが、弟が見ているんです)


「ピップくん……」

ティアの顔がすぐ近くにある。もう唇が触れてしまいそうな距離だ。


(…ああ…そんなこと……)


………。


「ピップくんッ!!!」

「うわあッッ!!」


ピップは叫んだ。

目が覚めると、本当にティアの顔が目の前にあったためだ。

そして、体がほとんど動かせないことに気がついた。太いパイプにピップの胴体は縄でくくりつけられており、手も後ろ手に縛られている。足首もガッチリと縛られており、立つことができない。そこは見たこともない冷たいコンクリートに囲まれた部屋の中で、すぐ横にはティアも同じ状態で柱にくくりつけられていた。


「やっと起きた。まったく、なんてだらしない顔をしながら寝てるの」

「いや、えーと、その……あれ、ここは?」

「おそらく、あの廃墟の中の一室だね」

「廃墟……あっ!」

夢の余韻から覚め、ピップは気を失う前の出来事を思い出した。

ザーズとブーラ、そして、ワイルド隊長の裏切りにあったことを。


すると、部屋の外からカツカツと歩く音が聞こえ、勢いよくドアが開き、三人の人物が部屋に入ってきた。

一人が椅子に座り、その両脇に二人が立つ。


「やあ、お二人さん、お目覚めかな。よく眠れたか?」

座った人物、ワイルドがニヤリと笑いながらいった。

「最悪の目覚めだよ、ワイルド隊長。せめて、この体を縛っているものをとってくれたら楽になるんだけど」

ティアが返した。

「それはできないね、ティア殿。あんたを自由にしたら、またこいつらがのされちまう」

そう言いながらワイルドは両わきの二人を示した。

「まだ、玉がいたイ…」

と太った方、ブーラが股間をさする。

「幽体離脱したみたいだった。スーッて意識が抜けて。あんなの初めてだったぜ、ねえちゃん」

と痩せた方、ザーズがあごをさわりながらにやりと笑った。


ワイルドは胸ポケットからたばこを取り出し、火をつけた。

「まったく、あんたがあんなにつええとはな。計画がくるっちまったよ。こいつら二人だけであんたを捕らえて、俺はその坊やの代わりにそこにいる予定だったんだがなあ」

ティアは周囲を見回していった。

「外に待機していた残り二人はどうした? 彼らもあなたの一味か?」

「いや、あの二人は何も知らない。あんたらを眠らせたあと、ちょっと中におびき寄せて、今は別室で大人しくしてもらっているよ」

「つまり、君たち三人だけか。裏切り者は」

「ああ、そう思ってもらって構わんよ。ウィークシティの救援は期待しないことだ。さっき報告したばかりだからな。調査は順調、危険もなし。翌朝にまた進捗を共有するって、な。間抜けなうちの市長じゃ、異変に気がつくこともないだろう」

「ここは、あなたたちのアジトというわけか」

「そうだ。お茶でもお出しできればいいのだが、なにぶん、無骨な男どもしかいなくてね」

「……マザースターがあるという情報も君たちが流したガセか?」

「察しがいいな、ティア殿。その通りだ。ここにマザースターはない」


ワイルドは余裕たっぷりに、煙を吐きながらいった。部屋にたばこの煙が充満する。

(こんな換気の悪いところでたばこを吸いやがって)

とピップは顔をしかめた。

ティアは首を振った。

「やれやれ、我ながら考えが甘かったな。マザースターがそうかんたんに見つかるわけがないのに」

「でもねえ、ティア殿。あながち、これが全部ガセというわけでもないんだ」

「どういうことだ?」

ワイルドはタバコを落として、踏み潰した。そして体を前に乗り出しながら、ゆっくりといった。


「俺たちは、これからマザースターを手に入れるのさ。あんたを使ってね」


ティアの顔色が変わる。

「何か察したようだね。そう、俺たちの目的はあんたさ、ティア殿。いいや、ホープシティの市長、ティア=ハートさん」


部屋に沈黙が訪れた。

ティアは無言だった。

だが、否定しないところを見ると、ワイルドの言葉は本当のことのようだった。


(ホープシティ……ティアさんはそこの市長)


驚きつつも、思い当たる節はある、とピップは思った。

ウィークシティの市長ロバート氏は、かなり年下であろうティアに対して、自分と対等以上といってよい態度で接していた。

つまり、ティアとロバート市長の関係は、シティの市長同士。

そして、ウィークシティとホープシティは、同盟関係、もしくは取引相手なのだろう。

前日夜の、宿屋でのティアの言葉、(私と市長の関係はこの作戦が無事に終わったら教えてあげる)の答えもこれで判明した。


「ホープシティの市長さんともあろうお方が、単独行動をするもんじゃないなあ、ティア殿」

「……」

ティアは沈黙を続けた。

「お隣のスターエンジニアの坊やは何も知らなかったって顔をしているな? その様子じゃあ、ホープシティのことも知らそうだな」

ピップは小さくうなずいた。

「ホープシティってのは、ウィークシティからずっと西に行くとあるシティだ。かなり栄えているシティだぜ。人口も、ウィークシティよりずっと多い。坊やもどうせ行くなら、ウィークシティなんてへんぴなシティはやめときゃよかったのになあ」

(ほかのシティがわからなかったんだよ)とピップが心の中でつぶやく向かいで、ザーズとブーラはゲラゲラと笑った。

「父ちゃん、ひでえなあ。自分の暮らしているシティだってのに」

「でも、ホントだもんねエ」

ピップとティアは思わず顔を見合わせた。


(父、ちゃん?)


