はじめまして
「はじめまして。ぼくの名前はラムダです」
その男の子は満面の笑顔でピップに挨拶をした。
その挨拶があまりに屈託なく明るいため、はじめ、ピップは自分が部屋を間違えて入ってしまったのかと思った。だが、この寝室は間違いなくピップの寝室だった。
そもそも、このアパートの部屋にはカードキーのロックがかかっていて、他人の部屋に入れるわけがないのだ。
「えーと、その、ラムダくんといったかな? きみは、なんでここにいるのかな?」
「はい、ぼくはピップを探していていました。そしてあなたの住む家を調べて、ここへきたのです。あなたはピップ=リンクス、ご本人ですね?」
ピップはどう返事をすべきか悩んだ。どう考えてもこの少年は得体がしれなさすぎる。
「えーと、答える前に、先に質問をしてもいいかな。その、ここは俺の部屋なんだから、それくらいはいいよね?」
ピップは「俺の部屋」という部分を強調してたずねた。
「もちろんです、どうぞ!」
ラムダは快活に返事をした。
「えーと、ではまず。君はどこからこの部屋に入ったの?」
「はい。入り口からです」
「んー、そっか。でも入り口は鍵がかかっていなかった?」
「はい。ロックを開けて入りました」
「え、君はカードキーを持っていたの?」
「いいえ」
「……じゃあ、どうやってロックを開けたの?」
「それはいえません」
ラムダが悪びれもせずにすこやかに話すので、ピップは思わず咳払いをした。
「ラムダ君、あのね。そうすると、きみのしたことは不法侵入といって…」
そこまで言いかけて、ピップはハッとした。
考えてみれば、こんな小さな子どもが、たった一人で鍵のかかった他人の部屋に入れるわけがない。別の大人がいるはずだ。
(まずい、どこかに潜んでいるのかもしれない)
ピップは寝室のベッドの横にある引き出しにすばやく手を入れて、レーザー銃を構えた。そして、人が隠れられそうな箇所を各部屋点検していった。
寝室。リビング。トイレ。キッチン。収納。天井裏……。
だが、誰もいない。
念のため、貴重品のチェックもしたが、とくに盗まれたものはなさそうだった。
ラムダはそんなピップの様子を、微笑みながら眺めている。
ピップは寝室に戻り、ラムダのことをあらためて観察した。
サラサラとした金髪の、ととのった顔立ちの子どもだった。性格は素直そうで、悪事をするようには見えないが、油断はならない。青いコートを羽織り、オレンジのマフラーを巻いている。もう六月だというのに、暑くないのだろうか。
(不思議な子だ。不思議で、奇妙な子だ)
ピップがそんなことを思っていると、ラムダはまたにっこりと笑った。
「もう質問は終わりましたか、ピップ?」
「ああ、そうだったね、ラムダ。きみからも質問を受けていたんだった。えーと、聞きたいことはまだ山ほどあるけど、先にきみの質問に答えようか」
ピップはしゃがみ、ラムダと同じ目線になった。
「たしかに、俺の名前はピップ=リンクスだ」
ラムダは2、3回まばたきをし、それからとびきりの笑顔を見せた。
「教えてくれてありがとうございます、ピップ。ぼくはあなたをずっと探していました。お会いできて、とてもうれしいです」
「あ、ああ、こちらこそ。なんだか調子が狂うな。えーと、きみはなぜ俺を探していたの?」
「はい。ピップにお願いがあって探していました」
「お願い?」
「はい。ぼくと一緒にアダム博士を探していただけませんか?」
「えっ…」
不意に出てきた祖父の名前に、ピップは面食らった。
その名前を聞いた瞬間、心臓がドクンと鳴る音が聞こえた。
「き、君は、じいちゃ、アダム博士の知り合い? いや、というか、俺をアダム博士の孫だと知っているの?」
胸の辺りを無意識のうちに押さえながら、ピップは聞いた。
ラムダは頭をくるりと回してから答えた。
「最初の質問に答えます。はい、ぼくはアダム博士の知り合いです」
ピップは自分の胸をさらに強く押さえた。動悸がする。
「次の質問に答えます。はい、ぼくはピップがアダム博士の孫だと知っています。なぜなら、ぼくは、アダム博士からそのことを教えられたからです」
「……ッッ!」
「そして、アダム博士からピップを探すように言われ……」
「じいちゃんは生きているんだな? どこにいるんだ? そばにきているのか?」
まだ話をしているラムダの肩をピップはつかんだ。ラムダは首を横に振った。
「アダム博士が生きているかどうかは、ぼくにはわかりません。そして、今どこにいるのかも、ぼくにはわかりません」
「で、でもきみは、じいちゃんから言われて俺を探していたんだろ?」
「はい。その記憶は間違いなくあります。ただ、その周辺の記憶がありません。いつ、どこでアダム博士にそういわれたのか、情報を探し出すことができません。でも、アダム博士からピップを探すように依頼をされた、という情報だけは、たしかにぼくの中に存在します」
「情報……」
ピップは先ほどからこの子どもに感じていた違和感がなんだったのか、ようやっと気がついた。
「ラムダ……きみは……」
ピップはゆっくりと、恐る恐る、ラムダの手を取った。
その温度も感触も人の手のそれである。
いや、だが、ごく細部に、たとえば爪などに、違和感があった。
さらに、その奥に感じられる肉と骨も、人とはどこか違う。
そう、これは、人間の身体ではない。
「きみは……スターズなのか?」
ラムダはにっこりと笑う。
「おっしゃるとおりです、ピップ。ぼくはアダム博士の作った自律式スターズです」




