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八人のアダム  作者: 猪熊洋介
二章 旅立ち
38/41

逃亡

「ピップくん、すまない。とんだことになってしまった」

「どうしてティアさんが謝るんですか?」

「だって私が君を巻き込んだからこんな目に…」

「違います! ティアさんはおれを助けようとしてくれた。さっきだって、俺が足を引っ張らなければ、こいつらにやられることもなかった」

「だが…」

「ここからは俺が役に立ちます。だから…」

ピップは座席に座って菓子を食べているブーラを肩で示し、

(すこし目を引きつけてください)

と声に出さずに、口の動きだけでいった。

ティアは小さくうなずくと、深呼吸をして、目を閉じて苦悶の表情を浮かべた。

何かを決意するような表情だった。


「ねえ、ブーラくぅん…」

ティアは、急に甘えるような声を出し、体をくねらせはじめた。

「ぶぃっ!?」

ブーラは動揺して、食べかけていたお菓子を吐き出しそうになった。

「あのぉ…お願いがあるんだけどぉ…」

「な、なに、さ、さては色仕掛けかア? そ、そんなことしたって、解放しないゾ!?」

「違うよぉ…そうじゃなくて…ね。わかるでしょ?」

「な、何、ヲ?」

「こんなこと女に言わせないでよぉ…い・じ・わ・る」

あまりの急激な展開に、ブーラだけでなくピップも唖然としてしまったが、おかげでブーラの注意はティアに注がれている。ティアの精一杯の努力を無駄にするわけには行かない。

ピップは縛られた両手首をほんのすこしだけ動かして、右手の指で左手の手首のあたりを探った。ピップは、左手の時計が外されていないことに気がついていた。


「もう…がまんできないの…このままじゃ…私…」

悩ましい声を絞り出すティアを見て、ブーラは唾を飲み込んだ。

「……行きたいの……トイレ」

そういうと、ティアは下を向いた。屈辱に歯を食いしばっているのが、ピップからはかすかに見えた。

「なーんだ、そんなことかア。すればいいヨ、そこで」

ブーラがホッとしたように平然と言ってのけたため、ティアは愕然とした。

「い、いやいや。それはないだろう。私はその、一応、人質だぞ?」

「ンー。でも、その縄はナイフでもないと切れないモン。せっかく苦労して縛ったのに、トイレくらいで解くわけにもいかないシ」

「だ、だが、こんなところでされたらいやだろう?」

「まあ、仕方ないンじゃない。おいらにつくわけじゃないし、気にしないヨ」

沈黙ののちティアはぼそっとつぶやいた。

「……いいや、君は知らないんだ。女の恐ろしさを」

「えっ?」

「すごいんだぞ。部屋が大変なことになるぞ。君も無事じゃすまない」

「そ、そうなの?」

「あ、ああ。きっと君は父さんに怒られるぞ。どうしてこんな大変なことになるのに連絡しなかったのか、と」

「え、ええッ。父ちゃんに怒られるのは、困ル……どうしよう」

ピップは話の展開が気になりながらも、ブーラから見えづらいように、手を動かしていた。縄が食い込み、皮膚が破れるような感覚がある。肉が傷つき、血が滲み、神経が痛みを激しく訴える。

だが、ここでやめるわけにはいかない。

右手の指が、時計に届く。目で見ることができないため、指の感覚と記憶を頼りに、操作を進める。

「さあ、ここでしてもいいのか、きみたちの大切なアジトなんだろ!」

「ど、どうしようかなア。おまるってここにあったっけナ」

ティアはヤケクソになって頑張ってくれている。

ピップは痛みに耐えながら指を動かし続ける。

(もうすこし…もうすこし…)

そして、時計の最後のボタンを押した。


程なくして、ワイルドが部屋に飛び込んできた。

「おい、ブーラ! 手を貸せ!」

「と、父ちゃん、こっちも大変なんだヨ。この女がおしっこを漏らしそうだっテ」

「させとけ! こっちの方が緊急だ。外のモルゴンが動いている!」

「ええっ、どうして? だってパイロットはここにいるヨ」

そう言ってブーラはピップの方を見た。

「それを確かめに行くんだ! 早くスターズに乗れ!」

そう叫ぶと、ワイルドは部屋の外へ駆け出した。

「えっ、う、うん、わかっタ…」

ブーラもワイルドを追って慌てて部屋の外へ飛び出していった。


ブーラの足音が聞こえなくなると、ティアは顔を真っ赤にして

「はああああ……」

とため息をつき、ピップをみた。

「ピップくん、何をしたんだ?」

「腕時計のリモート操作でモルゴンを動かしました。でも、モルゴンは自律式スターズのように戦えるわけじゃありません。事前にプログラムした動きを繰り返すだけなので、すぐに攻撃されて、壊されてしまうはずです。だから、時間はあまりありません」