「ああ、そう。こいつらはな、俺の実のガキだ。家族だとバレていないほうが何かと動きやすいんで、シティには秘密にしていたがな」

「だーれも気がつかねえの、一年も!」とザーズ。

「ザーズはガリガリだからネ」とブーラ。

「おめえが太りすぎなんだよ、豚!」

「なんだト〜? お前、アニキに向かっテ〜」

「おう、あとにしろや、バカ息子ども。さーて、話を続けようか」

ワイルドはそういいながら指を立てた。

「じゃあ、坊や、ここでクイズだ。ホープシティがなぜそんなにも栄えているのか、わかるか?」

ピップはすこし考えるフリをした。


(ここまでの話を考えると、あれしかないよな)


「<マザースター>があるから、じゃないか」

「正解!」

ワイルドは拍手をした。

「そう、ホープシティはいまじゃあ超貴重な、<マザースター>を所持しているシティだ。だから栄えている。ティア殿も人が悪いよな。昼にあんな話をしていて、マザースターを持っているのは自分のシティなんだから」

ワイルドが手を叩いた。

「じゃあ、次の問題だ。俺たち三人は、その超貴重な<マザースター>がぜひほしいと思った。さて、どうやって手に入れる?」

ピップは顔色を変えて、口をつぐんだ。

「察したようだな。ものわかりのいい坊やだ。そう、ティア=ハートは人質だ。俺たちが<マザースター>を手に入れるためのな」

そのやりとりを聞いていたティアは鼻で笑った。

「人質とは、私もずいぶんと買いかぶられたもんだ。それが成立するのは、私に<マザースター>と同じだけの価値があればの話だろう。ホープシティには私の替わりなどいくらでもいるよ。でも、<マザースター>の替えは決してきかない。残念だが、交渉にならんよ」

「それを決めるのはアンタじゃない。ホープシティのみなさんが決めることだよ、ティア殿」

ワイルドは下品な顔で笑い、ティアは顔をしかめた。

「マザースターを手に入れてどうするんだ? 君たちには手に余るものだろう」

「おいおい、マザースターはいまや世界でもっとも貴重なものなんだぜ。使い道はいくらでもある。どんな大金を積んでも欲しいっていうシティもいくらでもあるさ」

「さっさと売っちまおうぜ、父ちゃん。俺、マザースターなんて持っていたくねえよ」とザーズ。

どうやら、作戦開始前の会話にあったマザースターが怖いのというのは本当らしい。

「そしたら南へいっテー、豪邸建てテー、一生遊んで暮らせるネ。母ちゃんも帰ってきてくれるかなア」とブーラ。

「南かあ、いいなあ。父ちゃん、噂のワイハハシティってのに行ってみようぜ」

「おう、いいな。値段をふっかけて、ギャランシティにでも売りつけるか。ガハハハ」

ワイルドが笑うと、ザーズが何かを思いついたように手を挙げた。

「いいこと思いついた。そしたら、このガキもギャランシティに売っちまおうぜ。お前さ、ギャランシティから脱走してきたんだろ?」

ザーズはピップの顔を指した。

ピップの顔色は蒼白になった。

もしギャランシティに戻されたら、ピップはギャラン=ドゥにどんな目に遭わされるかわかったものではない。

「へえ。その顔をみると、本当に脱走してしてきたのか。よく、あのギャラン=ドゥに喧嘩を売ったもんだ。意外と根性があるんだなあ、ぼうや。……ピップだったな」

ワイルドはそう言いながら、おもむろに立ち上がった。そして、銃を手にとり、その銃口をピップに向けた。

「ちょっと惜しい気もするが、ティア=ハート以外はいらないんだよ」

ピップはワイルドの顔を見て、寒気を感じた。

口元はニヤつきながらも、その目は、笑っていない。

「やめろ、彼は関係ない! 他に捕まっている二人もだ。用があるのは私だけだろう。三人を解放しろ!」


止めに入ったティアを見て、ワイルドはニヤリと笑った。

「なあ、アンタらどういう関係だ? まさか本当に恋人なのか?」

「違う。だいたい、彼と初めて会ったのは一昨日だ」

「男と女が関係を持つのなんて、一晩あれば十分だぜ」

「ワイルド、くだらんやりとりはしたくない。彼は幼い弟がいるただの少年だぞ。そんな彼を殺すのか? 彼の幼い子供を天涯孤独にさせるのか?」

「ふーむ」

ワイルドは銃をくるりと回転させて弄んだ。

「じゃあ、こうしようか。この坊やを含む三人を誰も殺されたくなければ、マザースターを渡すようホープシティに連絡をすると約束しろ。でなければ、三人は殺す。そして、最初に殺すのは、この坊やだ」

そういってワイルドは銃口を再びピップに向けた。

「人質は三人もいるんだ。先に一人ぐらい減っても、こっちとしては問題ないんだぜ」

ティアはワイルドを強くにらみつけた。

「おー、怖い。うちのかあちゃんみてえだ。美人が台無しだぜ、ティア殿。さあ、どうする?」


しばらく沈黙が続いたのち、ティアは口を開いた。

「……すこし時間をくれ。一度頭を整理したい」

ティアの言葉を聞いて、ワイルドは銃をしまった。

「オーケー。十五分やろう。ブーラ、お前は二人を見張ってろ」

「えー、ずるいよう、ザーズに変わってェ」

「うるせえ、十五分くらい我慢しやがれ!」

「女に興奮して変なことするんじゃねえぞ、アニキ」

そういうとワイルドとザーズは部屋を出ていった。

部屋には、ふて腐れるブーラと、縄に縛られたティアとピップが残された。

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