ピップはモルゴンが攻撃される姿を想像して、唇を噛んだ。

「わかった。あいつらが戻らないうちに、なんとしてもこの縄を抜けよう」

そういうと、ティアは足を伸ばして、踵を何度か打ちつけた。すると、小さな刃が靴の先端から飛び出した。

ティアは足先を器用に使って靴を半分脱ぐと、足を振って靴を飛ばし、器用に縛られた手先で受け取った。そして、靴から刃を取り出した。

ティアはそれを縄に当てて、すこしずつ縄を切ってゆく。

遠くから、かすかに射撃音が聞こえる。おそらく、ワイルドたちのスターズにモルゴンが撃たれているのだろう。


(モルゴン、ごめん)


ピップにとっては、モルゴンはギャランシティのスクラップ置き場で出会ってから、少しずつ修理を繰り返してきた大切な相棒なのだ。その相棒が無惨に破壊されることを想像するのは辛いことだった。


「よし、切れた!」

ティアは自分の手の縄を切り終わると、続いて胴体と足の縄を切った。それからピップの縄を切った。

「ありがとうございます」

ティアは立ち上がったピップの手から血が流れているのを見てハッとした。

「ピップくん、手が」

「大丈夫です。急ぎましょう!」

二人は誰もいないことを確認して扉の外に出た。


廃墟は電源を入れたらしく、廊下にも電灯がついている。

その廊下は広く、おそらく小型スターズであれば通れるような設計になっていた。廊下の先には大扉があり、ティアとピップはそれを開けようとしたが、ロックがかけられていた。

二人は大扉は諦めて、廊下に面した部屋の中で入れる場所を探した。

「ここも開かない」

「こっちもです」

「あ、ピップくん、ここは開く!」

元々いた部屋以外に入れるところは、元の部屋のすぐ隣にある一室だけだった。

二人はその部屋に入った。


その部屋には、机の上に起動状態のコンピューターと、監視用のモニター、そしてコンピューターに接続された通信機器が置いてあるだけだった。ほかの部屋に通じていることもなく、窓もなく、武器になるようなものもない。

ティアはコンピューターと通信機器を指差した。

「きっとワイルドはあれでウィークシティに通信をしていたんだ。救援要請をかけてみる」

ティアは通信用装置を作動し、シティに通信を送った。

「ウィークシティ、ウィークシティ、聞こえるか!? こちらティア=ハートだ。ワイルド隊長が裏切った。大至急、目標の廃墟まで救援を要請する」

しかし、返事はない。

「誰かいないのか? ウィークシティ、どうぞ!」

ティアは何度か通信を繰り返したが、応答は得られなかった。

「ティアさん、ちょっと見てもいいですか? 通信状態をチェックします」

ピップはコンピューターを操作して、通信に関わるプログラムの状態をチェックした。

「やっぱり、シティへの通信回路にパスワードロックがかけられています!」

「なんだって? 解除できないのか?」

「自分のコンピューターがあればパスワードの解析もできたんですが…。でも、できる限りやってみます。」

「なんてことだ…」

ティアは周りを見た。

「何も武器になるようなものがない……。このままではあいつらが戻ってきてしまう」

ピップはコンピューターをチェックし、猛スピードで何かを打ち込んでゆく。手首から流れる血がキーボードに滴り、作業がしづらい。

それを見たティアはポケットからハンカチを取り出すとピップの手首に巻いた。

「すまない、これくらいしかできないが…」

「あ、ありがとうございます、十分です」

ピップは顔をあからめた。同時に、

(この人を助けたい)

と思った。ピップに思いつく方法は、一つしかない。


ピップはコンピューターの各プログラムをチェックしてゆく。

このコンピューターは、廃墟の一番近くに建てられた電波塔スターズ<モバディオ>と接続することで、シティへ連絡をとっていた。

そして、ロックがかかっているのは、あくまでシティ司令部への回路だけである。<モバディオ>そのものにはロックはかかっていない。つまり、モバディオの機能は使えるのである。

「ピップくん、連中が戻ってくる!」

ティアが監視用のモニターを見て叫んだ。どうやらワイルドたち三人が戻ってきているようだった。

「ティアさん、この部屋の扉を押さえて、もう少し時間を稼いでください!」

ピップは凄まじい速さでキーボードに何かを打ち込み続けた。

ワイルドらの声が漏れ聞こえる。

三人はピップたちがいるはずの部屋が無人であること、そして通信装置がある部屋のドアがしまっていることに気がついたようだった。

「父ちゃん、あいつらこっちの部屋にいる、ちくしょう、中から鍵をかけやがった!」

ザーズが扉を蹴りながら叫んだ。ティアは扉に内側から鍵をかけて、開かないように抑えている。

大きな音が部屋の中に響いたが、幸いにしてドアの作りは軍事施設らしく堅牢で、あり、簡単には破壊できないと思われた。

「ザーズ、スターズをもってこい、こじ開ける!!」

ワイルドの叫ぶ声が聞こえ、ティアは顔色を変えた。

「ピップくん、連中、スターズを使ってドアを破壊するつもりだ」

ピップはコンピューターのモニターをじっと見つめていった。

「……やるだけのことはやりました。あとは、少しでも時間を稼ぎましょう」

ピップはコンピューターを机からおろし、机を動かしてドアに押し付けた。

「救援は呼べたのか? シティからここまで、数百キロはあるぞ。とてもじゃないが、間に合うとは……」

「間に合うかはわかりません。今は、すこしだけでも、時間を……」

すると、廊下の外からスターズの駆動音が聞こえた。ワイルドたちが外にあったスターズを一機持ってきたのだろう。


ドガン! 


と強い衝撃が扉に加わり、扉がたわんだ。

ピップとティアは危険を感じて扉から離れ、部屋の隅に身を寄せた。


ドガン、ドガン!!


もう二回ほど打撃が加えられ、扉は壁の一部とともに、ひしゃげて外れてしまった。

扉が地面に倒れ、轟音が響く。扉を抑えていた机は跳ね飛ばされ、部屋の壁に衝突した。


向かいには、銃を構えるブーラとザーズ。そしてスターズに乗るワイルドがいた。

ブーラとザーズは銃口をティアとピップに向けた。

「やってくれたな」

ワイルドは怒気を隠さずにいった。

「さあ、スターズでぐしゃぐしゃにつぶしてやろうか。それとも、銃弾で穴だらけになるのがいいか」


(さすがに、ダメか)


ピップはティアをかばうように前に立って、両手を広げた。

「おう、坊や、男だな。せっかくだ、死ぬ前に聞いてやる。外のモルゴンを動かしたのはお前だな。どうやったんだ?」

「まあ、色々な方法があるのさ。もしよければ、詳細に説明をするけれど」

ワイルドは何かを考えているようだった。

「……面白え。いいだろう。坊や、お前だけ、廊下に出ろ」

ピップはティアの顔をみた。ティアは(行ってはいけない)と首を振った。

ピップはすこしためらってから、ゆっくりと前に出た。

ピップの頭にザーズが銃口を突きつけた。ブーラの銃口はティアに向けられている。

「ティア=ハート、あんたはあっちの部屋に戻れ。坊やは俺についてこい」

「断る。私も行く」

「おい、今ここで坊やの脳みそが飛び散るのを見たいか? お前は元いた部屋に移れ。早くしないと、ここで坊やを殺すぞ」

ティアが歯噛みする。ピップはいった。

「ティアさん、いいんです。いってください」

「ピップくん…」

「心配しないで。きっと……大丈夫です」

ティアは首を振った。

「おい! 早くしろ」ワイルドが叫んだ。

ティアは「ごめん」と呟くと、もとの部屋に移動した。そして部屋には外から鍵がかけられた。

「ブーラ、おまえは念の為、扉の外でティア=ハートの見張りだ。もし逃げようとするなら、足を撃ち抜いて動けないようにしていい。ザーズ、こいつを連れて上へ行くぞ」

ピップはザーズに背中から銃を押しつけられ、言われるがままに廃墟を歩いた。

ワイルドはその後ろからスターズに乗ったままついてくる。

向かったのは大型のエレベーターだった。ザーズはピップの背中を蹴り、エレベーターに乗せると、ピップに命令した。

「壁に手をついて、しゃがめ!」

ピップは大人しく壁に手をついて座り、ザーズとスターズに乗ったワイルドもエレベーター内に入った。ザーズはピップから目を逸らさずに行き先のボタンを押し、エレベーターを閉じた。


エレベーターは上に登っていき、扉が開いた。

「先にでろ」

とピップはザーズに言われ、またしても背中を蹴られた。

ピップがよろめきながら出たところは、廃墟の屋上であった。


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